日本翻訳連盟(JTF)

「私の通訳者デビュー」古賀朋子さん編

第5回:コロナ禍を経て、フリーランスとして多忙な日々へ

フリーランス日英同時通訳者、古賀朋子さんの「私の通訳者デビュー」を、松本佳月さんが主宰するYou Tube「Kazuki Channel」からインタビュー記事にまとめて、6回連載で紹介します。第5回は、2度目のフリーランスとなったタイミングに重なったコロナ禍、その時期をどう過ごしたのかや、新規開拓とレートのことなどについて伺いました。
(インタビュアー:松本佳月さん、酒井秀介さん)

●コロナ禍の時期にホームページ作成や共著書出版く

松本:コロナ禍にフリーランスの通訳者となって、今はコンスタントに仕事を受けているでしょう。今の状態に来るまで紆余曲折はどういうものでしたか。

古賀:紆余曲折とか、辛い、大変とどれぐらい思っていたかというのは、もしかしたら酒井さんの方がよく分かっているかもしれません。なぜかというと、私には比較対象となる、新型コロナ前のフリーランス実績というものがほぼなかったわけです。比較対象があるみなさんは「激減じゃないか。どうしよう」と考えたと思うんですが、私はそれがなかったんです。もちろん仕事が前に比べて激減したという状況は把握していましたが、自分自身の体験というか実感としての比較ではないので、それが逆に楽だったと言えば楽だったんですよね。

それで、私だけでなく業界全体が「やることがない」となった時に、「ちょうどいいからウェブサイトを作ろう」と思って、作りました。また、こういう時期だからと通訳者が集まって『同時通訳者が「訳せなかった」英語フレーズ』という本を作りました。私も8本ぐらい原稿を書かせてもらっているんですけど、けっこう忙しくて大変でした。だから、そんなにぼんやりしていることもなかったです。

2020年8月には、日本会議通訳者協会(JACI)が1カ月間フルのイベント「日本通訳翻訳フォーラム」を開いてくれたりもしていたので、あまりぼんやりしたり打ちひしがれていた覚えもないんですけど、酒井さん、どうでしょう。

酒井:古賀さんは常に忙しかったイメージですよ。例えばさっきの本の企画で、8本書いた古賀さんがたぶん最多な気がします。

古賀:最多ではないですけど、上から2番目です。

酒井:そういうことも含めて、エアポケットに落ちるような、「私、これからどうしたらいいんでしょう」みたいな状態はほぼ記憶にないですね。古賀さんは顧客開拓など常に何かずっとやってきたというのが僕の印象です。

さっき言っていた、ビフォアコロナの比較対象がないというのは本当にいい感じで働いているなと思うんです。どれぐらい稼いでいるかとか、レートはこんな感じだとか、年収これぐらいなんじゃないかとか、こういう状況ではこういうふうに対応するんじゃないかというのが、あまりないんですね。けっこうゼロベースというか、自分なりの基準でやってきた。それは以前からなのか、自分なりに持っている、けっこう高い基準を当たり前にやってきている。

行動もそうです。よく「こんなんでよかったんですかね」と心配そうに聞かれることがありますが、僕からすると、「いやいや、それは、かなりすごいことですよ」と。でも古賀さんとしては「そうなんですか?」みたいな感じなんでしょうね。いやいや、かなりレベルの高いお仕事ぶりですよ。

古賀:ありがとうございます。

著者の一人として執筆に励んだ『同時通訳者が「訳せなかった」英語フレーズ』
(松下佳世編著、イカルス出版、2020 年)
2020 年フリーランスになった頃、岡山出張の空き時間で行った倉敷観光
●2020年秋には仕事が戻り多忙にく

松本:その後は少しずつ仕事が戻ってきた感じですか。

古賀:そうですね。私の場合、戻ってきたという言い方は厳密には当たらないんですけど、他の方とお話した感じだと、2020年の秋口にはもうけっこう戻ってきていました。

2020年に遠隔通訳がどんどん取り入れられるようになって、今のように遠隔通訳が普通になっていったわけです。

当時は、ちょっと遠隔通訳できないな、必要なものが揃ってないなと思って、2020年後半の半年間、そういうコースを取っていました。そこで一緒になったクラスメートたちともよく話していましたけど、やはり2020年9月以降はけっこう戻りがあったので、そのコースと仕事の兼ね合いでかなりキツキツでした。

松本:2020年の秋にはすでに忙しくしていたんですね。

古賀:忙しくしていましたね。そのコースのメンバーで授業がない週も勉強会をしていましたし、けっこうドタバタやっていました。

遠隔通訳関連のコースの仲間との 2022 年の忘年会

松本:フリーランスになった時は、もう一人暮らしをしていたんですか。

古賀:はい。保険会社に移ったぐらいから一人暮らしをしていました。

松本:保険会社を辞めてフリーランスになった時点で、たぶんしばらく仕事がなかったんじゃないかと思うんですけど、そうでもないんですか。

古賀:そこはどう捉えるかなんですけど、12月、1月は通訳者にとっては割と静かなシーズンなんですよ。前にお話したように、本格的にフリーになったのが2020年初頭だったので、その前も会社員をしながら、ポツポツはやってたんですけど、1月から「フリーになりました」と言っても、1月はそこまで動きがないんです。2月もそんなにはなくて、3月、4月は秋よりは少ないけれども春のちょっとした繁忙期が立ち上がるみたいな感じなんです。立ち上がろうとした時にコロナ禍で、という状態だったんです。

松本:その時、収入が少ないことについて不安はなかったですか。一人暮らしだと家賃も払わなければいけないし。

古賀:そうですね。でも貯金していたので。

松本:蓄えがあったから、のんびり構えられたという感じですか。

古賀:お金の心配でそれほど悲愴感漂う感じではなかったですが、「ずっとこの状況が続いたら困るな」とは当然思っていて、健全なレベルの心配はしていたと思います。

ただ、さっき酒井さんもおっしゃっいましたが、仕事をしていない時もすごく忙しく過ごしていました。それも、webサイトを作ろうとか、本を出してみようとか、ボランティアで通訳や翻訳するなど、仕事に繋がるようなことでしたし、遠隔通訳関連のコースにも入ったので。そうこうしているうちに秋がやってきて、すごい忙しくなったので、あまり心配して「どうしよう」と考え込んでいる時間はなかった気がします。

2020年、ボランティアで通訳した際、お礼にもらったメッセージカード
●新規開拓とマーケティングく

酒井:補足をしておくと、開拓とかセールスというかマーケティングもすごくやっていたんですよ。例えば、「こういう業界の仕事をやりたい」と言って、どういう会社があるかリサーチをするし、そこに対してのアプローチも積極的にしていたし、返事があった、なかった、それに対してどういうふうにフォローしようかなど、かなりのレベルでやっていたはずです。

松本:待ちの状態じゃなく、アクションを取っていたということですね。

酒井:そうですね。僕はそういうのを見ているので、もう何カ月も仕事がなくて、「フリーランスになったのはやっぱり失敗なのかしら」みたいな時期は、ほぼなかったんじゃないかなという印象があります。

古賀:2度目のフリーランスですからね。1回目の時はそうでしたよ。はっきり言って、本当に仕事がほとんどないっていう状況がけっこうありましたから。

以前なろうとした時は、震災の影響で通訳の需要全体が低かったということや、私のエージェントへの登録などの活動量も足りなかったこともありますけど、2度目で繁忙期が立ち上がってきた時に、前にやろうとした時よりなぜか自動車の仕事も入ってくるようになりました。

それって変な話じゃないですか。前にフリーになろうとした時も今の私も、自動車業界の経験量は一緒なわけですよ。その後自動車の仕事をやっていたわけじゃないのに、自動車業界の仕事も増えた感じがします。

でも、2回目の時は、社内にいる時からフリーになろうと思っていて、どういう人脈を作っておいたらフリーに繋がるかなというのは考えていましたので、それが最初の頃にけっこう生きていたと思います。

●海外からのオファー、人脈経由の仕事とレートく

松本:翻訳者は、レートを上げるために新規開拓をずっと続けている感じの人がけっこう多いですけど、通訳者も古賀さん的にはやっぱり新規開拓はずっと続けているんですか。これからも続けていく感じですか。

古賀:実は今、仕事のオファーを半分以上、お断りしている状態なんです。

松本:もう開拓できないっていう感じですか。

古賀:開拓してレートが上がるんだったら、それはレートが高いところに置き換わっていくので良いと思うんですけど、新規開拓したところのレートが高くなるとは限らない。ここ最近そう感じたことが何回かありました。

酒井さんのほうが詳しいかもしれませんが、個人的な感覚としては、社内で15年やりましたと言っても、エージェントによってはあまり評価してくれないんですよね。言い方が悪いですけど、「所詮社内ですよね」みたいな。開拓せずに声をかけていただく時もあるんですけど、いろいろ経た結果、結局、あまりレートを高くしていただけないことがけっこうあります。

松本:レートが高くないというのは、どの時点で判明するんですか。

古賀:なるべく最初から聞くようにしています。早い段階で私のほうから「これぐらいってあり得ますか」と聞いて、「ないです」と言われて、プロセスを止めた会社もあります。お互い時間がもったいないですから。

でも、「可能な範囲でもいいので教えてください」と言ってもどうしても教えてくれない会社もあって、そうすると試験などいろいろした上で最終的に「低いな」ということもあります。もちろん、「試験結果が良くなかったからでしょ」と言われてしまえばそれまでなんですが、そのレートだったら今ほかに受けている仕事のほうがいいし、となってしまうこともありました。それが一つの傾向ですね。

もう一つは、海外からたまに声がかかるんですよ。ついこの間も「LinkedInで見かけたんですけど、こういうお仕事しませんか」と声をかけられたんですが、海外のほうが、自分が思うレートが受け入れられる率が高いという体感があります。そういうのはなるべく繋いでいくようにしています。

海外出張でのブースでの様子(写真はすべて古賀さん提供)

それで海外の比率をちょっと高めると全体としてレートが上がったり、通訳者さんに紹介されたいわゆる大手ではない、ブティックエージェンシーのほうがレートが良い傾向もあると思います。

松本:人と人との繋がりで紹介してもらった案件、会社はやっぱり高いですね。

古賀:そうですね。社内の時にご一緒していたフリーランスの方が、後で分かったんですけど、実はエージェント業もやっていて、その方からお仕事をもらうようになったこともあります。そういうところもやっぱりレートが高めですね。(次回につづく)

「KazukiChannel」2022/08/31より)

←第1回:大学在学中のボランティア通訳がきっかけ
←第2回:秘書兼翻訳者、英会話学校講師を経て、アメリカの大学院へ
←第3回:大学院卒業後、アラバマの自動車工場の社内通翻訳者に
←第4回:米国から帰国、4社で社内通翻訳者を15年経験した後、フリーランスに

◎プロフィール
古賀朋子(こが ともこ)
日英同時通訳者
千葉県生まれ。神田外語大学外国語学部英米語学科を首席卒業(GPA:3.95)。モントレー国際大学院(現ミドルベリー国際大学院)通訳翻訳学科にて会議通訳修士号取得。大学在学中から秘書兼翻訳者として勤務。英会話学校で講師、主任講師を歴任。大学院卒業後はアメリカのアラバマ州の自動車工場にて通訳翻訳者として勤務。帰国後、製薬会社、損害保険会社、MLM企業にて通訳翻訳者を務める。社内通訳者歴15年。2020年からフリーランス通訳者として活動。共著に『同時通訳者が「訳せなかった」英語フレーズ』(イカロス出版)。趣味は旅行、BTS、韓国語学習。

◎インタビュアープロフィール
松本佳月(まつもと かづき)
日英翻訳者/JTFジャーナルアドバイザー
インハウス英訳者として大手メーカー数社にて13年勤務した後、現在まで約20年間、フリーランスで日英翻訳をてがける。主に工業、IR、SDGs、その他ビジネス文書を英訳。著書に『好きな英語を追求していたら、日本人の私が日→英専門の翻訳者になっていた』(Kindle版、2021年)『翻訳者・松本佳月の「自分をゴキゲンにする」方法:パワフルに生きるためのヒント』(Kindle版、2022年)。

酒井秀介(さかい しゅうすけ)
通訳者/翻訳者向けの勉強会コミュニティ「学べるカセツウ」を主催。辞書セミナーや英文勉強会などスキルアップ関連をはじめ、キャリア相談、実績表やレート設定等のコンサル、目標設定コーチング、交流・雑談会、カラダのメンテナンス、弁護士や税理士相談会等、通訳翻訳以外のテーマも幅広く開催。詳細はXアカウント https://x.com/Kase2_Sakai を参照。
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