「私の翻訳者デビュー」渡邉ユカリさん編
第4回:ワークライフバランスの考え方と実践
フリーランス英日・日英翻訳者、渡邉ユカリさんの「私の翻訳者デビュー」を、松本佳月さんが主宰するYouTube「Kazuki Channel」からインタビュー記事にまとめて、5回連載で紹介します。第4回は、前回に続いてワークライフバランスの話題から、さらに頭を無にする時間と趣味の時間、やりたいことを始めるタイミングなどに話が広がります。
(インタビュアー:松本佳月さん)
●機械翻訳が弱い分野に注力
渡邉:翻訳者としてのキャリアについては、今までは「持ち込まれる仕事を来た順に全部やります」みたいな感じだったけど、今後は契約書や法律関係の文書に徐々に絞っていきたいと思っています。というのは、あまり他の人がやらないものをやったほうが単価は高くなるし、今後、機械翻訳がもっと発達してくることも考えると、機械翻訳がなかなか進出しない分野に行きたいんです。すでにちょっと減ってきている分野もありますよね。パターン通りに訳せばけっこう機械翻訳にはまるものもあるので。
松本:技術系のマニュアルとかはね。
渡邉:そう、技術系の仕事は減っているんですよ。一方で、法律分野は、現段階のレベルの機械翻訳では、一文で11行もあるような文章だと力尽きて、途中で終わっているみたいな感じになっちゃうこともあるので……。
松本:そうそう。有名な機械翻訳でも途中で諦めると思う。半分ぐらいになったりね。
渡邉:それで、機械翻訳では無理というタイプの仕事がけっこう来るので、そちらに注力していって、私としては、翻訳の仕事を通して法律に対する自分の知識をもう少し濃くして、中身に詳しい人になりたいんです。
翻訳祭の時のセミナーで、専門分野を持っていることは大事だなと改めて思ったんです。私はこれまでなんでも屋さんでやってきて、今もジェネラルでやっているんですけど、このままだと行き詰まるな、厳しいなと思っています。それで、「法律分野にちょっと詳しいですよ」という感じになりたいと思っています。
それによって、ワークライフバランスで言うと、短時間で濃い仕事をして、余った時間で勉強したり趣味をやったりということができる。やっぱり強いものを持っていた方が単価が高くなるし、単価の高い仕事をしないと、ワークライフバランスが保てないですよね。薄い仕事を長時間やっていると、季節労働者みたいになってしまう。
●専門分野を持つ強み
松本:私は若い頃は、なんでも屋さんでもいいと思っていたんですよ。若いうちは体力もあるしいろいろ経験できるから、いろいろな仕事を受ければいいと思う。
これを見ている人の中には、「あなたたちの年齢でこれから専門分野を狭めていこうと考えてるの?」と思う人がたぶんいるかもしれない。というのは、若い人でも、若い時から専門分野を持っていないといけないと思っている人もたぶんたくさんいると思うんです。でも、いろいろやってみないと自分が何に向いているかわからないし、どういう分野がレートが高いかもわからないじゃない。私も技術翻訳者としてアピールしていたけれど、3年ぐらい前からIR英訳者に乗り換えたんです。ただ、乗り換える時に、全然違う分野はやっぱり無理。今自分がやっている分野の中で繋がりがあるところに特化していくのは、すごく効率的なやり方だと思いますね。そうやって絞っていったほうが、将来的には仕事がやりやすい。
渡邉:私もそう思います。前に言った、分野をずらしたほうが仕事の波がずれるからいいということとはちょっと矛盾するかもしれないけれど、やっぱり得意な分野があったほういい。知識をベースにしていないと訳せない部分というのがけっこうあって、1からバタバタ調べてます、みたいなことをやっていると時間もかかるし、効率が悪いんですよね。
松本:効率悪いし、あまりいいものができない。
渡邉:自分の中に「この分野に明るい」というものがだんだん溜まっていくことによって、いい仕事ができると思うし、時間も短くて済む。そのぶん仕事と家事、その他の生活のバランスは良くなるかなと思います。今はまだ、そちらの方向に向けて努力している最中ですけど。
松本:私は、一生こんな感じなんじゃないかなって、最近ちょっと思い始めているんですよ。たぶん、これから年々体力が衰えていくに違いないわけです。そうすると、今こうしようと思っていても、来年、再来年の今頃は違うふうに思っているかもしれない。だから、私は諦めているというか、もちろん努力はするけれども、その時に思ったように動けばいいなと最近は思うようになりました。
●頭を無にする時間も大切
松本:ユカリさんは忙しい毎日の中で、なにか息抜きというか、楽しみはあるんですか。リラックスすることとか。
渡邉:楽しみは、私、ドラマが大好きなんです。
松本:見る時間あるの?
渡邉:コロナで体調を崩してしまった時は、韓国ドラマばかり見ていました。
松本:それはいつ見るの? 夜?
渡邉:仕事が終わって、夜ですね。あとは週末や食事している時。最近はニュース以外はあまりテレビは見ないんです。
松本:だらだら時間が過ぎちゃうからね。
渡邉:そう、なんとなくずっと見ちゃうし。だからテレビは見たいものだけを録画して見る感じです。好きなドラマを見るのがリラックスしますね。
松本:いや、ユカリさんは、ちゃんと休んでいるのかなって心配になっちゃうんですよ。常に動いているイメージがあるから。
渡邉:そんなことないですよ。今年(2022年)の反省点は、ずっと働かないことです。
実は今年のお正月ぐらいに新年の計画を立てて、「やりたいと思っていることを全部やろう」みたいなことを思ったんですよ。そのためには時間が足りないから、例えば朝早く起きて本を読もうとか、散歩している時にAudible(朗読アプリ)で聞こうとか、そういうことをやっていた。家でウォーキングマシーンで歩きながら聞いていたりとか、お風呂に入っている時でさえ、濡れても大丈夫な水をはじくスピーカーで、『勉強大全』とかを聞いていたんです。
松本:すごい。
渡邉:でも、そうするともう休まる時がないんですよ。やっぱりボーっとする時間とか、無駄な時間を作らないと疲れちゃうんですよ。
松本:頭を無にする時間も大事だよね。
渡邉:そう。仕事でずっと頭を使っているのに、食事中も料理している時もAudibleで聞いていたら、また頭使っちゃって。
松本:しかも音楽じゃなくて、本を読んでもらっているわけでしょ。
渡邉:そうなんです。『勉強大全』とかでもっと自分を良くしようみたいな感じで、走りすぎちゃって、後半は失速しました。やっぱり自分の24時間を休みなく、有意義な行動ですべて埋めると疲れちゃっう。だからお風呂に入ったらボーっとお湯に浸かって、もう何もしない。疲れながら聞いちゃうと神経が休まないから、Audibleも解約しました。読む代わりに聞くのはいいんだけど、読むし聞くしで自分のすべてを埋めるのはやめようと思って。
松本:聞くって、疲れるからね。ずーっと聞いているとね。
渡邉:そうなんですよ。だからゆるゆるやろうかなと思って。ぼーっとする時間とか無駄な時間、無駄なお金、無駄なことも必要なんだってことに、やっと気づいたんです。今更って感じですけど。
松本:私は犬の散歩の時に音楽をよく聞いていたんです。音楽ってリラックスのはずなんだけど、やっぱり疲れるんだよね。だから、犬の散歩の時は犬の散歩に集中しようと思って、音楽を聞くのをやめました。そうしたらちょっと楽になったかな。なんか無になるというか……。歩いている時って、本のネタにしろ何にしろ、いろいろ思いつくじゃない。それを録音しておいたりというのもあるかな。だから、頭を無にしたほうがいいのね。
渡邉:そう、無になる時間が必要です。だから趣味は韓国ドラマ見るぐらいしかないかな。
●趣味の楽しみ
渡邉:私は韓国ドラマにはまって、韓国語を勉強したい欲が出てきて、Duolingoというアプリで韓国語学習を全くの趣味で今、連続記録55日ぐらいやっています。辞書も引かずに勘でやっていて、「なんか、これじゃない?」みたいな感じで、だんだん当たっていくんですよ。そうすると、今まではドラマを見ていても字幕に頼っているから音は全然聞いてなかったのが、だんだん聞こえてくるんです。例えば「なんで私に友達がいないのよ」みたいなことが韓国語で聞こえるんですよ。「ああ、これ、Duolingoでやったわ」みたいな感じで。
松本:へえ~。Duolingoやり始めて、どのぐらい?
渡邉:今年の前半にやり始めました。連続記録は途絶えたけど。
松本:今年に入ってから始めて、もうそんなにわかるんだ。私の通訳の友達も韓国のアーティストが好きで、Duolingoで全く独学で韓国語をやり始めて、何年くらいやっているのかな。けっこう上達しているよ。
渡邉:そう、しゃべれないけど、言っていることが入ってくる、聞こえてくるんですよ。ドラマとかで知っている単語がだんだん聞こえようになってくるんです。
松本:そういうのは嬉しいね。
渡邉:すごく楽しいんですよ。いつか旅行に行ったら、韓国語で注文してみたいなとか思ったり。ハングルも、ドラマで出てくる地下鉄の駅のシーンとかで読めたりして。
松本:ハングルがもう読めるの。
渡邉:「あ、イテウォンって書いてある」ってわかったり、だいぶ読めようになってきたんです。でもやっぱり難しいです。ハングルはカタカナのように「k」と「a」で「ka」みたいな感じで、最初簡単かなと思ったんですけど、いろいろ挟まったりしているのでけっこう複雑です。まだまだ全然読めるうちには入らないんですけど、なんとなくは読めますよ。「ソウルって書いてある」とか「キムチだ」とか、わかるようになってきて、それが楽しいですね。
松本:無になる以外に、楽しいって思う時間も大事だからね。
●やりたいことは今すぐ始めよう
渡邉:佳月さんはエレクトーンを弾いているから、すごいなと思って。
松本:楽器はいいよ。でも、ユカリさんはこれ以上時間がないでしょ。新しいことは何かをやめないと始められないんだよね。
渡邉:そうなんですよ。仕事も、翻訳をやって、教える仕事の準備をして、教室に行って教えて、というだけでも時間が要るので。
松本:教える時間だけじゃないからね。準備とか採点とかもやらないといけないし。
渡邉:教える資料を作って、授業をやって、採点もあるし試験も作るし、とけっこう忙しくて。それから本も書きたいし、ドラマも見たいし。
松本:やりたいこといっぱい。1日48時間とか72時間ぐらい欲しいよね。
渡邉:仕事している時、5時間ぐらい時間を止めてくれないかなって思う時がありますね。集中しているので、私の時間だけ止めてほしいって。ピアノとか鍵盤楽器を弾いてみたいという気持ちもあるけど、ちょっと時間がないですね。
松本:年を経てから、例えばピアノを習うとか、何か新しいことを始めると脳がすごく活性化されていいって話を聞いたことがある。
渡邉:たしかネットで見たのかな、90歳になる人が、60歳の時にピアノを始めたいと考えたけど「もう今更」と思ってしまって、「あの時始めていれば30年弾けたのに」という話があったんですよ。
松本:それ、私も見た。たぶんユカリさんのツイートで見たのかな。それで、私、最近ベースギター始めたんだけど、それは70歳になった時にベースがバリバリ弾けるおばあちゃんになりたいなと思って。
渡邉:かっこいい。
松本:ずっとやりたいと思っていたのよ。だけど私はエレクトーンも弾くし、エレクトーンでベースの音は出るからと思っていたけど、「いや、今でしょ」と思って、今年10月から始めたの。ベースも買って、始めて、そしたら難しくって。私は鍵盤楽器しか弾いたことなくてアコースティックギターもやったことがないから、もう四苦八苦してる。だけど、練習しているとちょっとずつ弾けるようになるんだよね。そういうふうに上達していくのが楽しくて、70歳になったら絶対にベースがうまく弾けているようになりたいなというのが今の目標。そういう楽しみっていうのはやっぱり大事だよね。
渡邉:そうね。ドラマを見る、本を読む、映画見るというのは全部受動的だから。
松本:でも、そういう時間も必要じゃない。私もDVDとかブルーレイとかを見てぼーっとする時間はすごく必要。常に能動的に行動していると、やっぱり疲れるからね。
渡邉:そうですよね。
松本:ただベースを始めて私が一番後悔するのは、ベースってすごく重いんですよ。それを持ってレッスンに行かなきゃいけないから、ものすごく体が痛くなっちゃう。中古で買ったからちょっと調子が悪くて、昨日もお茶の水の店まで修理に持っていったのね。だから、今日もこれから取りに行かなきゃいけないって思っただけで憂鬱になっちゃっう。エレクトーンは運ばないから、楽器を持ち歩くということを一切考えていなかったので、ちょっとそこはしんどい。レッスン場で借りることもできるんだけど、せっかくだから自分の楽器を持っていきたいし。
渡邉:そうですよね。
松本:でも、なかなか面白いですよ。だからもうちょっと余裕ができたら、ぜひピアノをやってみて。
渡邉:やりたいなあ。「あの時やっていれば20年、30年できたのに」って思いそうだからね。
松本:何十年でなくても、例えば3年スパンとかでも、「3年前にやっておけばよかったな、と思うことを今始めれば、3年後にはできている」というのを、また何かで見たんですよ。ツイートで昨日か一昨日ぐらいに見て、「おっしゃる通り!」と思った。趣味じゃなくても勉強でも何でもいいんだけど、「今始めればいいよね」という話。そうすると3年後には、できるようになっていることもある。そういうふうに考えると、いくつになっても始められる。70歳になっても80歳になってもね。(次回につづく)
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◎プロフィール

渡邉ユカリ(わたなべ ゆかり)
英日・日英翻訳者
愛知県名古屋市生まれ。愛知県立大学外国語学部卒。ホテル勤務、メーカーでの貿易事務職、社内翻訳者を経て2011年よりフリーランス翻訳者。現在は主に契約書・定款などの法律文書の他、会計・財務関係の報告書など、会社関連書類全般の英日・日英翻訳をてがける。金城学院大学非常勤講師(2017年〜、翻訳演習他担当)。JAT(日本翻訳者協会)会員。訳書にジョエル・レビー著『A CURIOUS HISTORY 数学大百科』『あなたも心理学者!これだけキーワード50』(浅野ユカリ名義)、ベン・リンチ著『DIRTY GENES ダーティ ジーン』他。著書に『翻訳者になるため、続けるためのヒント』(Kindle Direct Publishing)。
◎インタビュアープロフィール
松本佳月(まつもと かづき)
日英翻訳者/JTFジャーナルアドバイザー
インハウス英訳者として大手メーカー数社にて13年勤務した後、現在まで約20年間、フリーランスで日英翻訳をてがける。主に工業、IR、SDGs、その他ビジネス文書を英訳。著書に『好きな英語を追求していたら、日本人の私が日→英専門の翻訳者になっていた』(Kindle版、2021年)『翻訳者・松本佳月の「自分をゴキゲンにする」方法:パワフルに生きるためのヒント』(Kindle版、2022年)。