日本翻訳連盟(JTF)

AIの未来を見据えた翻訳の役割(後編)
――株式会社松尾研究所・山田悠生経営戦略本部企画室室長に聞く

前回に続き、東京大学の松尾・岩澤研究室の先端的な研究成果を社会実装し、AIソリューションの開発・提供、人材育成に取り組んでいる株式会社松尾研究所 経営戦略本部企画室室長の山田悠生氏にAIの現在と未来について伺い、AI時代に言語・翻訳業が果たすべき役割を考えていきます。

Interviewer:JTFジャーナル編集長(JTF専務理事)、株式会社インターブックス代表取締役 松元 洋一

< AIの未来を見据えた翻訳の役割(前編)

●AIに代替されない翻訳者の役割

松元:翻訳者にとって、AI時代の役割や進むべき道、また必要なスキルなどは、どうなってくると思われますか。

山田:翻訳に限らずあらゆる職業でそうだと思いますが、自動化できる仕事や効率化できる仕事は、AIがかなりできてしまうと思っています。すでに機械翻訳も相当性能が高くなっていますから、かなりの程度、単純なもの、例えば私が何か検索して見つけた英語の記事の翻訳などは、必ずしも100パーセント正確ではなくても、それを使えばいい。翻訳者に頼む必要はないのと一緒で、そういう単純なものとか定型的なものに関しては、かなりAIが取って変わるだろうと思います。

一方で、残る部分は、本当の意味の“文脈”というか、すごくマクロな意味での文脈に即して訳さなければいけないものです。あるいは、先ほど(前編で)少しお話ししたように、人間の命がかかわるから必ずそこにセキュリティがないといけないもの。例えば医療系の情報とか、国同士の条約などの国際関係にかかわる重要な文章、あるいは兵器調達のマニュアルといった、安全保障に関するものでは、人間の責任というのは非常に重いので、どこかで必ずチェックはしなければいけない。もちろんある程度のところまではAIができると思いますので、AIがやって、最後に人間がチェックするということですね。

あるいはクリエイティブな部分。人間ができてAIが苦手なことは、先ほどちょっと話したように、大きな文脈にかかわるところだと思うんですね。例えばアフリカのマイナーな言葉で書かれている小説を日本語に訳したいとなった時に、言語だけの単純な翻訳だったらできると思いますが、アフリカのその国が置かれている地政学的な情勢や、特殊な文化、特に非言語の食生活とか商習慣とかいったものを踏まえて訳せるかというと、たぶんまだ難しいと思います。

結局、情報がないものはAIにはできないので、そうすると、アフリカのその国のことをよく知っている人に話を聞いたり、文献を参照しながら訳していかなければいけないと思います。また、場合によってはAIで訳すとすごく差別的な出力になってしまうこともあります。もちろんAIが差別しようと思ってやっているわけではないんですけど、よくよくAIが書いたものを見ると、例えば黒人の方を貶めたり女性を軽視する発言になっているといったケースがありえます。そういったものをちゃんと直して、その本が置かれている文脈に配慮して、最終的な訳文にして完成させるのは人間がやるしかないかなと思います。

松元:LLMの場合だと、Googleに入っているような様々な情報やXでのいろいろな発言などを読み取る中で、例えばナチス、ヒットラーを賛美するようなテキストをたくさん入れていったら、そういうものを学んでしまいますよね。そういうものが入っていると、先ほどの差別表現だとか女性蔑視とかいろいろな問題が出てくると思うのですが、それを避けるのは難しいものなのですか。

山田:それも研究としては進んでいまして、学習してしまったものを忘れさせるという研究もあります。

松元:そういう研究もあるんですね。逆に言えば、監視して削っていくことが必要になるということですね。

山田:はい。そこもやり方はいろいろあって、忘れさせるには、そもそも覚えたものを消してしまうというのがあるんですけど、あとは口を封じるというか、ある特定のことを聞かれた時に答えないようにするのもあります。わかりやすいのは、「爆弾のつくり方を教えて」とChatGPTに言うと、「それはできません」と答える。これは、ガードレールという仕組みなんですが、基本的にルールで決めてしまって、兵器のつくり方とか煽情的な動画の生成などをやらせないというのはアプローチとしてはあります。

●AIが普及すると人間の翻訳力は低下するか

松元:自動翻訳、機械翻訳はある程度データが吸い取られる、学習されるから危ないという問題もありますが、翻訳者はそうならないように有料版を使ったりしてそこもクリアした上で、大概の人は使っていると思うんです。ただ、それ以外にも怖いのが、だんだん翻訳力がなくなってしまうというか、自分で考えなくなるので、そこが退化するんじゃないかというのがあります。翻訳以外の分野もそうだと思いますが、もうなんでも聞けば答えてくれるから、そういう意味では退化してしまうという恐れはないんでしょうか。

山田:そういう恐れはあると思います。ただ、それを退化と呼ぶのか変化と呼ぶのかという受け止め方の違いはけっこう大きいと思っています。結局、電卓が出た時と一緒ですね。私たちの暗算力は、電卓が出る前の人と比べて、たぶん下がっているはずです。あるいは自動車がなかった時代の人間はもっと健脚だったでしょう。そこはおそらく失われていると思います。でも、「失われちゃダメだ、1日10キロ走ろう」とはならないわけで、そんなことをやっている時間があったら別のことをやる人が大半だと思います。

おそらく翻訳の中でも、単純な言語間の逐語訳といったタスクはAIが取って変わるというか、AIに任せられる部分が増えるので、そこにかかわる、数多くの単語を記憶する能力が落ちてしまうこと自体は、個人的には仕方ない部分はあると思います。

ただ、どちらかというと上流というんでしょうか、この文章が置かれている文脈がどういうもので、誰が読み手になるからどういうトーンでやっていこうとか、そこにどういう留意点があるんだろうとか、そういうストラテジーみたいなものに関しては、AIでもできないところがあります。AIにやらせても、最大公約数的・画一的な訳が出てくると思っています。結局、AIも確率で動いていますので、この特定のこの文章、それをこのタイミングで訳すということの意味がわからないのです。

例えばこの文章は100億円の契約に使う非常に大事な契約書だから一言一句絶対正確に訳さなければいけないとか、正確な法律用語でなければいけないとか、おそらくそういう文脈をAIは理解しきることはできない。そういった文脈を踏まえて、どういう方針で訳そうといったことを考えるのは、人間の仕事としてずっと残るのではないかと思います。

むしろ、その部分は翻訳家の能力として伸ばしていくことが必要ではないでしょうか。あるいは、小説などが置かれている文脈に敏感にアンテナを張って良い訳文を届けるといったことは、おそらく翻訳家の能力として引き続き大事なんじゃないかなと思います。

松元:将来的にはわかりませんが、文脈の理解という部分で、今のAIは人間より劣っているというか、やはりそこまではまだ行ってないという部分なんでしょうか。

山田:最初(前編)のほうにトランスフォーマーが文脈を理解できるというふうに申し上げたのは、与えられたテキストの文脈がわかるということで、読んだものは理解できるけれども、そのテキストが置かれている状況とか、なぜそれがつくられたのかとか、それが誰に届いてどう読まれるかといったメタなことは当然わからないので、そこは人間が、少なくとも今のところは考慮に入れたり、AIに翻訳させるときに指定する必要がありますね。

松元:でも、今いろいろな開発がされていて、特許翻訳なども「この資料のこの部分を全部読み込んで、これを通してやってくれ」というようなプロンプトを出してパラメーターなどをいじってやると、けっこう良い出力がされたりするので、だいぶ人間には近づいて来ているなという気はします。

山田:近づいては来ていますね。ある程度定型的に訳せるもの、それこそ特許や法律や契約の分野は相当、機械翻訳やAIの翻訳でできるようになっていくでしょう。逆に、よりクリエイティブな部分は、AIにやってもらってもいい部分もあるかもしれませんが、最終的に全体の小説のトーンはどういうものにするか、原文の雰囲気をどう翻訳して受け手に届けるかといったところは、人間のセンスやそれまで培ってきた経験などが生きる部分かなと思います。

松元:私も日々AIを使っていると、確かに出てくるものが画一的だなというのは感じます。でも、プロンプトの言い方が悪いからこう出ているのかな、自分の語彙力がないからダメなのかなとも思いますが、でも、やはりそういうところがあるわけですね。

山田:そうですね。やはりどうしても最大公約数みたいな答えが出てくることは多いです。

●学習データの使用と著作権

松元:これは開発側の問題にもなると思うのですが、学習データの使用と著作権の部分は、今後どういう仕組みが求められてくると思いますか。

山田:この点は翻訳に特化している話ではなく、画像や動画の生成で非常に問題になっています。例えば「AIがつくりました」とわかるように、「ウォーターマーク」という透しを入れてAIによる生成を判別できるようにするケースもあります。ただ、それがすべてできるかというと、そうでもないです。これはAIがつくったんだと検出するツールをつくると、それをうまくごまかしてAIでつくる人がいて、いたちごっこを繰り広げている状況です。

翻訳の世界でどこまで機能するかというのはありますが、ちょっと面白い事例があります。以前、ある大学で、課題の文章の中に機械でないと判読できない文章をこっそり埋め込んだ上で、AIにやらせてはいけないという条件で出題をした。AIに丸投げすると、AIが見えない文章でやると、講義の内容とは異なる変な答えが出てくるので、違反してAIで出した学生は減点されるというケースがあったそうです。このように、デジタルで翻訳されたものに関しては、それを示すなんらかのサインが埋め込まれていて、機械翻訳したとわかるようになっている、というような可能性はあるかもしれません。

松元:それは助かる場合もありますね。私も翻訳会社をやっているのですが、人間が訳しているのに、お客様から「これ、機械翻訳でやりましたよね」と言われることがたまにあります。お客様のほうは、この翻訳が合っているかどうかを確認するために機械翻訳にかけてみたらほとんど同じだったと言うんですが、それはたまたまであって、そのワンセンテンスだけ切り取って「絶対機械翻訳でしょう」と言われても困ってしまう。ですから、証明してくれたほうがありがたいかもしれません。

山田:そうなると、これはAIが翻訳した、逆に人間が全部翻訳したということがわかれば、そういうトラブルは防げるかもしれませんね。

松元:これからハイブリッドになってくるとは思いますが。「AIが翻訳して、人間がちゃんとチェックしました」とわかる仕組みができれば、品質保証的にはより良いのかなという気はします。

今は画像などのデータ使用の著作権に関しても、ウォーターマークで解決するということでしょうか。

山田:必ずしもそれで解決するとは限らないのが悩ましい部分で、この著作権問題は非常に重大になっているんです。2025年9月に、Sora2という動画生成AIがOpenAIから出ました。初代のSoraは2024年に出ていて、そのアップグレード版なのですが、これが非常に正確な動画を作れます。物理法則などもちゃんと反映していますし、キャラクターの声などの音声も非常に自然に生成できます。

これが出た当初、本当に初日からSNS上に大量に日本のアニメの再現動画がアップされたんです。ドラゴンボールの主人公が走っているとかですね。自然に動いていて、かつ声も実際の声優さんの声に相当近いものが、大量にアップされて、大きな問題になりました。

日本政府も、これはさすがに問題だとOpenAIに申し入れて、結果として、学習してほしくないものは、事後に抜いてほしいと言えば学習しないようにするという、「オプトアウト」の仕組みを入れるようにOpenAI側がカスタマイズをしました。ただ普通は、事前に「オプトイン」という形で、そもそも日本の「ドラゴンボール」とか「鬼滅の刃」などを学習の対象にしないようにモデルをつくるべきなのであって、遅きに失している感はあります。

いずれにしても、そういうふうにAI生成の著作物の権利やデータの学習が問題になっているという現状があります。今は文化庁で共通のデータセットをつくって、AIが学習したらクリエイターにその対価を還元させる仕組みをつくろうとしているようです。

また、noteという文章タイプのSNSも、最近Googleと連携をしました。noteに投稿されたクリエイターの文章がAIに学習されたら、その分の対価をそのクリエイターが得られるという仕組みをつくって、その実証実験を行ってきたはずです。

結局、AIの学習を完全に防ぐのは無理、あるいは権利者と利用者のいたちごっこなので、それならいっそのこと、学習はしてもよいから学習したらちゃんとお金を払ってくださいという仕掛けにしようとしているのだと思います。

松元:翻訳についてもそういう仕組みがあるといいですよね。人間が翻訳したものがAIに学習されても、翻訳者に対価が還元されるような。ただ、書籍の翻訳などはもちろんクリエイティブですけど、マニュアルを翻訳したりする産業翻訳はクリエイティブの範疇には入らないため、産業翻訳に著作権があるとは言えないので、そこがどうかは問題ですね。

山田:そういうところは悩ましいですね。

株式会社松尾研究所・山田悠生経営戦略本部企画室室長(右)と松元洋一 JTF ジャーナル編集長
●AI時代に改めて問われる「翻訳とは、言葉とは何か」

松元:最後に、知能をつくるという点において、「翻訳とは何か」「言葉とは何か」という問いが改めて浮かび上がってきますけれども、このテーマをどのように捉えていらっしゃいますか。

山田:私自身は研究者ではないので、あくまで一職員という立場でお答えすると、翻訳というのは、単純に機械的な訳、まさに機械翻訳のトランスレーションとは違って、人間がやるといろいろな要素が乗っかってくるのが面白いなと思っています。

翻訳も多くされている作家の村上春樹さんが、「自分の訳文にはビートとうねりがある」というようなことを仰っているのを読みました。彼はジャズがお好きなので、たぶんご自分の中のリズム感があるんだと思いますが、ビートはより細かく刻んでいくもので、それを全体に束ねると大きくうねりが発生するというような話をしていました。

そのビートのところはある程度技術的にAIがコピーして学ぶことはできると思いますが、うねりというのはたぶん学べない。なぜかというと、翻訳や文章を書く人それぞれの文体は、非常に複雑な関数表現だと思うんです。例えば、その人がそれまで読んできた本とか、小学校・中学校の授業でどういう課題図書を与えられたとか、最近影響を受けた小説家のスタイルとか、あるいは日常で感じたこと・思ったこととか、日記に書いたこととか、そういうきわめて多様な要素が重なり合ってその人の文体になっているので、AIはそれっぽくコピーすることはできるけれども、本当にそれを学び取ることはたぶんできないと思います。

AIの学習能力は非常に高まっていますが、人間の言葉を使う行為や何かを創作するという行為において、実はAIでは全く代替できないものが存在している。そこは非常に面白いなと思います。一方で、先ほども日本のアニメをコピーするAIの話が出ましたが、本物っぽく見せることは容易です。そういう中で、じゃあ人間がつくって価値のあるものとは一体何なんだろうということを、個人的には考えています。

また、もう少し卑近な話では、今、特に動画やアニメ、漫画などで、AIを使う人たちが非常に多くなっています。しかし、作業を効率化させるために、例えば背景をより簡単に描くためにAI使うとかということをすごく嫌って、誹謗中傷する人もいるようです。そうした中で、創作ということをどれだけAIに許容するか、より良い社会におけるAIのクリエイティブでの使われ方というのは一体どういうものなんだろう、といったことをけっこう考えたりはします。

松元:それはどれが正解というわけでもなく、人間として考え続けなければいけないことなのかもしれませんね。

山田:そうですね。もう一つ、「言葉とは何か」というところで、最近研究者から聞いた話なのですが、「法律の条文を、AIが読める形にする」というような考えがあるそうです。もはやAIが法律の解釈や執行などもできるから、もうそちらに寄せていったほうがいいんじゃないかと。要はプログラミング言語っぽい言葉にしてしまって、人間が理解できなくてもAIが代わりにその執行などをやってくれるから構わない、というようなことを考えていると言われて、なるほどと思いました。

結局、今の私たちの言葉は、人間が使う前提で文法や語彙が生まれて、それらが連なって創作物になっていると思うのですが、AIを使う前提でいくと、私たちの言葉そのものの体系とか文法とか表現といったものが、けっこう変わってくる可能性があるんじゃないかと思います。来年起こるかというわけではないと思いますが、私たちの生活にAIが入ってきた時に、言葉というもののあり方が長い目で見た時にどうなっていくか、ちょっと面白いなと思っているというところです。

松元:確かに、今、通訳のアプリもすごく進んできていますから、1秒ぐらいのスピードで訳して出てくるとなると、コミュニケーションがまた変わるでしょうね。言葉の世界にもAIがどんどん入ってきているなというのはすごく感じます。

山田:それでも人間が使うからこそ、言葉に意味がもたらされる。私たちが日々暮らして考えていること、感じていることが乗っかって、今言葉として出力されているはずで、そういう人間味みたいなものはなくならないだろうと思いますし、翻訳を通じて異なる言葉を使う人たち同士が繋がるというのは、私はある種、尊い行為だなと思っています。使うツールなどは変わっても、そこの意義や重要性はなくならないだろうなとは思いますね。

松元:なるほど。いろいろと大変勉強になりました。本日はどうもありがとうございました。

(2025年11月14日、株式会社松尾研究所にて)

< AIの未来を見据えた翻訳の役割(前編)

◎プロフィール

山田悠生(やまだ ゆうき)

東京大学大学院修了後、シンクタンク・大手コンサルティング会社にて、主に中央省庁向けの政策提言・効果検証や、地域産業振興の実証などに従事。2024年から日本のAI研究を牽引する東京大学大学院工学系研究科松尾・岩澤研究室に伴走する株式会社松尾研究所で、政策提言活動や講演等の企画活動に従事。地方でのAI活用に強い関心をもって活動。中小企業診断士(2025年登録)

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