日本翻訳連盟(JTF)

ビジネスプランは十人十色~自分らしい翻訳“事業”を考える~(後編)

講演者:英日・独日翻訳者、Sprachgetriebe Consulting代表 宮原健さん

本特集では、日本翻訳連盟主催の翻訳祭やセミナーから選りすぐった講演の抄録をお届けします。今回は、「翻訳祭2022」より宮原健さんの講演の後編です。前編は、主に翻訳者を志望する人や駆け出しの方に向けた、事業としての翻訳業の基本的なお話でした。後編では、駆け出しから中堅の翻訳者を主な対象に、仕事のスタイル、プラスαの仕事獲得の可能性やアイデアなど、取引・収入規模を拡大したいと考えている翻訳者のヒントになるお話です。

●翻訳報酬の考え方

これからフリーランス翻訳者になりたい方や駆け出しの方だけでなく、ある程度この仕事をしている人も改めて意識してみてください。

みなさんの稼ぎたい収入は、いくらくらいですか。その収入を得るために、みなさんはいくらで翻訳というサービスを売らなければならないのでしょうか。日に何時間働かないといけないのでしょうか。とても大事なことです。

年商(売上)から、年間費用を差し引いた額が年収(手取り)です。さらにそこから税金も引かれます。所得税や住民税、予定納税、県によっては事業税まで出さないといけないところもあります。被雇用者の場合、手取りが20万円だとしたら、その前に諸税や社会保険料が引かれています。総支給額は24万円前後でしょうか。扶養人数など計算に加味される要素は人によって異なるので、あくまで参考数値です。

フリーランスの個人事業主の場合は、月の売上から、国内取引先であれば源泉徴収(所得税)された残り、売掛金回収したキャッシュが手元に入るわけですが、ここからさらに、一部の引かれていない所得税分を残し、住民税を払い、予定納税をし、社会保険料も払う必要があります。それがようやく手取りです。

会社に勤める従業員であれば、社会保険料は会社と折半ですが、フリーランスの場合、国民年金・国民健康保険などの社会保険料は全額個人負担です。また、経費もかかります。給与総支給額ないし手取りはフリーランスの月売上ないし手取りと等価ではありません。

おおまかな数字を挙げると、給与の場合と同じ手取りにするためには、一般的にはおよそ4~5割増しで稼がなければなりません。また何か理由があって仕事ができないような状況に陥った場合、会社員は給与やなにがしかの調整金が払われますが、フリーランスにはそうした福利厚生などはありませんから、倍に相当する売上を目指すのが先々のリスク管理になると言われます。

こうした点も考慮に入れて希望年商から逆算をすることで、おおよそのサービス単価が出てきます。

●目標年商と単価

仮の収入例をいくつか挙げてみます。

図4は、英日や独日翻訳者の場合の例です。文字対文字となる韓・中などは相当文字量を置き換えて考えてみてください。

年商1000万円を目指します。月の目標額は83万円、月22日稼働するなら1日4万円弱、1日8時間稼働するなら時給は5000円弱になりますね。

これを見てどう感じますか。高いでしょうか、低いでしょうか。翻訳業界に限らず、普段求人情報などで見かける時給を基準にすると、高いなと思われるかもしれませんが、私個人はこれが決して無理な目標とは思いません。

図4

たとえば、派遣会社や企業の直接雇用で翻訳通訳業務の採用情報を検索したときに見かける月の給与を時給にならしてみたら、たぶん3000円前後でしょうか。でも福利厚生などを含めると、実際には見えていない額(折半される社会保険料の会社支払い分など)がもう少しあります。一方で、私たちフリーランスはいただく報酬から社会保険料なども支払わないとなりません。

報酬の支払いの形態にもいろいろあって、月の固定給や時給、文字・単語による単価契約(出来高制)など、支払い方法は多岐にわたります。

よく例に挙げられる単価で考えてみましょう。1時間に英日を翻訳できる語数は分野や精通度によってばらつきはありますが、平均して250~350語と言われています。もう少し早い人ももちろんいますが、先ほどの時給を達成したい場合、1時間300語訳せる方は、単価16円以上を目標に取引先の契約を見つける計画を立てていく必要があります。

はじめのうちは、なかなかこのような単価や時給を達成できる取引先を開拓するのは難しいかもしれません。仕事をする環境を整えて慣れるのに精いっぱいなこともあるでしょうし、こう単純に仕事量もこないことだってあります。私も実をいうと、いま挙げた単価の半分もなかった時期もありました。ただ、スタート時はそれが当たり前だと言いたいのではなく、言われるがまま受けているばかりで、その提示が普通なのかと考えることもせず、受け身一方の姿勢が問題だったと思います。

次の例です(図5)。単価16円で取引先と契約を交わしました。時給4800円あたりで1日5時間稼働すれば2万4000円、月15日仕事をすれば36万円稼げます。年商は432万円ですね。ここから経費や諸税、事業用の預金なども差し引いたうえで残る手取りは、だいたい260万円でしょうか。

たまに、稼働できる時間数や月の日数が少ないから低い単価を甘んじて受けるという話を聞きます。しかし、案件ごとの納期に対応し、満足していただける品質で提供できるかが問題なので、普段の稼働条件自体は単価を下げられる理由にはなりません。副業組の方も、そのあたりはぜひ前向きにサービス単価を考えてもらえたらいいなと思います。

図5

ただ、単価や時給の設定、下限死守というのは取引先からの仕事量にも関わるので、あえて少し低めにという人もいて、それはその人の戦略だとは思います。私の場合は、ニーズに応える翻訳+αのサービスをよい品質で、翻訳会社に近いけれども超えはしないあたりで提供したいと考えて行動しています。

今回は時給と単価を例に、稼働時間や日数を使って算出しましたが、もちろん分野や一つひとつの案件の難易度・調査量によってかかる時間も異なりますから、1時間300語をコンスタントにこなせないことも多いものです。そのような案件ばかりになりがちな分野は、主体的に時給設定し、実稼働時間数による請求の提案や交渉をしていくことでこうしたモデルに近づけていくのが現実的だと思います。

●日々の努力と工夫で年収増を目指す

私は現在、年商が2000万円弱ほどあります。ここから経費を差し引くので手取り年収はもっと低いです。また、積極的に外にも出るので、どちらかというと経費が多めなタイプだと思います。取引先は海外がほとんどで、今年(2022年)は円安の恩恵もあるので、円高になってきたらもしかしたら来年はここまでいかないかもしれません。でも、もう少し単価面で工夫をすれば(2000万円を)超えることもできるかなと考えています。

どう受け取られるかわからないので、こういう具体的な数字情報の公開を嫌がる人の方が多いと思います。業界誌でもアンケートを実施していますが、回答していない人も少なくないでしょうから推測ですが、私と同程度の年商・年収の同業者は割と多いのではと思っています。ただ、今日この場で敢えて具体的な数字を出したのには理由があって、翻訳の仕事でとりあえずここまでならいく人って近くにいるんだな、ということを事実として認識してもらえたら、と思ったのです。

もちろん、1日の稼働時間は人それぞれ異なります。最近の私の場合はだいたい、月22~24日、1日8~10時間稼働です。忙しいときもありますが、今年はしっかりと睡眠や運動する時間もとるようにしています。できればもう少し稼働日数や時間を落として、実務以外のところに時間をとりたいと考えています。

諸条件や環境の違いはあると思いますが、たとえば年間の売上というポイントにフォーカスをせずとも、コツコツとサービス単価を上げる努力はできると思います。初めのうちはうまくいかないこともあるし、よい相手にまだ縁がない方もいることでしょう。私もそうでしたし、一度諦めて2年越しにもう一度頑張ってみようと戻ってきた口です。

これは、今日何かすれば明日にガラッと変わるというように短期的に得られる成果ではなく、毎日少しずつの工夫や努力の積み重ねによるものだと思います。継続することが大事です。私はスローペースなのと、特に勤務先では時々土日出勤もあって、まとまった時間はあまりとれず、芽が出始めたのは在宅翻訳を始めて4~5年経った頃でした。でも周りには1~2年でかなり稼げるようになったという方もいました。なんにせよ行動してみなければ始まりません。

●現状を変えるのは自分自身

フリーランスや個人事業主には日々気にかけて助けてくれる先輩や上司はいません。ですから、条件が客観的におかしい場合に、声を挙げて環境をより良くしていけるのは自分だけだ、ということはよく理解しておかなければなりません。

たとえば、1時間300語がんばって訳した。でも条件が悪くて時給300円や400円くらいにしかならない。これは極端な例ですが、そのような悪条件がおかしい、それが不満だと感じるようであれば、自らその不満を解消し、条件の改善に努めなければなりません。

ただ不平を周りに言うだけでは自分の環境はよくなりません。もちろん、弱音を吐くこと自体は決して悪いことではありませんし、周りの人にとってもリスク回避につながる有益な情報にもなり得ます。私も結構ソーシャルメディアでそうしたことをついて書いてしまうのですが、書く一方で、そうしたおかしいなと感じたことに次回また遭遇しないよう努めています。

今日何かおかしいなと感じたら、まずは1日5分でもいいので、改善につながる行動を積み重ねていきましょう。1日10分、何か行動を積み重ねれば1カ月で5時間分、12カ月で60時間分の改善活動を行えます。毎日が難しくても、数日か週1回にまとめて30分でもいいので、自分の時間の使い方に合う方法で取り入れてみてはいかがでしょうか。

みなさんは翻訳者になるまでに、同じようにコツコツと語学学習はできたんですから。同じように明日のことを考えて少しずつ変えていけば、いつか振り返ったときに収入拡大の工夫も大きな前進をしているはずです。現状、厳しいなと感じている方は、ぜひ今日から何かもう一工夫始めてみましょう。

私は思い立って在宅翻訳を仕事にしてみようと挑戦してはみましたが、翻訳会社のトライアル挑戦は無残にもすべて「お祈りメール」で惨敗でした。それが社内通訳者・翻訳者経験後のことで、そもそもこの仕事って自分には向いてないのかと諦めそうでした。でもそこで諦めるから前に進まないんだなと考えて情報収集しなおし、翻訳そのものの勉強もし、できる改善をコツコツ積み重ねていった結果、今があります。

特に挫けそうなことが続いている駆け出しの方は、諦めなければ必ず花開くので、ぜひがんばって欲しいと思います。

一旦、現状の不満と、それをどう変えていきたいかを書き出して、その転換には何をすれば実現できるか、情報誌や同業者からのつながりを通じて分析、情報収集をしてみましょう。あとは実践あるのみです。分析や情報収集もコツコツとできることだと思います。

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