Road to XV ~FINAL FANTASY XVで12言語を同時発売出来るまで~
10/26 Track2 13:00-14:30
長谷川 勇 Hasegawa Isamu
株式会社 Luminous Productions チーフリサーチャー(現在、株式会社スクウェア・エニックス R&D テクニカルプロデューサー)
オープンソース開発、ソフトウェアプロダクト開発、エンタープライズシステム開発などの様々な開発を経てゲームプログラマに。株式会社スクウェア・エニックスに入社後は、Luminous Studio、FINAL FANTASY XVの開発に参加し、VFX・UIを担当。株式会社Luminous ProductionsではR&Dを担当。専門は言語処理系。ACM SIGGRAPH Asia 2018 Real Time Live! Chair、情報処理学会ソフトウェア工学研究会運営委員、情報処理教育委員。共著『ゲームエンジニア養成読本』(Software Design plusシリーズ、技術評論社)。
報告者:石原 奈緒美(フリー翻訳者)
ファイナルファンタジー XV(以下、FF XV)を多言語同時発売した際の課題や解決策、問題意識の共有とゲーム翻訳の特異な点について、実際のゲームの画面など多くの具体例を交えて説明いただいた。
FF XVを多言語同時発売した主な理由は、海外市場の規模である。家庭用ゲーム市場の規模は、海外では成長率が2倍以上であるのに対して国内は縮小傾向にある。ビジネスチャンスの点からも海外市場への展開を意識せざるを得ない状況で、日本メーカーでは、世界的な人気の基幹商品は全世界での販売を前提に開発する必要がある。そのためFF XVでは、12言語へのローカライズと世界同時発売にこだわった。
日本語からの多言語翻訳の課題
最大の課題は翻訳スケジュールが多元化することである。一般的に海外のゲームは10以上の言語に対応しているが、日本のゲームは4~9言語、音声は日英の2言語しか対応していないものが多い。主な理由は、日本語からのローカライズが英語からの場合より難しく複雑であることである。欧米の製品はまず英語版を作成し、その後、各言語に翻訳するというワンステップで多言語対応が可能だが、日本の製品は、日本語版から主要な言語に翻訳し、その後、他の言語に展開するという長く複雑なワークフローを経る必要がある。
FF XVは日本語で作成した後、英語、フランス語、ドイツ語、ハングル、繁体字、簡体字に翻訳した。日本語から直接翻訳できないスペイン語などは英語版から翻訳し、さらにそこから派生させて中南米スペイン語版などを作成した。このため、日本語テキストを変更した場合、その変更をすべての言語に反映させるのに時間を要した。また、翻訳が完了しないと次の工程に進めないなど、開発スケジュールの調整にも困難が生じた。
日本メーカーは開発者の多くが日本人で英語が不得意なため、最初から英語で作ることが難しいという点が不利である。
FF XVの翻訳テキストは、独自システムで管理している。多言語対応は複雑なフローになるため、このようなツールが必要になるのも課題の一つである。(詳細はCEDECでの発表 https://gamebiz.jp/?p=192461を参照)。
多言語音声の収録の壁
音声は、同じキャラクターでも、各国の文化に合わせて声色やなまりなどの話し方を変えて収録するといった工夫をした。
音声の収録とリップアニメーション(唇の動きの映像)も重要である。一般的に、まず翻訳前の言語で収録してリップアニメーションを生成した後、翻訳後の言語を次のように収録する。
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翻訳前の言語で収録した話す長さに合わせて他の言語の音声を収録し(タイムシンク)、その音声用にリップアニメーションを再生成する。
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上記の方法が難しい場合、もとの言語のリップアニメーションを使用し、その口の動きに合わせるリップシンク、または、もとの言語と音声の長さだけを合わせるサウンドシンクで収録する。
FF XVの英語版は、日本語で収録してリップアニメーションを作成した後、英語の音声をタイムシンクで収録し、英語のリップアニメーションを再生成した。フランス語とドイツ語は、翻訳やリップアニメーションの生成が間に合わず、一部は英語のリップアニメーションのサウンドシンクで収録した。
翻訳や音声の収録、リップアニメーションの作成に時間がかかると、他の作業を進められないなど、スケジュールに影響し大変であった。
完成後から別言語の音声を追加するのも問題になる。FF XVでは、発売後にPC版でロシア語音声を追加して字幕を作り直したため、PC版はロシア語音声の字幕、ゲーム機版は英語音声の字幕という二重管理が必要になった。
AIがランダムに台詞を選択するAIPC会話は、対話が何通りもできるので、どの組み合わせでも対話が成立するように翻訳するのは難しい。そのため、事前に再生条件を決めて台詞の組み合わせをパターン化し、翻訳者が文脈を把握できるようにした。一つの流れにそって訳せる映画や小説とは異なり、このように文脈が分岐するのはゲーム特有の難しい点である。
海外倫理とレーティング
レーティングは国によって問題になる点が異なる。例えば、子供向けのレーティングで作成した欧米版では、至近距離から銃で頭を撃つ場面は違反になる可能性があった。このような違反はQAで指摘されるまで気付かない場合が多い。特に中国はセンサーシップによるチェックが厳しく、中国語本土版では露出や恐怖の表現や、ロゴの漢字表記などが必要だった。
プログラム上での課題
プログラム上で問題になるのは、複数形や冠詞、不定冠詞、名詞の性など、日本語にない概念である。FF XVでは、語形が変化する名詞や数字をパラメーターで差し込むテキストタグという仕組みで対応した。だが文法的な間違いなどは、プログラマは日本語で表示してテストしているので気が付かず、後半のQA工程で日本語以外の言語で表示して初めわかることが多く、修正が大変だった。
数値を区切る桁数や記号、単位などの数値表現も国ごとに異なるので、自動的に切り替える仕組みを作った。ただし、ゲーム固有の例外的な表示も必要だった。
各国の文化や言語に合わせて実装するだけでなく、ゲームの事情にも対応が必要なことが難しい点である。
テキストデータは、FF XVではUTF-8の文字符号化方式にテキストタグを埋め込んで管理し、プログラム内部でUCS-2という符号化文字集合に変換し、各国のフォントで表示するという仕組みである。しかし、開発中に対応が決まった中国本土版の簡体字はセンサーシップ上使用しなければならないフォントの文字数が多く、FF XVで使用していたUCS-2では収まらないため、内部データをUCS-4に変更するという大きな修正が必要になった。
ユーザーが入力した文字列が、言語環境が入力時と異なると表示されないという問題もあり、入力データには、テキスト情報に加えて言語環境の情報も保存しておくべきだった。
UIのレイアウトは、外国語にすると表示範囲に収まらないことが多い。FF XVの開発では、翻訳すると日本語の何倍になるか具体的なガイドラインを作り、これをもとにUIを設計するよう担当者に依頼した。シーンによって、台詞が長い、字幕を表示できる幅が制限される、という問題は、会話形式ごとに字幕のUI仕様を定義し、プログラムでの切り替えと翻訳者に短めに訳すように依頼することで対応した。
今後の課題には、ロケールや言語でのロジック分岐などがある。
ロケールとは、プログラムなどで言語(テキストデータ)と国(単位、数値表現ルール、などを含む文化)を組み合わせて管理する概念である。FF XVでは、ロケールは実装せずに言語の切り替えだけで対応した。そのため、一例をあげると、英語版はヤードポンド法を使用していて、英国で実際に使用されているメートル法には対応していない。今後は国の情報も管理する必要がある。
チャプタータイトルなどをフォントからグラフィックテキストでの表示に変更することになったが、限定的な変更だったため、言語ごとのロジック分岐を全体の仕組みではなく個別に作成した。その後、同様の変更をいくつか追加することになり、そのため、一つ実装するごとに全言語での確認が必要になり大変であった。
アイテム一覧などの五十音順表示などは、ソート順が国ごとに異なり対応が難しい。実装が必要となった場合はコレーション(照合順序)を意識し、国ごとのソート順に従って変更可能にする必要がある。
アラビア語とヘブライ語の対応は、BiDi(双方向テキスト)、合字、文脈依存グリフなど、文字のほかにUIの表示順も変更が必要で、他の言語にはない難しさがあるが、市場は大きいので、将来はどのメーカーも対応していくと思われる。
言語対応は、開発途中で当初の計画にないことを要求されることが多いため、限定的な要求でも全体的な仕組みとして利用できるように対応することを前提にプログラムを作っておくことが望ましい。
FF XVの評価が特に海外ユーザーで高いのは、このような多言語世界同時発売への強いこだわりによってチャレンジした成果であることを今回の講演で実感した。また、多言語の実装方法やプログラム開発の裏話は、ゲーム以外の翻訳でも参考になる興味深い内容であった。