ISO規格の最新動向
ISO TC 37/SC 5ブリュッセル会合参加報告
1 ISO/TC 37の概要と翻訳部会(WG 1)報告
2 通訳部会(WG 2)と通訳機器(WG 3)の規格について
3 用語調整グループ(TCG)と翻訳部会(WG 1)報告
1 ISO/TC 37の概要と翻訳部会(WG 1)報告
はじめに
日本翻訳連盟(JTF)では、組織委員会の下部組織として「JTF内ISO検討委員会」を設け、ISO(国際標準化機構)の言語と用語(Language and terminology)に関する専門委員会(Technical Committee:TC)のうち、TC 37の標準化活動に2012年から携わっています。
TC 37に翻訳と通訳(Translation, interpreting and related technology)を扱う分科委員会であるSC 5が設置されてから12年目を迎えました。日本翻訳連盟は、規格に関する議論において業界団体としての意見を発信するため、毎年開催される国際会議(総会)にSC 5の設立時から継続して参加しています。
昨年4年ぶりに対面で再開された国際総会は、EU本部があるベルギーのブリュッセルで開催されました。2024年は、TC 37全体の総会を開催できる主催国の調整がつかなかったため、SC 2とSC 5の会合だけが、昨年同様ブリュッセルで実施されました。
ISO 17100、ISO 18587、ISO 20539、ISO 20228などの規格が議論されましたが、今回はその中でもJTF会員の皆様方に影響する可能性がある規格について報告します。
ISO/TC 37 の概要
ISO/TC 37はISOのなかで「言語及び専門用語」(Language and terminology)を対象とする専門委員会であり、その下に次の5つの分科委員会(SC)が設置されています。
ISO/TC 37/SC 1(一般原則と手法:Principles and methods)
ISO/TC 37/SC 2(用語ワークフローと言語コード:Terminology workflow and language coding)
ISO/TC 37/SC 3(用語資源の管理:Management of terminology resources)
ISO/TC 37/SC 4(言語資源管理:Language resource management)
ISO/TC 37/SC 5(翻訳、通訳及び関連技術:Translation, interpreting and related technology)
このうち通訳翻訳業界が直接関係するのはISO/TC 37/SC 5になりますが、さらにその中 にSC 5全体の用語を統一するWG(Terminology coordination group :TCG)、翻訳(WG 1)、通訳(WG 2)、通訳機器(WG 3)、教育(WG 4)を専門とするワーキンググループが設けられています。
過去のイベント
ISO TC 37/SC 5が管理する国際規格およびプロジェクト(2024.7.30現在)
この表は2023年7月にISOのウェブサイトで公開されていた情報をもとにJTF内ISO検討委員会の責任において作成したものです。審議の進行にともない最新の状況が表の記載内容から変更される可能性がある点にご注意ください。
最新の情報は次のURLから確認できます。https://www.iso.org/committee/654486.html
(★)が付いたものはJTF内ISO検討委員会で検討対象にしている規格です。
参考:プロジェクトの各段階と関連文書
翻訳部会(WG 1)の議論
昨年同様、ブリュッセルでの対面とオンラインのハイブリッド開催となった今回、欧州のエキスパートがまず強調したのは①対面の重要性と、②エキスパートの積極的な参加です。COVID-19により、ZoomやWebex等を活用したオンラインでのミーティング運営を余儀なくされましたが、会議の回数が増加する傾向にあり、参加者数の減少につながりました。
今回もハイブリッド開催でしたが、対面で参加しているメンバーが主導して非常にスムーズに議論が進んだことを受けて、上記の2つのポイントは、Plenaryでもあらためて採択されました。わざわざ投票を行い、全会一致で採択されたことは非常に稀なことですが、SC 5への貢献が一部の国のエキスパートに限定されつつあることへの懸念の表明でもあると受け止めています。
今年の翻訳部会では、ISO 18587の定期見直しに関する議論と、来年定期見直しが発生するISO 17100に関する議論が行われました。来年定期見直し対象の規格について議論が行われたのは、見直しが確実視されており、今後ISO 18587と統合(おそらく2部構成を想定)することを意図したエキスパートが多数いたためです。両規格の対象範囲やプロセスには共通する部分が多く、現在改定議論を行っているISO 18587でもISO 17100の用語やプロセスを意識して規格文書の策定が行われています。
とはいえ、統合となると各国からの反対意見も見込まれることから、統合の影響や可否を検討しながら、方向性について時間をかけて固めることが必要になります。今回議論が行われたのは、時間をかけて議論することについての事前の同意を求めたということでもあります。
まだまだ方向性は二転三転することが予測されますが、JTFのISO検討委員会を中心として日本としての主張を明確に示していきたいと思います。
以降の章では、今回の議論の中心となった「ポストエディット(PE)」に関する国際標準規格ISO 18587:2017の改定について情報を共有したいと思います。
ISO 18587の改定の背景と議論のポイント
昨年、ISO 18587の見直しを開始することが承認された背景は、翻訳メモリ(TM)やデータベースを併用したポストエディットプロセスについて、規格の対象範囲として明確になっていないという意見があったためです。また、発行当時の技術は統計的機械翻訳(SMT)が主流であったため、ニューラル機械翻訳(NMT)を活用したプロセスへも適合できるよう、文言を調整する必要がありました。
ところが、この一年でChatGPTを代表とした大規模言語モデル(Large Language Model:LLM)の出力結果を活用したポストエディットについても規格の対象とする必要性が出てきました。つまり、ISO 18587が対象とする機械翻訳(MT)とは、どこまでを対象としているのかを明確に示す必要が出てきたわけです。SMTもNMTも、LLMもポストエディットの対象になるはずですし、ルールベースの機械翻訳技術(RBMT)も対象となるはずです。
こうした一連の技術をNon-human translationとして定義することが大きなポイントの一つになりました。
元々は翻訳者の訳をデータベース化した翻訳メモリ(TM)が、どのような位置づけとして規格内に定義されてゆくのかは今後の議論のポイントになってゆくと思われます。
また、前述のとおり、ISO 17100との統合の可能性を考慮して、用語やプロセスをISO 17100に合わせる文言の調整作業がもう一つのポイントです。
今後の見通し
今回策定している規格文書案は、まだWorking Draft(WD)であり、ISOになるまでには、Committee Draft(CD)、Draft International Standard(DIS)、Final Draft International Standard(FDIS)などの段階を経る必要があります。各ステージで各国のエキスパートによる投票が行われるため、まだまだ紆余曲折があることが予測されますが、現時点では議論のポイントが大きく変化することはないように思います。
また、今後はISO 17100との統合を視野に入れた議論が別途開始されると思います。どのような形式・形態で議論がなされるのかは不明ですが、今後も、JTF内ISO検討委員会の委員の皆様と規格案の情報を共有しながら、各ステージでの投票方針についても議論を重ねて決定してまいります。日本の翻訳業界にとってもわかりやすく、有益な国際標準規格になるよう、努めてまいります。
◎報告者
株式会社川村インターナショナル 代表取締役
森口 功造
一般社団法人アジア太平洋機械翻訳協会副会長。品質管理担当として株式会社川村インターナショナルに入社後、翻訳、プロジェクトマネジメントなどの制作全般業務を経験。2020 年 6 月から同社代表取締役社長に就任。ISO の規格策定には JTF の ISO検討委員会発足時から参加し、検討会の議長を務める。TC37SC5 国内委員。