日本翻訳連盟(JTF)

4-1 翻訳者の皆さんに知っていただきたい、多言語ソフトウェア開発側の苦労

森 素樹  Mori Motoki

新潟県出身。大学卒業後、地元のソフトウェア開発会社に入社、オフィス用ソフトウェアの開発に従事。1995年に米国社製ソフトウェアの日本語版開発プロジェクトでローカライズ作業を経験。その後、担当製品の欧州拡販のためにフランスに駐在し、英独仏で多言語マルチメディアシステムのインテグレーション業務を行う。2008年からソフトウェア(以下ソフト)のローカライゼーション(以下L10N)技術と国際化技術の情報収集と社内展開に取り組み、技術啓発セミナー及び海外向けソフトの開発支援を行っている。2009年にCATツール「Benten」を開発。2010年にLocalization Project Management Certification(The Localization Institute)を取得。

報告者:玉川千絵子
 



このセッションでは、グローバル化が進む社会において、現地の言葉で違和感なく利用できるようなソフトの多言語化をするためにはどうすればよいか、その問題点や解決に向けての開発者と翻訳者の相互理解の必要性などが、ソフト開発やローカライズ(L10N)に携わってきた自身の経験を交えて語られた。

まず、従来の製品では海外展開の計画が明確になっていなかったために、開発段階で多言語化を想定した設計がなされていなかったり、翻訳を想定したマニュアルになっていないなどの問題があり、そのしわ寄せが翻訳者側の負担となっていたという点が指摘された。

そうした点を踏まえ、ソフトL10Nの際に気をつけなければいけないこととして、①文化適合 ②機能適合 ③ビジネス適合の問題が、例をあげて説明された。文化適合とは、日付表示や度量衡の単位、時差や夏時間の存在、ボディーランゲージや色のイメージの違いなどのことで、たとえば日付や金額表示のフォーマットを間違えると、ビジネスに致命的な損害を与えかねないということが述べられていた。また、機能適合性とは、言語による1文字の大きさの問題やフォントの違い、キーボード配列の違いなどのことで、「ホネ」という漢字は日本語と中国語では文字コードは同じだがフォントによって字形が異なるという話をしてくれた。そして、ビジネス適合性とは、現地の法律や商慣習への対応、現地有力ソフトとの連携などのことで、例として帳票ソフトを紹介した。

その一方で、開発側の苦労としては、膨大なL10N作業のなかで、どの範囲まで現地語に翻訳するべきかを、利用者の英語リテラシーやコストを分析してきちんと考えておかなければならない。また、翻訳妥当性確認テスト、機能系テスト、国内レビューを経てL10Nが完成するが、ソフト開発時とは異なる文字を扱うために文字化けや動作不正などのトラブルが起こったり、翻訳者側にソフトに関する十分な情報を与えていないために、表示が期待される動作と合わないという問題が生じたりすることをあげていた。

こうした問題を削減するために、ソフトを特定の国や言語に依存しないように設計することを国際化という。最初から多言語化を考慮してソフトを開発することで初期コストは上がるものの、現地語翻訳とテストで多言語化できる状態に近づけることで、その後のL10N作業のスピードアップと保守作業におけるコストの削減が期待できる。ローカライズする言語数が多くなればなるほどその差も大きくなる。

最後に森氏は、L10Nでは開発者と翻訳者の相互理解と協力が大切であり、多言語ソフト開発にとって翻訳は重要な作業の一部であるという認識のもとで情報を積極的に共有すると同時に、開発者が機能指向ではなくトピック指向のマニュアルを、翻訳を意識した日本語で書くようにすることで、高品質の翻訳を提供してもらえる環境をつくることが大切だと強調していた。
 

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