日本翻訳連盟(JTF)

「私の翻訳者デビュー」渡邉ユカリさん編

第2回:フリーランスとしての戦略と営業、様々なスタイルでの発信

フリーランス英日・日英翻訳者、渡邉ユカリさんの「私の翻訳者デビュー」を、松本佳月さんが主宰するYouTube「Kazuki Channel」からインタビュー記事にまとめて、5回連載で紹介します。第2回は、仕事の波を減らすための戦略、ホームページやブログ、SNSの活用法、JACIでの講演とKindle本出版のきっかけ、「待つ営業」についてなど、多岐にわたるお話です。
(インタビュアー:松本佳月さん)

●常に仕事がある状態にするために

渡邉:最初の頃は次の仕事が来ないと、「ダメだったかな」と反省モードだったんです。それが、「これは私の都合じゃないな、先方の都合だな」というふうに変わったのは、ずっと仕事が途絶えていたのに、半年後、1年後にまたヒョッと依頼が来たりすることがざらにあって、「たまたま来るか来ないかなんだな」と考えるようになったからです。

松本:こちらはコントロールできないわけですからね。

渡邉:だから同じクライアントから来るか来ないかを悩むよりは、あちこち登録して、常にどこかから発注が来ている状態にするしかない。そうするためには登録先を増やすしかないと思って、「はい、次」みたいな感じでトライアルを受けて増やしていくようにしていました。

松本:私も以前はけっこう波があったので、何月が忙しくて何月は仕事がないかを分析してみたんです。その結果、だいたい技術系って年度末がめちゃくちゃ忙しくて、4月の半ばぐらいまでが忙しい。そこから閑散期に入って、またお盆の前ぐらいに忙しくなるということがわかった。それで、「その閑散期に何か入れればいいんだ」と思って始めたのが、私の場合、IRなんです。

IRは4月中旬から6月か7月頭ぐらいまでワッと依頼が来る。英訳者を必要としてくれているわけだから、もうやるしかない。そうすると、1年間いい感じで埋まるじゃない。

渡邉:私も同じ!

松本:分野によって繁忙期って全然違うから、やたらと増やすんじゃなくて、戦略を立てて増やしていくのもありなのかなって。

渡邉:分野をずらす、まさにその通りです。佳月さんの後に私もKindle本を出して、「分野をあえてずらして、違う時期に繁忙期が来るようにする」ということを書いたんです。同じ分野だけをやっているとどうしても重なってしまうので、それをずらすというのは戦略のひとつですよね。

松本:同じ時期にワッときて、結局断らなきゃいけなくなっちゃうというのは、もったいないからね。

●「緊急案件」を受ける場合とは

渡邉:でも最初のうちは、けっこう無理して受けていました。断ったら来なくなるのが怖くて。

松本:性格的にたぶん断れないでしょ。私もそうだから、すごくわかる。

渡邉:頼んでくる人は「私が断ったら、次、また探すんだろうな」とか思っちゃって。

松本:夜遅く10時とか10時半とかに若い女性のコーディネーターさんから連絡があって、「あ、まだ会社にいるんだ」とか思うとね。「たぶんこの子は、私の娘ぐらいの年齢で、私が断ったら家に帰れないんだ」と思って受けたことが何回もありましたよ。

渡邉:そうなんですよ。

松本:でもやっぱり自分の体も大事だから、それではダメなんだなって反省したけど。でも母心が出ちゃって、そういうのを何回も受けました。

渡邉:ちょっと無理すればできないことはない、という案件をつい受けちゃうんですよね。結局、徹夜に近いことをやって体がしんどくて、みたいなことになって。

松本:先方としては「今回やってくれた」というのがあるから、また同じような緊急案件が振られてくる。また受けちゃうと、もうそのドツボにハマっちゃうわけですよ。

渡邉:ハマっちゃう、ハマっちゃう。

松本:だから、母心を押し殺さないといけないんだろうなって思いました。

渡邉:今日来て「今日中」というような緊急案件を1回やっちゃうと、「あの人はやってくれる人」となっちゃう。それも良くないですよね。

松本:私は昔登録していた会社で、「今だから話せるけど、あの頃、松本さんは『短期案件に対応してくれる人』っていうくくりだった」と言われて、そうなんだ、と思いましたよ。向こうからすると「困った時の松本さん」みたいな。それはありがたいような、ちょっとしんどいような、ね。

渡邉:しんどいですよね。だから当日納品は、よほど普段から付き合いがあって、普段はそういうことは言ってこないところが、何か事情があって特別に、という場合にしか私はやらないです。

松本:ウィンウィンだからね。「じゃあ今回は受けるけど、次はちょっといい案件回してね」みたいなやりとりがある時はやるかな。

渡邉:でも、いつもそういうのばかりで、そういう要員になっちゃうのはこれもちょっとね。

●ブログを100本書くと人生が変わる!?

松本:ユカリさんはフリーランスになって、40社くらい登録して、当初は発信などしてなかったわけでしょう。

渡邉:最初のうちは登録して仕事が来るのを待つこと以外に、何かするというのは考えつかなかったです。Twitter(現X)もリアルで知っている友達同士でやっているだけで、今みたいに活発に翻訳のことを呟いたりはしてなかったですね。

松本:当時から本名でやっていたんですか。

渡邉:最初から本名でやっていました。

松本:じゃあユカリさんが活発に発信し始めたのは、例の翻訳講座のあたりからですか。

渡邉:そうです。例のよろしくない翻訳講座のあたりからです。

松本:私もユカリさんをTwitterで知ったのは、たぶん、それがきっかけだったんですよ。

渡邉:それですよね。ブログを始めたのが2017年なんです。

松本:自分のホームページはそれより前からですか。

渡邉:ホームページは、2011年の開業当時から作っていました。でもあまりアクセスもないし、私と名刺交換した人が、たまたま名刺に書いてあるからちょっと訪れるだろうという、自分の説明書きをネット上に置いてあるような感じでした。信頼性が高まるといいな、というぐらいの考えで作っていて、そこから仕事が来るなんてことはあまり期待していませんでした。

渡邉ユカリさんのホームページ
https://officeykr.jimdofree.com/

松本:自己紹介ですね。

渡邉:そうそう、自己紹介のページみたいな感じで作ってあったんですけど、そこから仕事が来ることもほとんどなかったし、ブログもやっていませんでした。ブログを始めたのはたまたまなんです。

コロナ前からランチに一緒に行く代わりにZoomで話す通訳学校時代の友達がいたんです。お互い子育て中だったので、前もってランチの約束をしても、子どもが熱を出したりすると中止になってしまうから、「じゃあ、せっかくだから家でやろうよ」ということになって、それからランチの代わりにZoomで話すようになったんです。その中で、「ブログを100本書くと人生変わるって聞いたよ」という話が出て、「じゃあ、変えてみよう」と思って、初めてブログのページを作りました。

渡邉ユカリさんの現在のブログ
「翻訳個人事業主の仕事 Season 2」
https://yukari-translator.blogspot.com/

そこから1日1本書き始めて、最初は、フリーランスで翻訳をやるための雑務というか、事務回りのこと、たとえばホームページを作っていますとか、こういうサービスを使って名刺を作っていますとかいった翻訳回りのことを紹介するページで始めたんです。ところが、100本ぐらいから、じわじわとホームページでも仕事の問い合わせが来るようになったんです。これが偶然なのかリンクしているのか、ちょっとわからないんですけど。

●ホームページとブログの相乗効果

松本:そのブログにホームページのリンクを貼っていたんですか。

渡邉:はい。ホームページとブログは相互リンクを貼ってあって、どちらからでも、来た人が別のリンク先に飛べるようにしていました。

松本:ブログとホームページは違う入口ですか。それともホームページの中にブログが入っていたんですか。

渡邉:違う入口です。ホームページはJimdoというサービスを使っていて、ブログはGoogleのblogspotを使っていました。

松本:ブログとホームページ、別々にした方が読者多いですよ。

渡邉:そうなんですね。

松本:私はブログを「はてなブログ」で書いていて、あとからホームページを作ったので、2つあるのもどうかなと思って、一度、はてなブログを閉じてホームページに移してみたんです。そうしたら、はてなブログにいる時からの読者が激減しちゃって――。はてなブログには、はてなブログの読者さんがいるわけで、そっちのほうが、たぶん、すごくたくさんの人が読んでくれる。だから、結局、はてなブログに戻したんです。そこからホームページにリンクして、ホームページからもはてなブログにリンクする形に戻しました。

渡邉:それぞれ読む人がいる。ホームページに最初から来る人は探している人、そういう人もいるんですよね。

松本:検索して来るぐらいしかないからね。

渡邉:当時、私は岐阜市にいたので、「岐阜市の翻訳者」と書いておくと、岐阜の企業から問い合わせがあったりもしたんです。今は名古屋で埋もれちゃって、あんまり「名古屋市」で引っかかってはこないんですけど、当時はそういう効果があった。

ブログは、翻訳者を始めたいけど何をすればいいかわからない人を狙って書いた記事だったので、そっちから読む人が増えて、ホームページにアクセスする人もいる。検索で引っかかるホームページと、ブログの記事に興味があって読んだ人。両方の効果で徐々に問い合わせが増え始めたんです。

ブログは2017年6月に開設して、10月ぐらいに100本目を迎えて、その4カ月ぐらいでじわじわ問い合わせが増え始めて、「これ、やっぱりブログのせいもあるのかな」となんとなく思っていました。

それから、例の翻訳講座の問題は、確か2019年の秋にみんなが気づいて、問題が発覚して、私は翌2020年2月にブログに長い記事を書いているんです。あの問題について、なぜ、どこがよくないのかということを検討したブログを1本ダーッと書いたら、あの記事だけ今でもページビューが1万件以上あるんですよ。

松本:えー、すごい。

渡邉:他の記事は平均500ページビューぐらいなんですけど、あそこだけ1万ページビューくらい。あれで私のことを知った人が多くて、「あの講座のことをすごく言っている人」みたいな感じになって。

でも、そのおかげでTwitterのフォロワーも増えて、繋がりも広がったんですよ。当時あれをなんとかしようということを他の人ともやっていて、活発にやり取りして、助ける活動とかもやっていました。それで横の繋がりがすごく増えたんです。

そうすると今度は、ホームページなどにアクセスしてもらいやすくなるだけじゃなくて、知り合いから直接、「仕事どうですか?」と打診が来るようになりました。

松本:そうなんだよね。だから私は「ひとりで仕事しないで、人間関係をもっと増やした方がいいよ」といろんな人に言うんだけど。

渡邉:紹介されたり、連れてきたりしてくれるんですよね。仕事を呼んできてくれるんです。やっぱり横の繋がりがすごく大事。

●ブログで書いた意見から講演、出版へと発展

渡邉:先ほど「あの講座のことをすごく言ってる人」という感じの位置になったと言いましたけど、そうしたら、TwitterにDMが来て、「そういう講座の問題もあったから、翻訳者になるためにどういうことをすればいいか、という話をしてくれませんか」と言われて、日本会議通訳者協会(JACI)のイベントに登壇することになりました。

それも、もともとはあの講座のことを「ダメだと思う」という意見を、ブログとTwitterで繰り返し言っていたおかげで、そういうことをすごく考えている人っていうようになったからなんです。

松本:それは、結局、「あの講座はダメだよ」というだけじゃなくて、「じゃあ、どうすればいいの?」ということを発信していたからですよ。

渡邉:そうなんですよ。あれでいろいろ繋がっていったんですね。あの時私も、ダメだって言うだけじゃなくて、じゃあどうすればいいかということを発信しようと思って、ホームページやブログとはまた別の新しいウェブサイトに「翻訳者スタートガイド」というページを作りました。

松本:別に作ったんだ。

渡邉:はい。Udemyの「Wordpressのホームページの作り方」という講座を受けて、その講座の動画通りにそのまま作ったのがあのページです。そこに、どういう勉強をするかとか、どこで仕事を見つけるかとか、登録するにはどうすればいいかとか、いろいろ書いていたんです。でも、なかなか進まなくて、半分ぐらいで止まっていたんですけど、最後は一気に仕上げました。

翻訳者スタートガイド.NET
https://translatorstartguide.net/

というのは、あのよろしくない翻訳講座に関して書いたブログの記事のコメント欄に、ちょっとキレ気味に「あの講座がダメなら、一体どうしたらいいんですか」というコメントがあって、それを見たその日の晩のうちに残りの半分をバーっと一気に書いたんです。そして、あたかも最初から全部書いてあったかのように「そうですよね、こういうページも作っているので、よかったらどうぞ」みたいな感じでコメントを返しました。

松本:もしかして、この間出された本(『翻訳者になるため、続けるためのヒント』)のはじまりは、そこですか?

渡邉:それと、JACIのイベントがきっかけです。タイトルも同じなので。

松本:そこから書き始めたんですか。それともすでにその時点で書いていたものをまとめたんですか。

渡邉:本にしようと思ったのはイベントの後です。というのは、イベントがすごくよかったと言われることが多くて。

松本:ああやって系統立てて話してくれるセミナーってなかったから。

渡邉:たぶんそうなんですよ。翻訳のやり方を説明するセミナーや講座はあるけれど、どうやって勉強するかの後を説明してくれる人があんまりいなかったと思うんです。それで、「あのセミナーよかった」と言われて、これを聞き逃した人にも同じようなことを伝えることはできないかなと思って、本を書きたいという構想はずっとあったんです。だけど、目次だけ書いて終わっていたのが、佳月さんが2冊目の本を出された時に、「すごく忙しいのに2冊も書かれて、すごいですね」「いや、編集の人がプロなんだよ」という話を伺って、「私もやってみたいです」と言って教えていただいたんですよね。それでようやくできました。

『翻訳者になるため、続けるためのヒント』渡邉ユカリ著、Kindle Direct Publishing 、2022 年
●「待つ」ことも営業

松本:私も一刻も早くユカリさんに本を出してほしかった。あれを欲している人が世の中にたくさんいるから。ユカリさんが出してくれて、私の肩の荷が降りたんですよ。いろいろ聞かれても、ユカリさんのあの本を読んでもらえばいいなって、思えるから。

渡邉:そう言っていただけると、すごく嬉しいですね。結局、聞かれることって同じなんですよね。翻訳者の方ってどういうところで仕事を探しているんですかとか、何をやればいいんですか、とか。

松本:そう。たとえば「営業」というと、こっちからガンガン電話したりメールしたりっていうイメージでしょ。だけど、そうというわけじゃない。自分の情報を公開して待つのも営業だし、営業コーディネーターさんに忘れられないようにコンタクトを取るのも営業だし。一言で「営業」といってもいろいろあるということが、なかなかイメージしづらいのに、「じゃあ、どうすればいいの」という情報が今まであんまりなかった。

渡邉:そうですね。私も誰かに聞いたわけじゃないし、何かで読んだわけでもなくて、自分の経験則ですよね。

松本:私たちはあくまでも自分の経験をシェアしているだけなので、みんながみんなそれをやりなさいというわけではないけど、ヒントになればいいなということですよね。

渡邉:翻訳者の人にもいろいろなタイプがあって、いろいろなイベントに出かけていって名刺を配りまくる人もいるし。

松本:企業にコンタクトを取っている人もいるしね。

渡邉:あちこちに電話したりメールしたり、それも有効な方法だと思うんですよ。でも、私自身はそういうのがあまり得意じゃないというか、こちらから「仕事ありませんか」と聞きづらい性格なのもあって、向こうからコンタクトしてくれた方がありがたいです。

松本:ありがたいし、向こうからコンタクトしてくれた方が仕事に繋がりやすいからね。

渡邉:そうなんですよね。(次回につづく)

「KazukiChannel」2023/01/05より)

第1回:通訳者志望から子育てを機に翻訳者へ

◎プロフィール

渡邉ユカリ(わたなべ ゆかり)
英日・日英翻訳者
愛知県名古屋市生まれ。愛知県立大学外国語学部卒。ホテル勤務、メーカーでの貿易事務職、社内翻訳者を経て2011年よりフリーランス翻訳者。現在は主に契約書・定款などの法律文書の他、会計・財務関係の報告書など、会社関連書類全般の英日・日英翻訳をてがける。金城学院大学非常勤講師(2017年〜、翻訳演習他担当)。JAT(日本翻訳者協会)会員。訳書にジョエル・レビー著『A CURIOUS HISTORY 数学大百科』『あなたも心理学者!これだけキーワード50』(浅野ユカリ名義)、ベン・リンチ著『DIRTY GENES ダーティ ジーン』他。著書に『翻訳者になるため、続けるためのヒント』(Kindle Direct Publishing)。

◎インタビュアープロフィール

松本佳月(まつもと かづき)
日英翻訳者/JTFジャーナルアドバイザー
インハウス英訳者として大手メーカー数社にて13年勤務した後、現在まで約20年間、フリーランスで日英翻訳をてがける。主に工業、IR、SDGs、その他ビジネス文書を英訳。著書に『好きな英語を追求していたら、日本人の私が日→英専門の翻訳者になっていた』(Kindle版、2021年)『翻訳者・松本佳月の「自分をゴキゲンにする」方法:パワフルに生きるためのヒント』(Kindle版、2022年)。

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