「私の翻訳者デビュー」渡邉ユカリさん編
第1回:通訳者志望から子育てを機に翻訳者へ
今回から、フリーランス英日・日英翻訳者、渡邉ユカリさんの「私の翻訳者デビュー」を、松本佳月さんが主宰するYouTube「Kazuki Channel」からインタビュー記事にまとめて、5回連載で紹介します。初回は、翻訳者になるまでの経緯、翻訳者と子育ての両立の難しさ、どう乗り越えたかなどのお話で盛り上がりました。
(インタビュアー:松本佳月さん)
●通訳者を志して10年間学校に通う
松本:本日のゲストは英日、日英翻訳者の渡邉ユカリさんです。
渡邉:よろしくお願いします。
松本:今日は「私の翻訳者デビュー」というテーマで、まずユカリさんがどうやって翻訳者になったかを、かいつまんでお話していただけたらと思います。
渡邉:私は気づいたら翻訳者になっていた、という感じなんです。はじめは通訳者を目指して通訳学校に行きました。最初に勤めた会社を25歳の時に辞めて、通訳者になるために名古屋市内の通訳の学校に5年通いました。
松本:その時お勤めしていた会社は、特に英語関係ではなかったんですか。
渡邉:最初の会社はホテルだったんですけど、時間が不規則で、勉強などに不都合だったので辞めて、9時~5時で終われる派遣の仕事に変わったんです。その時は一応、英語もちょっと使う貿易事務のような仕事で、定時で退社して、夜、通訳学校に週2で通っていました。だからずっと英語の仕事はやってましたけど、最初のうちは翻訳ではなかったです。
学校に5年間通っても、いわゆる通訳者にはなれなくて……。ちょっとした通訳はやっていましたが、同時通訳でブースに入るところまでは達することができず、30歳で区切りをつけようと思って学校をやめ、その後は違う仕事をしていました。
33歳の時に、「やっぱりもう1回やりたい」と思ったんですね。最初に25歳で始めた時は、30歳まででやめようと思ったけど、次は40歳でものにならなかったらやめようという気持ちで、33歳から38歳までやりました。結婚して子どもが生まれたのもあって、また一旦やめようと思いました。結局、5年+5年の合計10年、通訳学校に通いました。その間は、ずっと派遣の仕事で食いつないでいました。
松本:私も通訳学校に通ったことがあるけど、なかなか上のクラスに上がれないんですよ。最初から同時通訳クラスにいる人は、例えば帰国子女だったり、帰国子女レベルで英語を話せるけど、まだ同時通訳のスキルまでは持っていない人たち。でも私たちって純ジャパニーズじゃない。だから通訳学校に行ってもなかなか上に上がれないわけですよね。
渡邉:そういう上のレベルの人を目の当たりすると、「もうダメなのかな」とか思っちゃって。
松本:でもユカリさんはすごい。10年行ったんだもの。私は1年でやめちゃったから。
渡邉:私はしぶといから。
松本:最終的にどこまでいったんですか。
渡邉:最終的には同時通訳の、当時でいう、会議通訳コースという同時通訳のブースに入れる中の1番下のクラスで終わりました。
松本:でも、そこまでいったんだ。
渡邉:一応そこまでいったんですけど、私は同時通訳をやりながら文を完結できないんです。次がどんどん来るのに、遅いから終わらなくて。結局、「ここまでかな」と思ったんです。
それまでは「目標を達成するまでは努力をやめてはいけない」みたいな気持ちがあったんですけど、その時生まれて初めて、「ここまで自分は頑張ったんだから、もうやめても許してあげよう。もう切り替えて、違うことをやろう」と思ったんですね。
●出産を機にフリーランスの翻訳者に
松本:10年通訳学校に行って、やめた時、息子さんはいくつぐらいだったんですか。
渡邉:臨月まで学校に通っていて、出産の時にやめました。
松本:出産を機にやめたんですね。
渡邉:そうです。子どもが生まれて全然何もできないから。
もともとの計画では半年ぐらいで復帰するつもりだったんですけど、甘い甘い。出産する前の人はみんな、半年ぐらいで仕事復帰するとか言ってますが、実際は全然無理ですよ。生後6カ月の赤ちゃんは絶対ほうっておけないから、何もできないです。それで、やめました。
松本:出産で、お仕事も辞めたんですか。
渡邉:仕事も辞めました。派遣だったので産休もなくて、そのまま辞めて、当初は半年ぐらいで次を探そうと思ったけど、全然無理でした。赤ちゃんって本当にもう、ガバッとくるじゃないですか。
松本:ガバッと来るよね。全力で来るからね。
渡邉:だからもう、仕事を探す気には全然なれなくて、1年ぐらいは家にいました。でも半年目ぐらいに、家でやれる仕事を探そうと考えて、「翻訳をやってみようかな」と思って翻訳会社のトライアルを受け始めました。
●自動車関係から広がった分野
松本:それまでは翻訳の仕事はやったことがなかったんですか。
渡邉:先にお話しした通訳学校に通っていた時の最後の4年間は、派遣で社内翻訳をやっていました。
松本:自動車関係とおっしゃっていましたよね。
渡邉:はい、自動車関係です。愛知県は自動車関連メーカーが多いんですよ。自動車部品の会社に行く前は、食品メーカーでも翻訳をやっていました。
松本:そういう実績があって、トライアルを受けたってことですね。
渡邉:そうですね。当初は何も専門分野がないので、自動車オンリーで応募していました。選択シートがある場合は「オートモービル」にチェックして、その他はできないということで応募していました。だから最初は自動車関係の翻訳の仕事だけが来ていたんですけど、そのうち「機械もどうですか?」「ITはどう?」などと言われるようになりました。
今、私が主にやっているのは法律や契約書なんですけど、それも「メーカーにいた時にどういう分野をやっていましたか」という質問に、「自動車関係の英日、日英と、契約書も訳していた」と書いたんです。契約書は普段のメインの業務というよりは、他部署からちょっと応援みたいな感じで頼まれてやっていましたから。
松本:あるある。結局、社内翻訳者って英語屋さんみたいな感じで何でも来るから、「○○もやっていました」と言いやすいんですよね。
渡邉:社内で困るものは全部持ち込まれてくるので契約書もやったし、特許もちょっとやったから、そういうものもやっていましたと全部書いたら、「じゃあ、この案件も受けてみない?」という感じで広がっていきました。
松本:最初は何社ぐらいに登録していたんですか。
渡邉:最初は3社ぐらいです。
松本:大手ですか?
渡邉:大手ですね。最初のうちは翻訳会社を知らなかったので。
松本:知らないから、だいたい雑誌とかに載っている大手だよね。
渡邉:そうそう。最初は大手に登録しても仕事が来ない状態が続いて、いわゆるクラウドソーシングみたいなところにも登録しました。
●仕事と子育てと家事の並立に奮闘
松本:その間、息子さんは自宅に、それとも保育園に預けていたんですか。
渡邉:家にいました。うちは保育園預けじゃなくて、3歳までは自宅で見ていました。だから仕事はこま切れで、子どもの昼寝中か夜寝てからしていました。
最初のうちは登録しても稼働時間を1日数時間と正直に申告しているものだから、あまり仕事が来ないんですよ。それで、クラウドソーシングの1行60円とか、そういう仕事をやっていました。
松本:でも、それで実績を積んでいったわけでしょ。
渡邉:そうですね。60円、70円も、チリも積もれば2万円ぐらいになるんですよ。
松本:えー、すごい。そういう状態で、その後は、息子さんは幼稚園に行ったの?
渡邉:はい。幼稚園に上がってからはけっこう時間ができて、コアタイムが10時~2時くらい。子どもが幼稚園に行ってから家事が終わった後に4~5時間取れるんですよ。そこでけっこう仕事ができるようになりました。仕事が多い日は、子どもが寝てからも2~3時間くらいやっていました。やっと本格稼働したのが、子どもが5歳になったぐらいからですね。
松本:ちょっと長く稼働できるようになると、仕事も回ってきやすくなるじゃないですか。
渡邉:そうなんですよ。やり始めると、「そのシリーズで、次もお願いします」みたいな感じで来たりとか。
松本:定期案件が来たりね。
渡邉:そうですね。「前と同じ人に」というのもあるから、会社が同じようなスタイルで訳してほしいと、続きがある案件はけっこう来ていましたね。
松本:その当時は英日中心ですか。
渡邉:どうだったかな。
松本:通訳学校に行っていると、英日、日英両方できるでしょう。
渡邉:最初の車関係は日英だったんですよ。日本の国内メーカーだったので、海外に子会社があるから、社内翻訳者は海外に対して展開する資料などを英訳するパターンが多かったです。それでも、けっこう両方やっていましたね。でも、どういう仕事をしていたかはあまり覚えてないんですよ。いろいろやったんですけど。
松本:いや、私も覚えてない。いろいろやったっていうのは覚えているけど。息子さんが小学生ぐらいになると、もうちょっと働けるようになった感じですか。
渡邉:いえ、小学1年生、2年生の時が一番大変でした。小学校って帰ってくるのが早いんですよ。
松本:学童は行ってなかったんですか。
渡邉:1年生の終わりぐらいにちょっと始めたんだけど、子どもが学童保育を好きじゃなくて、あんまり合わなくて、帰ってきちゃうんです。
松本:友達と遊びたかったりするんだよね。うちの娘がそうだったけど、「友達の家に行きたいから学童は行かない」と言って。
渡邉:小学校ぐらいになると、ほうっておいても適当にやっているけど、家にいるとけっこう私のところに来るんですよね。
松本:そうね、集中できないよね。
渡邉:できないですね。集中できるかどうか……、戦いのような中でやってましたね。
松本:こま切れの時間でね。ちょっと煮物を作っている間とかね。
渡邉:そうそうそう!ほんとにそう。
松本:だから調理タイマーをつけておかないと。私は仕事に没頭して、煮物を作っているのを忘れちゃって、何回も鍋を焦がしたことがあるから。
渡邉:だから佳月さん、ヘルシオのホットクック(電気調理鍋)でしょ。
松本:でもそれは、大人になってからだから。子どもが小さい時はそんなものなかったから、タイマーをかけて、15分ぐらいしてピピピピって鳴ったら、「はっ!」として台所に飛んでいく、みたいな。だから煮物が多かったよ。
渡邉:私、料理とかどうしていたかなあ。たぶん、佳月さんのシャトルシェフ(真空保温調理器)の話をTwitter(現X)かなんかで見た時に……。
松本:あ、昔はシャトルシェフ使ってた、置いておけばいいだけだから。
渡邉:そうそう、あれがいいんですよ。私は今も使ってます。カレーとか、鍋を火から下ろしてほうっておけるから。
松本:そうそう。電気も何にもいらないからね。あれはけっこう便利でしたよ。
渡邉:家事の合間に仕事じゃなくて、仕事の合間に家事ですよ。
松本:いかに家事の手を抜くかだよね。だから家事をものすごく丁寧にしたい人は辛いんじゃないかなと思う。
渡邉:できないですよね。
松本:私は適当だから、「最低限、子どもたちはご飯を食べさせれば生きていけるから」ぐらいの気持ちで子育てしてたのでそんなに行き詰まらなかったけど、子育ても一生懸命やりたい、仕事も一生懸命やりたい、でも子どもが家にいる、というのは本当に大変だと思う。
渡邉:いや、できないですよ。この仕事って、ちょうどいい量にはならないから。
松本:ならないよね。
渡邉:仕事を断り始めると来なくなっちゃうし、受け始めるとすごく来きちゃうし。ちょうどよくワークライフバランスなんて、そんな都合のいいことにはならないので、他のことでいかに手を抜くかですよね。
●仕事の波にどう対応するか
松本:でも自然に仕事が増えていったわけでしょ。
渡邉:いや、自然には増えてないですよ。最初のうちは主婦だったので、そんなに目一杯フルタイムくらい稼ぎたいという気持ちではなかったこともあるんですけど、年間を通して仕事がすごく来る月と全然来ない月のばらつきがありました。
松本:季節労働者だからね。
渡邉:そう。「今いっぺんに来ている案件、先月来てよ!」みたいな感じになって、今でもそういうふうに思うことがあるけど、なかなか平準化しなくて。最初に2~3社登録して、来ないなと思ったら、また1社受けてみようかなという感じで、間を空けながら登録して様子を見て、ちょっとずつ増やしていった感じですね。
今現在、登録している翻訳会社を数えてみたら40社ぐらいあるんですよ。だけど、実際に稼働しているのは常に2~3社ぐらいが限度で、だんだん入れ替わっています。分野も最初は自動車だったのが今は契約書が中心になってきて、どんどん入れ替わっているんですけど、最初のうちはドッと来てパッとやんだり、全然来ない時もありました。
松本:全然来ないと、「私、なんかやらかしたかな」とか思うじゃない。けっこう懇意にしているPM(プロジェクトマネージャー)さんに「私、何かやらかしましたか?」と聞いたことがあるけれど、「いや、松本さんにお出しできる案件がたまたまないだけです」っていうお話でした。多分そうなんでしょうね。
渡邉:そうなんだと思います。私は聞く勇気がなかったから聞いたことはないですけど、最初のうちは「なんか、あかんかったかな」と思って、自分が出した訳文をもう1回読んでみたり。
松本:フィードバックが基本的にないから、わからないんだよね。
渡邉:「ちょっと直訳すぎたかな」とか、逆に「ちょっと意訳に踏み込みすぎたかな」とか考えたりしてましたけど、だんだん「関係ないんだな」という感じがしてきて。
松本:そうそう。「自信ないな。私、ダメなのかな」と思っていると忘れた頃に、「前回の翻訳者さんで」とクライアントさんから言われると、すごく嬉しくなっちゃうじゃない。
渡邉:そうそう。
松本:そう言われることによって、フィードバックはないけれども、「私を選んでくれてるってことは、役に立っているんだな」って実感があるじゃないですか。
渡邉:ありますよね。(次回につづく)
◎プロフィール

渡邉ユカリ(わたなべ ゆかり)
英日・日英翻訳者
愛知県名古屋市生まれ。愛知県立大学外国語学部卒。ホテル勤務、メーカーでの貿易事務職、社内翻訳者を経て2011年よりフリーランス翻訳者。現在は主に契約書・定款などの法律文書の他、会計・財務関係の報告書など、会社関連書類全般の英日・日英翻訳をてがける。金城学院大学非常勤講師(2017年〜、翻訳演習他担当)。JAT(日本翻訳者協会)会員。訳書にジョエル・レビー著『A CURIOUS HISTORY 数学大百科』『あなたも心理学者!これだけキーワード50』(浅野ユカリ名義)、ベン・リンチ著『DIRTY GENES ダーティ ジーン』他。著書に『翻訳者になるため、続けるためのヒント』(Kindle Direct Publishing)。
◎インタビュアープロフィール
松本佳月(まつもと かづき)
日英翻訳者/JTFジャーナルアドバイザー
インハウス英訳者として大手メーカー数社にて13年勤務した後、現在まで約20年間、フリーランスで日英翻訳をてがける。主に工業、IR、SDGs、その他ビジネス文書を英訳。著書に『好きな英語を追求していたら、日本人の私が日→英専門の翻訳者になっていた』(Kindle版、2021年)『翻訳者・松本佳月の「自分をゴキゲンにする」方法:パワフルに生きるためのヒント』(Kindle版、2022年)。