3-1 新翻訳時代を作る品質管理イノベーション~多種多様なニーズ、コンテンツに合わせた翻訳品質基準の設定と品質管理プロセス~
徳田 愛 Tokuda Megumi
株式会社ヒューマンサイエンス
ローカリゼーション・スペシャリスト
2006年~2010年 多言語翻訳のプロジェクトマネージャー。2011年~多言語翻訳を左右する原文品質を重要視し、和文ライティング工程も担当。和文制作から英語版、多言語版までの一連のプロジェクトの全工程管理を行う。 現在は、企業に向けて翻訳のプロセス構築や品質管理のコンサルティング、翻訳しやすいドキュメントの作成支援等も行っている。
本多 秀樹 Honda Hideki
株式会社ヒューマンサイエンス
ローカリゼーション・エンジニア
制作会社の社内日英翻訳者として活動後、2012年プロジェクトマネージャーとして同社に入社。日英・多言語の翻訳プロジェクト担当の他、各国語の翻訳者の開拓や管理を行い、リソース面からも品質管理に取り組む。最近では機械翻訳における効果的なワークフローデザインについても研究し、機械翻訳による品質確保のための検証等を行っている。
エイリー・エイドリアン Adrian Aley
株式会社ヒューマンサイエンス
Localization Business Strategist
ボストン大学で日本語や日本文学を学び、卒業後に台湾の師範大学で1年間中国語を勉強。後にアメリカに戻り国際ビジネスを中心としたMBAを取得し、来日。フリーランスの翻訳者・通訳者として活動後、2012年同社に入社。 現在は日英・多言語翻訳プロジェクトのマネジメントに加え、Localization Business Strategistとして、ローカライズサービスを企業に合わせて戦略的に活用するためのコンサルティングを行っている。
報告者:石飛千恵(個人翻訳者)
このセッションでは、翻訳の品質基準と品質管理プロセスを具体化・数値化して「見える化」することで、求められる品質を実現するための株式会社ヒューマンサイエンスの取り組みが紹介された。
翻訳の品質について発注側と受注側で認識が異なると、発注側には不満が、受注側には手戻りが生じたりする。また、翻訳単価が高いからと言って、品質も良いとは限らない。同じ翻訳会社に発注しても品質が一定でないこともある。チェック工程を増やすと翻訳単価が上がったり納期が延びたりすることがあるが、これらも品質を保証するとは限らない。こうした問題は、翻訳品質の基準が曖昧で品質が「見える化」されておらず、適正な品質検査が出来ていないことが原因であると考えられる。
株式会社ヒューマンサイエンスでは、こうした問題を解決するために、翻訳品質を「見える化」するシステムの構築に取り組んでいる。このシステムにより、目指す品質に対する認識を発注者と受注者が前もって共有し、過不足なく品質検査を行うことで、目指した品質と適正価格の翻訳物の提供が可能になる。
具体的には、1. コンテンツの種類(読みやすさと正確さに対する要求)、2. ターゲットユーザ(社内または社外、一般または技術者、地域等)、3. 時間、4. ブランドイメージを損なう用語等の有無、5 人命に関わる等の品質の重要性の有無といった要件から、発注者と受注者が事前にすり合わせを行い、品質基準を設定する。その後、これを基に翻訳者を選定する。翻訳者からの訳稿に対し、QAチャートという独自の検査システムによるフルレビュー、ツールチェック、抜き取り検査を行う。特に抜き取り検査では、製造業等の現場で用いられる合格品質基準(AQL)という統計的な考え方を取り入れ、設定した品質基準を保証するために、翻訳物の量に応じた適正なサンプル分量とエラー許容値を設定している。これは、当社独自のツールでランダムに検査対象のサンプルを抽出し、そのサンプルから検出されたエラーの数により、合否判定をするものである。翻訳物の量と種類によってチェック項目やサンプル抽出量を変更したり、エラー数の許容値を変えることで、検査工数の最適化と検査水準の調整ができる。また、エラーの数はカテゴリ別にカウントするため、翻訳者毎にミスの傾向がわかり、翻訳者の能力も「見える化」できる。
従来の翻訳品質は感覚的に評価されがちで、その費用対効果も不明瞭であった。しかし、このシステムにより翻訳の品質を具体化・数値化することで、発注者は望んだ品質を適正価格で得ることができ、翻訳会社は品質の根拠とそれに見合う価格を設定することで納品後のトラブル防止や他社との差別化を図ることができる。また、翻訳者は、品質に応じた評価やフィードバックを得ることができる。
今後の課題としては、さらに柔軟に対応可能なQAチャートの改善、翻訳のプラス評価の追加、多言語翻訳向けプロセスの構築等がある。