日本翻訳連盟(JTF)

Talk 3: A Platform to Support Collaborative Translator Training

Talk 3: A Platform to Support Collaborative Translator Training

Speaker: Professor Kyo Kageura(影浦峡教授、東京大学大学院情報学環/教育学研究科)

 主に翻訳トレーニングをサポートするプラットフォームである「翻訳教育用みんなの翻訳(以下、MNH-TT)」について説明がなされた。
 
 NICT、リーズ大学、立教大学、国立情報学研究所と協力して開発を進めている。本プラットフォームで蓄積し活用しようとしている翻訳知のデータは、翻訳プロセス研究が捉える翻訳知と相補的な関係にある。
 
 翻訳者に求められる能力(competency)は、狭義の翻訳に関わるものだけではない。現実の翻訳はほとんどがプロジェクトとして行われるため、プロジェクトを管理する能力、交渉力、翻訳メモリ(TM)や機械翻訳(MT)の活用力等が必要となる。狭義の翻訳に関する能力は翻訳力(translation competency)、後者のような力は翻訳者力(translator competency)と呼ばれることもある。
 
 MNH-TTは、このような能力を培う環境を提供することを視野に入れた翻訳教育の支援を行うためのプラットフォームである。最初にシステムの概要とその教育的側面を紹介し、次いで利用するための方法とシステムの現状を述べる。また、特に教育的側面のうち翻訳誤りの類型は重要なので、最後にそれについて少し補足する。

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 MNH-TTでは、「翻訳プロジェクト」を基本的な単位としている。翻訳プロジェクトの中核的要素は以下の3つである。
 
 ・参加者
 ・ドキュメント
 ・ワークフロー(プロジェクトの進捗管理)
 
 ほかに、用語集、翻訳メモリ、関連するデータや文書が関与する。また、実体的なものではないが、参加者間のコミュニケーションも、重要な構成要素である。MNH-TTでは、プラットフォーム上でこれらの要素を定義し意識的に活用できるようになっている。
 
 発行間近なISOの規格では、翻訳会社が翻訳者に仕事を依頼する際に、ISOの特定の要求事項を満たす複数の翻訳者を選択し、翻訳、修正、レビューという翻訳の中核タスクを担うことを要求しているが、MNH-TTは、このISOの仕様を自然に反映したプロジェクトを定義できるようになっている。
 
 プロジェクトの参加者は、12の役割(プロジェクトマネージャ、リサーチャ、ターミノロジスト、レビュア、プルーフリーダー、MTマネージャ等)のいずれか(複数可)を与えられる。プロジェクトマネージャは、参加者の選択とサポート、プロジェクトの進行の制御等を担う。
 
 現実の翻訳プロジェクトでは、翻訳者を含む参加者は、プロジェクトがスムーズに進むよう、互いにコミュニケ―ションをとることが求められる。MNH-TTでは、そのために掲示板を準備しており、参加者は必要に応じてメッセージの投稿と返信、閲覧を行うことになる。
 
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 MNH-TTでは、翻訳教育・学習の基本的な理念として、反省的に翻訳に関与する諸要素、自らの力を見つめ、診断し、言語化できるようになることを重視している。それを促すために、MNH-TTは、いくつかのステップで足場となるカテゴリーを提供している。主なものは翻訳誤りカテゴリー、コミュニケーション・メッセージのカテゴリーの二つである。
 
 MNH-TTでは、修正者とレビュアーは、単に訳文を修正するだけでなく、誤り類型を付与することを求められる。すなわち、ある部分を修正したときに、その部分がどのような誤りであるから修正したのかを明示的に示すことが求められる。この説明力は翻訳者として必要であると同時に、自らのレベルや問題を診断するためにも重要である。
 
 誤りカテゴリーは、MeLLangeプロジェクトのカテゴリーを一部簡略化して採用している。MeLLangeのカテゴリーは、もともと欧州6言語に基づいて開発・検証されたもので、神戸女学院大学の協力を得て、日本語を含む翻訳に適用できるかどうかを、英日の翻訳を通して検証している。
 
 また、参加者は、コミュニケーション・メッセージを送るにあたり、標準的な対話タイプ(情報要求、関係維持等々)及び受け取り手を明示的に指定することが求められる。それによって、参加者はプロジェクトを円滑に進めるために必要な会話のタイプに意識を向けるよう求められる。
 
 これらの情報は、個別に、及びまとまったかたちで参照することができる。それによって、学習者及び教員は、個々の学習者の弱点や長所、プロジェクトの成功や失敗の要因等を診断することができる。
 
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 MNH-TTの利用者としては、大学や大学院の翻訳学科や翻訳コース、翻訳学校、翻訳者の養成も必要とするNGO等を想定している。少なからぬ場合、これらのグループは自らサーバを運営することが技術的に困難なので、MNH-TTはウェブで提供され、利用者はブラウザでシステムにアクセスし利用する。
 
 MHN-TTの利用者は、システム管理者、組織管理者、インストラクタ、学習者の4種類に分けられる。利用の基本単位は、ひとまとまりの組織(翻訳学部、翻訳コース、NGO等)であり、最初に、組織管理者はシステム管理者に組織と組織管理者の登録申請を行う。
 
 組織と組織管理者が登録されたのち、組織管理者はインストラクタと学習者を、インストラクタは学習者を登録することができる。これによって、MNH-TTを組織内で利用することができるようになる。プロジェクトを作成できるのは組織管理者とインストラクタであるが、学習者がプロジェクト管理者の役割を与えられた場合、プロジェクトの作成以外のすべての管理プロセスをその学習者は行うことができる。これにより、学習者は、翻訳力だけでなく、管理も含めた翻訳者力を身につけることが可能となる。
 
 2015年6月現在、MNH-TTの基本機能はほぼすべて実装されており、動いているが、エディタを再開発中であり、また、統計情報とその視覚化も一部しか実装されていないので、開発中である。さらに、機械翻訳との接続も現在実装中である。
 
 システムは基本的に言語に依存しないが、現在、インタフェースは日本語、英語、ドイツ語、中国語、韓国朝鮮語で提供されており、システム組み込み辞書もこれらの言語のいくつかの組み合わせとスペイン語=英語に限られている。これらについては、順次拡大して行く予定である。
 
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 最後に、神戸女学院大学田辺研究室の田辺希久子先生・豊島知穂氏とNICTの藤田篤氏を中心に検討されている、誤りカテゴリーの付与について、敷衍しておこう。
 
 誤りカテゴリーは、大きく分けて、内容に関するもの(6種類)、語・用語に関するもの(2種類)、文法や綴りに関するもの(5種類)、テクストに関するもの(3種類)がある。
 
 誤りカテゴリーの有用性は、(a) 一貫してカテゴリーを付与することができるか、(b) 一部のカテゴリーに集中しすぎず、それなりに誤りが分散して診断に使える細かさであるか、に大きく依存する。
 
 (a)に関しては、田辺研究室で検討したところ、独立して誤りカテゴリーを付与する場合には、現在は付与者間での判断の揺れは少なくないが、相互に相談して方針を決めることができれば、判断は一致して行くことが確認された。それをもとに、NICTの藤田氏は、誤りカテゴリーの付与を決定木形式(質問に対してYes、Noで次の質問に分岐する)で行うステップを提案し、かなりの有用性が確認されている。
 
 (b)に関しては、神戸女学院大学の翻訳通訳コースの学部学生・大学院生及び東京大学の学部学生・大学院生を対象に、実際に翻訳実験を行って検証した。その結果、グループに関わらず、内容の歪曲が最も多い誤りカテゴリーではあったが、他の誤りカテゴリーも様々に表れており、一つないしは少数のカテゴリーに誤りが集中することはなく、現在のカテゴリーで十分に診断に有用であることが明らかになっている。
 

参考:MHN-TTのプロジェクト内でのコミュニケーション相関図

 

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