「私の翻訳者デビュー」渡邉ユカリさん編
第3回:人間関係をベースに仕事を広げる
フリーランス英日・日英翻訳者、渡邉ユカリさんの「私の翻訳者デビュー」を、松本佳月さんが主宰するYouTube「Kazuki Channel」からインタビュー記事にまとめて、5回連載で紹介します。第3回は、クライアントとどう付き合うか、仕事に繋がる人間関係、講師業についてなど、多岐にわたってお話が広がりました。
(インタビュアー:松本佳月さん)
●自分を「見つけてもらう」ために
渡邉:(仕事を得るために自分から積極的に営業するより)翻訳会社からコンタクトしてくれた方がありがたいですね。
松本:ありがたいし、向こうからコンタクトくれた方が仕事に繋がりやすいですよね。無駄なやり取りがないし。
渡邉:ただちょっと不思議で、これセミナーでも話したことがあるんですけど、登録者募集のページを自分で見つけて連絡先になっているところに応募して何の返事もないのに、後日同じ会社の別のリクルーターから連絡が来ることがあるんですよ。
松本:あるある! 去年だったか、どこかから私を見つけて「登録してくれませんか」とある会社から連絡が来たんだけど、「この会社、なんか聞き覚えあるな」と思って、今までトライアルを受けたところを調べたの。そしたら、何年か前に登録したまま忘れていた会社で、「え、受かってるじゃない」みたいなことがあって。たぶん連絡をくれたのは部署が違う人なんだよね。
渡邉:そうそう。翻訳会社には、来るものを受け付ける部署の人と、自分から翻訳者を探しに行って連絡を取るリクルーターの人がいて、全然別の人がやっているので、特に大きい会社はそういうことが起こりがちなんですよね。だから私は、自分から問い合わせて無視されるぐらいだったら、来たものに返答した方がいいということに気がついて、そちらに注力するようになったんです。
その窓口として有効なものとして、ウェブサイトはやっぱりあった方がいいし、SNSもそう。LinkedInみたいなものに英語と日本語の両方が書いてあると、海外からも日本からも問い合わせが来るので、とにかく、先方が私を見つけやすいようにしようと思って、そこに注力し始めました。
松本:結局、見つけてもらったり知り合いから紹介してもらうためには、発信は大事。自分がどういう人だっていうことを発信しておかないと絶対来ないし、どういう人かわからない人に仕事を紹介するということもない。
本もそうじゃない。全然発信してないなら、松本佳月って、どこの誰かも全然わからない。そんな人が本を出しても誰も買ってくれない。けれど、ある程度こういう人だっていうのを知ってもらった上で本を出せば、知っている人は「どんな本なんだろう」って、ちょっと興味を持ってくれるのかな。
渡邉:そう思いますね。有名人になるとかじゃなくて、誰かの知り合いになる、知り合っている人の数を増やすみたいな感じですね。本を買ってくれる人って、私のことを知っている人がほとんどなので。仕事も、「ネット上で見つけたこの新しい人に頼んでみよう」じゃなくて、「知り合いの翻訳者さんがいるからあの人に頼んでみよう」っていう感覚になるところまで人間関係を構築するという感じですかね。
松本:そうそう、お互いの信頼関係を築くことね。そのためには自分の翻訳スキルも上げ続けないといけないわけじゃない。紹介してもらって仕事をしたら、「なんだ、この訳文」みたいになったら申し訳ないし、そういうのはダメだからね。
渡邉:友達から来た仕事で変な仕事を出したら、その人の顔に泥を塗ることになるので、滅多なことはできないし。
●仕事に繋がる人間関係
松本:「こういう翻訳者さんを探している」と言われることが私もよくあるんですけど、レートとかは私たちが介入できないから、直接交渉してもらうしかないじゃないですか。だから「紹介したけれど、これ、めちゃくちゃレートが低かったらどうしよう」とか、そういう心配はあるよね。
渡邉:ありますね。私は自分が担当の分野じゃないから紹介したんですけど、ちょっと話を聞いてみたら、「レートが低かったからお断りしちゃいました。ごめんね」という、残念なケースもありましたね。
松本:だから、紹介する時もレートは交渉してもらって、断ってもらっても全然構わないから、というふうに言うしかないですよね。
渡邉:そうですね。それで自分が受けて、マージンを乗せて請求するってことは、私はやってないです。それやると大変だし。
松本:私もやったことない。結局、自分がその訳文の責任を取らなきゃいけないわけだしね。それだったら無理して自分がやった方がいいから。
渡邉:そう。だから自分ができない時にオーバーフローした分を人に回す場合は、もうそのまま「直接やって」って言っちゃう。そうすると、お返しじゃないけど、逆にその人から仕事が来る場合もある。お互い仕事を紹介し合っているところもあるから。
松本:あるある。それはすごく実感します。
渡邉:やっぱり人の繋がりですよね。個人で、家でやっているとはいえ、ネット上でいくらでもみんな繋がっている。全然知り合いがいなくて、「仕事来ない、どうしよう」と言っている人は、やっぱり知り合いを作ったほうがいいと思います。最初はおしゃべりから始まっていいし、Twitter(X)のコメントをし合うだけでもいいんだけど、業界に知り合いがいないと仕事はやっぱり少ないと思いますね。
松本:一時的にあったとしても、継続して仕事に繋がるのは人間関係がベースになっているので、登録している翻訳会社さんとも人間関係なので、そこはやりようだと思うんだけど、最初に話したように、私たちがコントロールできない何かがあったりするじゃない。仕事が全然来なくなっちゃった時期があったり、そういうモヤモヤを解消するのはやっぱり人間関係だと思うしね。
渡邉:そうですね。
松本:相談相手というだけというのでもありなんだろうな。
●依頼が来なくなった翻訳会社にどう対処するか
渡邉:でも私は、あまり仕事が来なくなったところは、もうほうっておきますね。
松本:私も去る者は追わないな。無理にこっちからコンタクト取ったりはしない。もちろん、めちゃくちゃレートが高いとか、そういう特別な事情があれば仕事欲しいなと思うけど、そうじゃない場合はそんなに必要とされてないところにわざわざこっちからということはないかもしれない。
渡邉:それも、他があるっていう余裕がないと、そういう気持ちになれないから、やっぱりたくさん登録したほうがいいですよね。
松本:結局、登録してみないとわからないしね。何社も何社も登録していると、やり取りに慣れてくるでしょう。私も最初はレート交渉なんてできなくて、自分のレートも全然決めてなかったから、エージェントさんの言い値でやっていたんですよ。それでだんだん、「いや、これは交渉しなきゃいけないものなんだ」とわかってきて、自分のレートも最初はわからないけど、だんだんわかってくる。だから、やっぱり経験って大事だなってすごく思いますね。
渡邉:私もやっぱり最初に「あなたのレートはいくらですか」と聞かれて、言いづらかったから、初めのうちは「そちらのスターターレートでいいですよ」と言っていたんですけど。
松本:でも、スターターレートでやっていると上がらないんだよね。
渡邉:上がらないですね。スターターレートでやっていた会社は、自分にとっては、仕事をさせてもらって、たくさん経験を積ませてもらって、卒業するっていう感覚なんですよ。
松本:そうそう。だいたいそういう会社は大手さんだしね。
渡邉:そういうところはたぶん、私が「レートを上げてください」と言ったら違う人を使うだろうから、もうここは卒業しようという感覚で次へ行くっていう感じですね。
松本:いろいろな分野を経験させてもらって、実績をすごくつけさせてもらっているので、「本当にありがとう」って感じですね。
渡邉:「鍛えてもらってありがとう。卒業しま~す」と次に行く感じですよ。でも自分から「もう外れたいです」とか特に言いますか。
松本:1社だけ抹消してもらったことあったかな。もう連絡も欲しくないようなトラブルというかやり取りがあったので、「ちょっとすいません」という感じで。他はそのままにしているけど。
渡邉:そのままにしていて来ないなっていう感じ?
松本:来ないのに経理の人から連絡が来たりして、「いやいや、仕事もらってないし」みたいなこともありますね。抹消してもらった方がいいのかなと思うけど、それも面倒くさくて、そのままほうってある。でも一度、「お仕事いただいていないので、事務連絡は特にいりませんからメーリングリストから外してください」と返事をしたことが1社だけありましたね。そうしたら仕事をくれるというわけではなく、「すいません、外します」と言われて、「ああ、外すんだ。じゃあバイバイ」ということになりました。
渡邉:そういう感じで、やり取りがないところとは切れていく、だんだんフェードアウトしていくという感じですね。それで、単価が高めで普段密にやっているところとだんだん付き合いが濃くなっていくという感じですかね。
●個人や中小企業から直の依頼も
松本:コンタクトが来たりするようになってからは、直の仕事も増えた感じですか。
渡邉:直の仕事は、基本的に知り合いから持ち込まれた仕事がシリーズ化しているパターンと、検索してくれた人が、直接ホームページ経由で来るパターン。あとは業界団体のJAT(日本翻訳者協会)とJTF(日本翻訳連盟)の両方に登録しているので自分の会員プロフィールページがあって、それを見た人がそこのフォーマット経由で来るパターン。それと、そこで名前だけ知って、名前で私を検索してホームページから来るパターンがあります。
そういうところからは、たまに個人の依頼者もいます。私は戸籍謄本などの英訳もやっているので。個人からの依頼は受けない翻訳会社もけっこうあるみたいで、個人の人は困るんですよ。
松本:ああ、そうね。翻訳会社で頼んじゃうと高いしね。
渡邉:高いし、そもそもやってくれないので、「翻訳証明書が欲しい」という人などから依頼が来たり、そういうので受けた人が、また違う案件で友達を紹介してくれたりということもあったり。そういう感じで個人から依頼された仕事もやったりします。
会社も大きい会社だと大手の翻訳会社に頼むところもあると思うんですけど、中小規模の会社が翻訳者に直接頼みたいというケースも最近増えていて、契約書を頼みたいということで小規模な会社から来るパターンも最近あります。
松本:その場合は、ユカリさんの方でチェッカーさんを雇ったりしているんですか。
渡邉:直の仕事は英日しかやっていなので、それには私はチェッカーを雇っていません。私が訳してチェックして使ってもらう感じですかね。
松本:じゃあ、今はエージェントさんと直と半々ぐらいですか。
渡邉:半々ぐらいになってきました。
●ワークライフバランスをどうするか
松本:今日、ユカリさんに一番聞きたかったのは、ワークライフバランスをどうしていくかということです。私たちの年齢になって、これは大きな課題だと思っているので。
私も、一時期、性格的に断れないので、学校関係の役員とかも、「やって」と言われたら断れなくて、いろいろやる人だったんですよ。仕事もそうじゃない。なかなか断れなくて、ひいひい言いながらやっていたんだけど、なかなかレートも上がらないから、やる割に収入はたいしたことない。体もしんどい。こうなった時に「いや、これはいけない」と思って、結局私は専属という選択をしたんです。
専属になると、その他の会社から一切仕事が来なくなるから不安は不安なんだけど、仕事をその1社がコントロールしてくれるので、私は何も心配しなくていいわけですよ。コーディネーターさんが私のスケジュールを全部把握しているから、そこの間に入れてきてくれてやっているので、体はすごく楽になりました。
ユカリさんはいろんな会社から仕事を受けているじゃないですか。それで時々、面白いって言ったら怒られちゃうけど、ドツボ案件をTwitterで紹介してくれたりね。
渡邉:「やってもうた!」っていうやつですね。
松本:そういうのを経験して、落としどころをどうしようと思っているのか、まだ行きついてないと思うんだけど、どういうところを目指しているのか、それをすごく聞きたかったんですよ。
渡邉:それ、私は今まさに渦中というか途中というか、どうしようって思っている最中なんです。だけど、一時期みたいに翻訳だけを仕事の100パーセントにして、バーっと量をさばいて収入を上げるというのは、ちょっともう無理かなって思っています。私は大学の非常勤講師もやっていて、週2回現地に行って対面で授業をしているので……。
●講師業を始めたきっかけと面白さ
松本:講師業は、どういうきっかけで始まったんですか。
渡邉:それは最初の訳書が出たのがきっかけです。私は書籍の翻訳は、出版翻訳オーディションというイベントをやっている会社のオーディションに受かって、それが最初の本です。その時、自分の名前が載った訳本が嬉しくて、Facebookで「訳しました!」みたいなことを書いたんですよ。
そうしたら、元通訳の友達経由で「翻訳を教える人を探しているのだけど、どう?」と声がかかって、「そんなの教えたことないですけど」「でも興味ある?」「興味はあります」「じゃあ話聞いてみて」と言われて、直接その大学の先生から連絡がありました。「翻訳を教えたことはないんですけど、翻訳をやってはきましたけど」と言ったら、「それでいいですから。学生と一緒に、題材を一緒に訳すような、ワークショップみたいな感じでやってください。少し説明して、みんなで訳して、最後にディスカッションして検証するみたいな授業でいいですから」と言われたんです。

2015 年にディスカヴァー・トゥエンティワンから発行された渡邉さんの最初の翻訳書
(写真は渡邉さんすべて提供)
それならできるかもしれないと思って、「じゃあ1年契約でやってみます」ということで始めたんです。それで1年経ったら、じゃあ来年も、また来年もということになって、今はもう7年目です。
松本:えー。そんなにやってるんだ。授業のネタはユカリさんが全部用意しているんでしょう。
渡邉:はい。すべて白紙状態で、私にお任せになっていて、シラバスも自分で書くんですよ。年度によっては同じ題材を3回でやってみたり2回でやってみたりして、いろいろ試行錯誤しました。今は、1つの題材を2週で訳すというふうにして、いろいろやるようにしています。

松本:1クラス何人ぐらいいるんですか。
渡邉:だいたい15人から20人ぐらいですね。いつもグループワークにして、課題を設定して、少し背景情報を説明して、「じゃあ、やってみようか」という感じでグループに分かれてやって、私が1つ1つ見回って、詰まっているところを一緒に考えたりしています。
松本:じゃあ、それも収入の柱の1つってことですね。
渡邉:そうですね。職業を書く時に「フリーランスの翻訳者」と書かずに、「講師業」と書いたりする時もあるので。
松本:だってすごく向いてるもん。
渡邉:そうなんですかね。教えるのがこんなに自分に合っているとは気づいてなかったんですよ。
松本:教えるということを経験したのは、それが初めてですか?
渡邉:若い頃にアルバイトで塾の講師をやったことはありますけど、学校などで教えるのは初めてです。教員免許も特に持っていないので、公的な教育機関で教えるのは初めてなんですよ。
翻訳に興味を持っている学生しか来ないので、みんなすごくやる気があるから教えていても面白いです。英語を仕方なしに勉強している子に英語を教えるよりは、翻訳に興味を持っている人に翻訳を教える方がすごく楽しくて、私も学びがあって。自分がこうだと思って話していても、学生に「あれ、こうじゃないですか」と言われると、「あ、そうだね」みたいな感じで、私の方が誤読している場合もたまにあって。
松本:教えている人はみんな、自分の勉強になるって言うよね。
渡邉:本当に面白くて勉強になるんですよ。だからそれは外したくなくて、そっちに週2回とられるから、あとの時間は全部、翻訳をバッチリ作業して、ということになるとちょっと疲れちゃうので、多角的にいろいろやろうと今考えている最中なんです。本ももう少し書いたり、いろいろな仕事をして、いろいろな収入源を持っていたいと思っているんです。(次回につづく)
←第2回:フリーランスとしての戦略と営業、様々なスタイルでの発信
◎プロフィール

渡邉ユカリ(わたなべ ゆかり)
英日・日英翻訳者
愛知県名古屋市生まれ。愛知県立大学外国語学部卒。ホテル勤務、メーカーでの貿易事務職、社内翻訳者を経て2011年よりフリーランス翻訳者。現在は主に契約書・定款などの法律文書の他、会計・財務関係の報告書など、会社関連書類全般の英日・日英翻訳をてがける。金城学院大学非常勤講師(2017年〜、翻訳演習他担当)。JAT(日本翻訳者協会)会員。訳書にジョエル・レビー著『A CURIOUS HISTORY 数学大百科』『あなたも心理学者!これだけキーワード50』(浅野ユカリ名義)、ベン・リンチ著『DIRTY GENES ダーティ ジーン』他。著書に『翻訳者になるため、続けるためのヒント』(Kindle Direct Publishing)。
◎インタビュアープロフィール
松本佳月(まつもと かづき)
日英翻訳者/JTFジャーナルアドバイザー
インハウス英訳者として大手メーカー数社にて13年勤務した後、現在まで約20年間、フリーランスで日英翻訳をてがける。主に工業、IR、SDGs、その他ビジネス文書を英訳。著書に『好きな英語を追求していたら、日本人の私が日→英専門の翻訳者になっていた』(Kindle版、2021年)『翻訳者・松本佳月の「自分をゴキゲンにする」方法:パワフルに生きるためのヒント』(Kindle版、2022年)。