5-3 日本における映像翻訳-字幕翻訳を中心に-
篠原 有子 Shinohara Yuko
字幕翻訳歴約20年。主にNHK、WOWOW、ビデオ、DVDの映画翻訳に携る。2012年から立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科にて翻訳学および字幕翻訳を研究している。大学非常勤講師。日本通訳翻訳学会会員。主な翻訳作品:「風の絨毯」、「炎のランナー」、「リトル・マーメイド3」など。
報告者:近藤美保子
このセッションでは、視聴覚翻訳(映像と音声を伴う翻訳)の一つである字幕翻訳について、日本での字幕翻訳の歴史と、字幕翻訳の現在、および字幕翻訳の今後の展望について報告された。
日本における字幕翻訳の歴史
日本では、明治末期から外国映画を輸入し上映していたが、映画がサイレント(無声映画)からトーキー(発声映画)に変化したことで、日本人に外国映画(英語)のセリフをどう理解させるかという課題が浮上した。
この課題に対する解決策として「日本語の字幕を付ける」と「日本語のセリフで吹き替えを行う」の2つが考案され検討された。日本では、文化的背景(外国への関心が高く、識字率も高い)、コスト(吹き替えよりも制作費が軽減される)、品質確保という3つの理由から、吹き替えではなく字幕が採用されることとなった。この結果、映画説明者(弁士)に代わる字幕翻訳者の需要が生まれた。
字幕翻訳の現在
字幕翻訳は、配給会社や制作会社などによって翻訳者に発注される。その際、翻訳者には映像とスクリプトが渡される。字幕翻訳は、映像に合わせて翻訳した文章が表示されるという特性から、翻訳プロセスにおいて次のような制約が発生する。一つ目は、台詞の長さによって翻訳に使用できる文字数が規定されることである。このため、スクリプトの確認後、すぐに翻訳するのではなく、音声の長さを測定し、翻訳に使用できる文字数を決める等の準備作業が発生する。準備作業の後に、「11秒に付き4文字、11行最大13文字、最大2行」などの翻訳ルールを順守しつつ、スクリプトに基づいて翻訳が行われる。
二つ目は、映像の優位性である。(他の種類の翻訳とは異なり)映像が提示する情報は字幕から省略できる、音声情報(声の強弱)により状況のすべてを説明する必要がない、映像とスクリプトが異なる場合は映像を優先するなどの特徴がある。
このような字幕翻訳の特殊なルールに従うだけでなく、映画制作者や配給会社などが作品を通して観客に伝えたいことを翻訳に表現することも、重要なことである。「アナと雪の女王」の歌詞の翻訳などはその成功例と言えるだろう。
字幕翻訳の今後
近年は、吹き替えで上映される映画も増えているが、DVDでは字幕と吹き替えの両方が選択できるようにするため、字幕の需要は減ってはいない。また、クールジャパン政策や、日本映画の海外コンペへの参加などが増加しているため、英語字幕の翻訳需要は今後も増加すると考えられる。
現在、字幕翻訳を取り巻く環境は変化している。その一つが観客の英語力の向上だ。台詞を聴き取ることのできる観客が極端な意訳を受け入れられなくなってきたり、TEDなどインターネット上の映像に付けられたアマチュアによる字幕のように、既存の翻訳ルールに拘束されない字幕も出現している。
このような観客の変化と共に、字幕翻訳のあり方もまた変わってくるかもしれない。