日本翻訳連盟(JTF)

翻訳者・翻訳会社がSNSを活用して仕事を獲得する方法

第3回JTF翻訳セミナー報告
翻訳者・翻訳会社がSNSを活用して仕事を獲得する方法

清水 憲二
英日翻訳者  

水科 哲哉
合資会社アンフィニジャパン・
プロジェクト 代表社員

 



2012年度第3回JTF翻訳セミナー報告
2012年9月13日(木)14:00~16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●「翻訳者・翻訳会社がSNSを活用して仕事を獲得する方法」
講師●清水 憲二 英日翻訳者/水科 哲哉 合資会社アンフィニジャパン・プロジェクト 代表社員
報告者●二木 夢子 英日/日英翻訳者

 



 SNS(ソーシャルネットワークサービス)などのソーシャルメディアが生活の一角を占めるようになって久しい。しかし、息抜き用としては大いに活用しつつ、仕事獲得用のツールとしては考えたこともないという方が多いのではないだろうか。

 今回の講師を務める清水憲二氏と水科哲哉氏は、個人翻訳者と翻訳会社社長というそれぞれの立場で、SNSを活用して取引先を開拓し、つながりを作り、仕事を広げていった。
 2人の体験談と活用法を通じて、SNSを仕事の中でどのように活用していくかを考える。

第1部(清水氏)
SNSに着目したきっかけ

 清水氏は2012年でフリーランス歴4年目。サッカーに特に強く、ゲームや映像の翻訳もこなすエンターテインメント系の英日翻訳者である。Twitterやブログがきっかけで受注したクライアントからの仕事が、なんと全体の9割以上を占めるという。

 しかし、順調に仕事が来るようになるまでは大変だった。映像翻訳の講座を修了したものの、業界にはコネクションがなく、トライアルの結果も芳しくない。そこで氏がとったのは、この業界には珍しい、Twitterとブログでの情報発信と、それを核にしたコネクション作りだった。

イメージの確立、ソーシャルキャピタルの獲得、オフラインでのつながり強化

 清水氏が実践したことは大きく分けて3つ。サッカーに詳しい翻訳者というイメージの確立、ソーシャルキャピタル(つながりと信頼)の獲得、そしてオフラインコミュニティへの積極的な参加だ。

 イメージを確立するために、Twitterで「今日のサッカー英語」の発信を始めた。単語やフレーズの解説に訳例を添えたもので、毎日欠かさず1年半以上続けた。(※現在はツイッター上にて自動投稿で運用中 https://twitter.com/footballE_bot)。この発信によって自らの知識を再確認するとともに、サッカーに詳しい翻訳者というイメージを確立したのである。

 ソーシャルキャピタルとは社会的なつながりとそこから来る信頼のことで、SNSでは他の人の発言に積極的にコメントするなど交流することで、互いに対する安心感が醸成される。オンラインでの交流後はオフ会(オフラインミーティングの略。インターネットやパソコン通信など互いの顔が見えないコミュニティのメンバーが、実際に会って親睦を深める会合)に進んで参加し、実際に顔見知りになる。見ず知らずの人に比べて、オンラインであらかじめ知っている人との交流はかなり敷居が低くなる。

 これらの努力を意識的に重ねてきた結果、「サッカー 翻訳」というキーワード検索で上位に表示されるようになり、検索経由でJリーグチームからの依頼を受注するに至る。サッカーだけでなくゲーム翻訳など他の分野からの引き合いも増えた。また翻訳者同士の横のつながりを培ってきた結果、そちらからも仕事の打診が増えてきている。

 もちろん、情報発信には、個人情報の出しすぎや、軽率な発言によって信頼を失うなどのリスクが伴う。こうしたリスクにはもちろん配慮が必要だが、リスクがゼロになることはありえず、無難であることにも意味がない。

「自分の見せ方」の確立を

 現状では、それぞれの翻訳者の得意分野がクライアントや翻訳会社に対して十分に伝わっていないように思われる。たとえばサッカーを専門とする清水氏に別スポーツの翻訳が来たが、そのスポーツに興味のある翻訳者は巷に多くいるはずなのに、発注元に情報が蓄積されていない。これは必ずしも翻訳会社の責任ではなく、むしろ翻訳者側の発信不足が原因ではないか。翻訳者それぞれがマーケティング的な意識を持って、自らの専門知識や趣向などの「見せ方」「伝え方」を確立していくことが大切である。

第2部(水科氏)

当初のfacebook利用――コンテンツ情報の収集

 水科氏が経営する合資会社アンフィニジャパン・プロジェクト(以下アンフィニ社)は、出版翻訳を主な事業とし、英語のほか韓国語やスペイン語の翻訳書も多数手がけている。

 2008年に個人のfacebookアカウントを開設したとき、水科氏にとってSNSの主な利用目的は、商材となるコンテンツの情報収集であった。翻訳会社が下請けを脱し、原書の著者や出版社と直接取引をするには、これから出版される書籍の収集が欠かせないが、従来の情報収集手段であった世界各国のブックフェア(書籍の見本市)は中小企業にとって金銭的な負担が馬鹿にならないため、少しでもリサーチ面でリードしようというのがその目的である。情報の収集手段は、検索によってたどりつく時代から、影響力のある人たちの発言といったソーシャルフィルターを通す時代に移行しつつある。有名人などとつながりを持つことで、一次情報にいち早くアクセスすることができる。

facebook利用の変化――情報発信によるつながりの広がりと深化

 しかし、東日本大震災を境に心境が変化し、「自分史」を残す意味も兼ねて仕事の様子やプライベートな話題を発信するようになった。すると、それが仕事にも大いに好影響を与えた。つながりが深まったことで、既存の顧客や登録翻訳者との関係性維持、新しい顧客や翻訳者の発掘に役立ったほか、ヘビーメタルやプロレスなど自らの趣味、嗜好をオープンにしたことで、同じような趣味、嗜好を持つクライアントとの距離感が縮まり、受注にも結び付くようになったのである。さらには、単なるファンとしてつながったアーティストやレスラーにも縁ができるようになってくる。

つながりを維持するための努力

 SNSでつながっているということは互いの顔が見えている状態に等しいので、相手に忘れられないように接点を維持する必要がある。facebookには友達の誕生日を教えてくれる機能が付いているので、工夫を凝らしたバースデイメッセージを贈るなどの努力は欠かさない。こうしたつながりはすぐに結果が出るものではなく、気長にこつこつと続けることが重要だ。結果はいつかついてくるのである。

まとめ――古くて新しい「翻訳者の営業」

 今回の2本の講演は、これまで参加したJTFセミナーとはかなり毛色の異なる新鮮な内容で、単なる新しいツールの紹介ととらえるのは余りにもったいないと思えるものであった。
 産業翻訳では、翻訳会社のトライアルを受けて登録するというフローが確立しているので、営業を意識しなくても仕事ができる。しかし、だからといって、営業を翻訳会社に丸投げし、ひたすら来た仕事をこなす状態では、報酬面で先細りになるうえ、本当にやりたい分野があったとしても、それをプレゼンテーションする機会は永遠に訪れない。

 講演を通じて、品質を上げる努力を続けるとともに、お客様や同業者とどのようにつながるか、そしてそのつながりをどのように維持するか、という営業的な視点を深めることができた。このことは、ソーシャルメディアを活用するか否かにかかわらず、自立した個人翻訳者としてかけがえのない財産となるだろう。
 

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