北陸の技術を世界に伝える(前編)
講演者:株式会社 IP アドバイザリー代表取締役 宮崎幸奈さん
日本翻訳連盟主催の 2024 年翻訳祭から選りすぐった講演の抄録をお届けします。今回は、株式会社 IP アドバイザリー代表取締役、宮崎幸奈さんの「北陸の技術を世界に伝える」前編です。北陸 3 県は歴史と伝統に培われた先進的な技術と独自の産業を持ち、国内外で活躍するニッチトップ企業も数多くあります。企業は海外に進出する場合、自社技術を特許出願により保護し、その技術の詳細を正確に伝えることで、国際的なパートナーシップやビジネスチャンスを拡大しており、特許翻訳は、技術の正確な伝達だけでなく、法的な保護や国際的な競争力の強化にも欠かせないものです。前編は、特許の定義、特許特有の文書ルール、国際的な特許出願数と推移、特許翻訳で注意すべきポイント等についてです。
●特許翻訳を中心に、幅広く特許関連事業に対応
皆さん、こんにちは。石川県白山市から参りました株式会社 IP アドバイザリーの代表取締役、宮崎幸奈と申します。
まず、令和 6 年(2024 年)の能登の震災及びその後の水害で亡くなられた方には心よりお悔やみ申し上げます。そして、被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。
そして本日、従来東京で開催されていた翻訳祭を、当地で開催していただけることを大変うれしく思っております。この場をもって改めてお礼申し上げたいと思います。ありがとうございます。
それではさっそく「北陸の技術を世界に伝える」というタイトルでお話します。まず簡単な自己紹介をさせていただきたいと思います。

私の経歴は、上図の左半分に記載されているとおりです。今回、特許翻訳について英語と中国語で対応できるということで登壇させていただいていると思いますが、PFUテクノコンサルという会社の知財部に配属されていたことが、今の私のキャリアに最も影響を与えています。中国語に関しては、家族の都合で中国の上海に5年間住んでいたので、そこで覚えました。独立したのは2019年で、しばらく個人事業主として活動した後、5年後に法人化しました。
弊社の業務内容は、上図の右側に示したように、特許翻訳もありますし、特許の調査や分析もやっています。地方にいるとどうしてもいろいろな相談が来ますので、やはり幅広く対応しないといけないということから、特許調査や知財コンサルティング、どういう知財戦略をやったらよいかということにも対応しています。これらの業務に関して国内外にネットワークがあり、いろいろな相談を受けることができる体制にしています。
そして、最後に書いてある新製品開発(新規事業開発)です。後で詳しく説明しますが、実はこれらの業務の中で一番時間とお金を使っているのがこの新規事業開発です。
●ジオパークや地酒が自慢の石川県白石市
では本題に入る前に、少しだけ私の出身地である石川県白山市についてご紹介したいと思います。

白山市は金沢市の少し南に位置していて、よく住みやすい街ランキングで上位にランクインするところです。たぶん、ほどよく都会で、ほどよく田舎、山もあり海もあるというところが住みやすいんだろうなと思います。
ちょっと自慢ですが、ジオパーク認定を2年ぐらい前に受けました。その認定地域がとても大きいエリアで、見どころはもちろんたくさんありますし、生物の勉強などもとてもはかどる地域ですので、もし今度来る機会がありましたら、訪れていただけたら嬉しいです。
また、私はお酒を全く飲まないので味のことは言えないのですが、イギリスで開催される国際的な日本酒の大会IWC(The International Wine Challenge)純米酒部門で金メダルを取った酒蔵がなんと白山市内だけで3つあります。これは珍しいことのようで、具体的には上の「白山市の紹介」資料に酒蔵の名前と製品名を記載しましたが、もしお店などに行ってお酒飲まれる時に、これがあったら飲んだほうがいいです。「山廃仕込」というのは「ちょっと高いけれど、飲むならこれ飲んで」と車多酒造の奥さんが言っていました。
それから特有の食べ物や、そば打ち体験など遊べるところもいろいろあるので、この資料を後でゆっくりご覧いただいて、ぜひ遊びに来てほしいなと思います。
●特許とは
では本題に入ります。
前半で特許の定義と特許翻訳について、後半で石川県の産業、そして本講演のタイトルにもなっている「産業を海外に展開する」というお話をします。最後のほうで弊社がいま取り組んでいることについて少しお話し、まとめに入りたいと思います。
まず、「特許とは」ということですが、ここでは私自身が最近指摘されたこと、「そうなんだ、なるほど」と思ったことを中心にお話ししたいと思います。
特許というのは、「ある技術を法律で保護するために文書化し、権利を受ける」というものです。
具体的には、下図が特許書類の構成です。図のように特許というのは、「特許願」「特許請求の範囲」「明細書」「図面」「要約書」の5つの書類から成り立っています。

なかでも大事な「ここが特許だ」というところが、「特許請求の範囲」です。特許はこれだけ文書があるのですが、法律が効くのはここだけです。翻訳なども、まずここができるかどうかというところがとても大事です。
●特許文書のワンセンテンスルール
次に、実際に特許とはどういう内容なのかということで、例としてAppleのスライド式ロック解除の特許(下図)を持ってきました。

これはかつて非常に大事な特許でした。キーパテントと呼ばれていて、のちにSamsungなどの係争の対象にもなりました。iPhoneでロックしている時に指でスライドすると解除されるというものなのですが、この動きを特許として文章で表すと、これだけの量になります。
ここに、スライドして画面が切り替わるという作業に必要な情報が書かれています。青字のところは必要な構成要素です。まずディスプレーがありますとか、メモリがありますとか書いてあって、その下の説明として、どんな命令を出すのかということが、ざーっと書いてあります。これはまだ短いほうで、普通はもっと長いです。
これだけ長いんですけど、大事なのが、句点の丸「。」が1つということです。ワンセンテンスルールといって、文章が何ページにも及ぶときがありますが、それでも丸は1つです。何が難しいかというと、丸を1つにすること。途中で「です。」「ます。」で話が終わってはいけない。とにかく全部、係り受けをやっています。お互いが係り受けた状態で、最後に「。」という形です。これについては後でまた追々説明いたします。
●国際的な特許出願件数と推移
ここで、業界のことをちょっとお話ししたいと思います。次のグラフは、世界の特許出願件数です。

左のグラフがそもそもの世界中の特許出願件数の推移です。右のグラフが主要5カ国の特許庁の出願件数を見たものです。報道などでご存じの通り、中国が圧倒的に伸びているんですが、これはちょっと特殊要因というか、いろいろなものがあって、実際は右のグラフ下方の西側諸国の動きを見ていればいいかと思います。
次に、国をまたぐ出願がどれだけあるのかということで、日本から海外、海外から日本への出願件数を表したのが下のグラフです。

左側のグラフが日本から海外へ出願する件数です。翻訳業務でいえば、日本語を外国語に翻訳する作業が発生する出願はこういった感じです。US(米国)が減っているのが特徴です。
右のグラフは逆に、海外から日本に技術を持ってくるときに、英語などを日本語に翻訳する必要があり得る件数です。ちょっと増加傾向という感じです。だからと言って、翻訳のほうにその件数がそのまま反映されているかどうかは、そこのデータを取っていなくてわからないのですが、件数自体としてはこのようになっています。
●特許翻訳とマーケティング翻訳の違い
では、いよいよ核心部分の特許翻訳について、マーケティング翻訳と比較しながらご紹介したいと思います。

まず、上図の左側のマーケティング翻訳のほうをご覧いただきますと、「これはミカンです」というのを翻訳しようとしたときは、国ごとに「ミカンってどんなものかな」と思い浮かべて、現地の人が「これはミカンだな」とわかるような工夫をすると思います。例えば、日本人は、「ミカンには目がある」と思っている。けれど、海外の人は、「目がなかったり、割れていたり、人間が提供してくれるのがミカンだ」と思っていたりしたら、これをそれぞれの国に受け入れられるような状態で翻訳すると思います。
ところが特許はそうではなくて、「目がついたミカン」を、上図の右側のように何があろうが絶対に変えてはならない。逆にこれをやってみると、こちらのほうが難しいと思うときもあります。
今、絵で説明しましたが、具体的にどういったところが違うのか、特許翻訳とマーケティング翻訳の比較表を作ってみました。それが下の表です。

まず大きく違うのが、目的のところです。特許翻訳の目的は、特許権の取得です。海外で自国の特許を取得することがまず目的です。一方、マーケティングの翻訳は、認知度向上とか売り上げアップとかいったことですね。
それから大きく違うのは、上から3つ目のステークホルダーのところです。特許はたくさんの人が関与します。たくさんのお金も動きますけれど、たくさんの人が一つの文献を見ます。ですから、いろいろな要件があって、表にあるようなものに一つずつに対応しています。
「重視するもの」に書いてあるように、特許はまず正確性が大事で、マーケティング翻訳は読みやすさやクリエイティブなどが大事とけっこう言われますが、実は特許でも少しは読みやすさを配慮しなくてはいけません。なぜかというと、特許を審査する審査官も人間なので、申請書類の心証が良いほうがいいらしいです。
ですから、「まずミラーで訳してほしいけれど、読みやすくないと意味がないから、適度に読みやすくして」という人が多いかなと思います。