「翻訳の日」連動企画 パネルディスカッション
災害時の多言語支援~多文化共生社会に向けた取り組み~
第3回:多言語情報をどう届けるか
9月30日の「翻訳の日」を記念して、2024年同日、災害時の多言語支援に焦点を当てたパネルディスカッションが公開されました。その模様を採録編集し、3回に分けてお届けします。今回はここまでの議論を踏まえて、災害時における少数言語への対応、自治体ごとにことなるニーズや機械翻訳の問題、SNSの活用法などについて、提言と意見交換が行われました。
◎パネリスト
一般財団法人自治体国際化協会(クレア)多文化共生部 多文化共生課課長 滝澤正和
ランゲージワン株式会社 執行役員 多文化共生推進ディレクター カブレホス・セサル
一般社団法人日本翻訳連盟理事/第33回JTF翻訳祭2024 実行委員長/個人翻訳者 中野真紀
◎ファシリテーター
一般社団法人日本翻訳連盟会長(JTF)/株式会社翻訳センター 代表取締役社長 二宮俊一郎
第 1 回:多言語支援に関する団体の活動、翻訳・通訳者の意識
第 3 回:多言語情報をどう届けるか
●少数言語にどう対応するか
二宮:滝澤さんにCLAIRさんが事前準備として作成している災害時の多言語支援ツールについてお伺いした中で、私が興味深かったのは言語数です。多言語表示シートで14言語、文例集は10言語で作っているとのことでした。セサルさんの会社ランゲージワンでは今、いくつの言語で対応されていますか。
セサル:日本語を含めて14言語、外国語については13言語です。
二宮:14言語というのは、だいたいカバーできる言語数ですか。それとも足りないですか。
セサル:2015年に弊社が設立したさいに、この13言語があれば日本にいる在日外国人の9割がカバーできるということで選定した経緯があります。今はミャンマー、モンゴル、アフガニスタンなど、我々が現時点で扱っていない言語の方が少しずつ入国している状況があり、今後の検討が必要になると思っています。
二宮:なるほど。滝澤さんのほうでも、こういった言語が今足りなくなっているというお話を聞かれることはありますか。
滝澤:そうですね。今、ホームページで公表しているものについては14言語ですが、例えばインドの少数の言語の方から問い合わせを受けたりということはございます。
二宮:14言語でやってもまだ足りなくなるし、それが年々変わっていくことを考えますと、すべて完璧にフォローすることはなかなか難しいのかもしれません。それでも少しでも多くやっていかなくてはいけないという意味では、滝澤さんのご紹介にあったような、やさしい日本語やピクトグラムも非常に有効な手段ではないかと思います。
一方で、言語数と別に、もう一つの問題として情報量の問題があるかと思います。14言語に限ったとしても、できるだけ多くの情報をあらかじめ多言語で保有しておくことが大事になると思います。情報量を増やそうとすると、また中野さんにご指摘いただいたコストの問題が出てくるんですけど、情報量をいかに効率的に増やすかという点で何かお考えはありますか。
中野:そうすると機械翻訳の活用という話が出てくるかもしれませんが、機械翻訳ですと誤訳の問題があります。例えば5年ぐらい前の台風の時に、川が増水して「川から逃げてください」と言うべきところを「川のほうに逃げてください」という翻訳になったと、メディアでもかなり大きく取り上げられました。
時間が取れる事前の準備に関しても、少数言語の翻訳者を見つけるのは難しいとは思います。ただ、例えばインドには非常に多くの言語がありますが、ヒンディー語がわかる方だと、もしかしたらある種のネットワークがあって、そこに少数言語の翻訳者がいらっしゃる可能性がある。というのは、本当にマイナーな言語の翻訳や通訳では生活ができないので副業として、あるいは頼まれた時だけやっているという方がかなりいらっしゃいますので、そういったネットワークを利用させてもらうというやり方もあると思います。そのネットワークを通じて「こういう言語ができる方いませんか」と翻訳者、通訳者を探して、事前準備の段階でできるだけカバーをするという活用の仕方ですね。
二宮:ネットワーク活用はまさに我々ベンダーが日々やっていることですし、いろいろなコネクションを辿りながら「この言語ができる人いますか」と探していますので、言語の多様性、いろいろな特殊言語をどうカバーするかというのは、個人翻訳者の方々というよりは、むしろ我々ベンダー側の責任ではあります。そういった意味では、我々も意識して、いろいろな言語を取り扱えるようにしていかなければならないと思います。
●自治体によるニーズと機械翻訳の問題
二宮:少し前に私からコストのことを申し上げました。機械翻訳は安いかどうかわからないですけども、人とは違った形での活用ができると思います。一方で、CLAIRさんからご紹介いただいた文例集という形で、ある程度テンプレート化した上で使っていくというのも非常にいいアイデアだなと思っています。ただ実際問題、やろうとするとなかなか難しい。というのも、テンプレート化してあるけれど、自治体によって微妙に表現が違ってしまうので、どうしても効率化が図れないというようなところがあるかと思います。中野さん、何かご経験ありますか。
中野:経験というわけではないですけど、先ほどCLAIRさんのお話を伺っていて思ったのが、文例集の拡充はもちろん大事ですけれども、自治体によって、うちの自治体はどこの国の人が多いとか、例えばうちのあの地区には大きな川がある、土砂崩れしやすい山があるというように、それぞれ自治体によって必要なものがある程度絞れると思います。
それを自治体の方が文例集を元にそれぞれカスタマイズをしていく。カスタマイズの過程で足りないものがあれば、何語でこういう文例集をほしいと要請して、翻訳会社などのネットワークを活用して当該言語の人を見つけていただくなどが考えられると思います。
元になる文例集はとても大事で、非常に役に立つと思いますが、その活用方法はやはり自治体ごとに異なるかと思います。
二宮:ありがとうございます。滝澤さん、何かコメントはございますか。
滝澤:今のお話、まさにおっしゃる通りでして、先ほど全国の在留外国人の状況をお話しましたけれども、やはり地域によって住んでいる方も全然違います。例えばブラジル人の方が多く住んでいる地域、属性として留学生が多い地域などいろいろあり、そこで発信していく言語についても状況は全然違うと思います。
ですから、実際にその対応を考える時は、どういう言語でどこに発信していくかというところを、翻訳者、通訳者の方も含めて協力を得ながら、事前に考えていくことが大事だと思います。
二宮:できるだけ多くの言語をできるだけ多くの文書に適用する。そして各自治体での多様性はどうしても出てくるということになると、また話が戻ってしまうんですけど、やはり機械翻訳はどこかでうまく使っていかなければならないのではないかということになります。一つうまく使う方法としては、事前準備で機械翻訳にすべてを任すのではなくて、必ずその後のポストエディットとチェック工程をきちんと入れて、人の翻訳となんら遜色ない翻訳を効率的に仕上げていくということがあると思います。事前翻訳では間違いなくそれが可能だと思います。
しかし、その場でいきなり翻訳が必要になったので、機械翻訳にかけた、けれどその言語がわかる人はいないので合っているかどうかわからない、というシーンではどうしたらいいんでしょうか。
セサル:先ほど中野さんから紹介があった、川が氾濫している時に機械翻訳で「川のほうへ逃げてください」と出してしまった自治体に、私が調査したところ、日本語での通報自体は早い段階で出せた。その地域にブラジル人もいることがわかったので、ポルトガル語で早く出さなければいけない。でも確認する人がいないという、まさに今おっしゃったような状況だったのです。
職員としては早く通報を出さなければという思いでしたが、結果的には誤訳の状態で出していることになってしまった。三次災害には至らなかったところはよかったと思っていますが、逆に、外国人がその通りに行動していたらひどい結果になっていたと思います。
私たち通訳者はプロとして、誤訳はあってはいけないと考えながら対応させていただくので、私たちとしても必ず確認をしてから、翻訳物を提出することが必須ではないかと思っています。
二宮:セサルさんに言われると、非常にリアルに感じます。情報が全くないよりは間違えてもあったほうがいいんじゃないかと考えてしまうんですけれども、間違った情報なら、ないほうがいい。おそらくそうなんだろうと思います。
となると、また話が戻ってきて、いろいろな言語の、せめて機械翻訳が合っているか間違っているか、それをチェックするネットワークを普段からどう構築していくのかということが非常に大切になってきます。
それに対しては我々も、私はベンダーの立場ですけれども、そういったコネクションをどう構築して、どうご提供できるのかというところも考えていかなければいけないなと思いました。