3-4 業界創始者が語る、機械翻訳と産業翻訳の軌跡 ~四半世紀の歩みと未来への飛躍に向けて
長尾 真 Nagao Makoto
公益財団法人国際高等研究所 所長。第23代京都大学総長、国立大学協会会長、情報通信研究機構初代理事長、国立国会図書館長を務める。紫綬褒章(1997年)、レジオンドヌール勲章(2004年)ほか受賞多数。著書に『知識と推論』(1988年)ほか。アジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)初代会長、言語処理学会初代会長、電子情報通信学会会長、情報処理学会会長、機械翻訳国際連盟初代会長などを歴任。
勝田 美保子 Katsuta Mihoko
株式会社十印 代表取締役会長。1963年(株)十印を設立、代表取締役に就任。テクニカルドキュメンテーションのトータルサービスを手がける。2005年には代表取締役会長に就任。1982年から2006年まで24年間、日本翻訳連盟(JTF)会長を務めた。AAMTでは理事を経て監事を務める。
モデレーター:
井佐原 均 Isahara Hitoshi
豊橋技術科学大学情報メディア基盤センター センター長・教授。AAMT理事。
東 郁男 Higashi Ikuo
株式会社翻訳センター 代表取締役社長。JTF会長。
報告者:二木 夢子
本セッションでは、日本の機械翻訳研究の第一人者である長尾真氏と、JTFの前会長であり翻訳業界のパイオニアでもある勝田美保子氏に3部構成でお話を伺った。その一部を以下に紹介する。モデレーターはAAMT理事の井佐原均氏とJTF会長の東郁男氏。
草創期
(勝田会長)縁あって国際会議のドキュメント作成を引き受け、優秀な人を8人ほど紹介されたのが翻訳に携わったきっかけである。お客様が機械翻訳を手がけていたのでお手伝いをするようになった。
(長尾先生)機械に翻訳という複雑な作業をやらせることで、人間の営みを理解できるのではと思った。科学技術論文の表題文を解析してシステムを構築したところ、「He is a boy」が「ヘリウムは少年である」と翻訳した。意味的整合性も考えなければいけないとわかってきた。
Muプロジェクト
(長尾先生)1970年代に、日本の科学技術論文を英訳するべく外圧があった。そこで1981年から当時の科学技術庁が主導して「Muプロジェクト」を立ち上げた。電機メーカーや翻訳会社など30社以上の協力を得て、約4年で科学技術論文の日英・英日機械翻訳システムを構築した。
(東氏)なぜ十印は、このプロジェクトに多くの人を派遣したのか。
(勝田会長)「責任をもってできる」のは過去の仕事であり、「どうしていいかわからない」というのが未来の仕事だ。Muプロジェクトは未来の仕事であり、社員も楽しんでいた。
(長尾先生)Muシステムは6億円の資金に対して10億円以上の売上を達成し、日本のメーカーからも機械翻訳ソフトの発売が相次いだが、当初は3~400万で売れた機械翻訳システムがパソコンのバンドルソフトになって価格が大幅に下落した。機械翻訳は大事な技術なのに利益が出なくなり、メーカーで働く方々には申し訳なく思っている。
(勝田会長)翻訳や通訳を自由に使いこなすことでビジネスの世界が広がるので真剣にやっていきたい。
ここで、機械翻訳と翻訳業界の現状について、モデレーターの井佐原氏、東氏がそれぞれ簡潔なまとめを述べた。その後、長尾先生と勝田会長に今後の展望を伺った。
未来への提言
(長尾先生)東京五輪に向けて音声翻訳・音声認識の精度は上がってきている。短い文でよいので20言語くらいに翻訳することが必要である。業界全体で東京五輪の実行委員会に訴えるなどして、早急に多言語スポーツ辞書を整備する必要がある。
(勝田会長)各種サービスの無料化が進む中で、ビジネスとしての翻訳業の新しい世界を見つけていきたい。
(長尾先生)言語は例外の集合である。たとえば詩は、常識では考えられない単語を組み合わせてイメージを作るものである。人間の頭脳活動に迫るメカニズムを研究しないと本格的な機械翻訳は作れない。文部科学省がAIの研究に予算をつけているので期待している。
(勝田会長)情報の蓄積はますます進行する。地球上のすべての人に関する情報がデータベース化されれば、機械がたいていのことを解決できるようになるだろう。