日本翻訳連盟(JTF)

1-A よくみる和文英訳の落とし穴 ~より読みやすい英訳のために~【第2弾】

ベンジャミン・トンプキンス Benjamin Tompkins

医薬翻訳者、元日本翻訳者協会(JAT)会長・理事長。1970年生まれ。カンザス大学卒業(日本文学および生物学)、コロラド大学院日本文学修士。90年と94年に交換留学生として上智大学(文部省奨学金取得)、福岡大学で日本語、生物学を学ぶ。福岡で翻訳会社勤務の後、99年、米国にて翻訳会社j-translate.comを設立。09年に福岡に移転後、トンプキンス・バイオメディカル・コミュニケーションズ株式会社を設立。17年6月まで、JATの会長・理事長に携わる。
 
報告者:茂貫 恵助(フリーランス翻訳者)
 



 メキシコ・ゴロンドリナス洞窟。東京タワーも丸ごと入る世界最大級の竪穴洞窟の写真から本セッションは始まった。日本人英訳者が陥りやすい和文英訳に潜む重大な落とし穴への対策は、2017年3月に広島で実施したワークショップの第1弾の内容からバージョンアップされていた。豊富な事例が紹介されたが、ここでは紙面の都合上その一部を紹介したい。なお、本セッションは日本語で行われた。

英語は動詞中心の言葉

 本セッションの半分は動詞に関する内容であり、改めて原文の日本語に惑わされない動詞選択の重要性がうかがえる。以下に一例を示す。

例1

「様式に必要事項を記入してください。」
(1)Please enter the necessary items in the form.
(2)Please enter the relevant information in the form.
(3)Please complete the form.

 (1)はitemなど直訳調であり、読み手を惑わす。(2)はrelevant informationと修正されたが、(3)のようにcompleteに情報を集約すると文がすっきりする。このようにたくさんの情報を1語で表現できる動詞にPOWER VERBSという造語を用いて、その重要性を説いている。

例2

(1) The operation was performed on the patient by the doctor.
(2) The doctor performed an operation on the patient.

 次に、特に主語が明らかな場合(主語を明確にする場合)は、(1)のような受動態を避けて(2)のような能動態が推奨された。しかし、(2)でも問題点が残ると指摘する。次の例を挙げたい。

例3

(1) She conducted an investigation of the factory.
(2) She investigated the factory.

 (1)よりも(2)の方が下線の動詞に力がある。POWER VERBSに対して、意味の薄い動詞(do、perform、take placeなど)は一般的にもweak verbsと定義されているが、(1)もその例としている。特に目的語が明らかな場合(目的語を明確にする場合)は-tionなどの名詞化された動詞は避けた方が良い。したがって、前述した例2もThe doctor operated on the patient.とすれば動詞が力強いものとなる。

例4

「治験責任医師は、病院長から送付された文書を、省令で定められた期間保存する。」
The investigator will retain all documents sent by the director of the medical institution for the duration specified in the relevant ministerial ordinance (OR the duration required by law).

例5

「投与前の検体からも循環血液中のVEGF濃度を測定することができた。」
We (successfully/were able to) measured circulating VEGF levels in the baseline sample (as well).

 動詞の時制についても多数紹介されたが、ここで助動詞が関連するものを紹介する。例4の原文では助動詞は含まれていないものの、英文にはwillが入っている。手順書などでは「~することになっている」というニュアンスで使用されている。一方、例5では原文で「できた」とあるが、英文ではcouldを使用していない。過去はできたが、現在はできないというニュアンスが入るためだ。さらには、括弧内の表現も省略可能としている。

句読点や記号も英語らしく

 英語らしさは細部にも宿る。以下の例が検証された。

例6

(1) PACIFIC Engineering CO.,Ltd.
(2) Pacific Engineering Co., Ltd.

 ウェブサイトで(1)の例も多くみられるが、すべて大文字にすると何かの略語であるか、誇張しすぎる印象を受けるという。また、コンマの後に半角スペースも必要である。
 その他、英語では使用しないものの例として、②などの丸囲み数字、〇△×などの記号、小見出しでの【】などが紹介され、それぞれ(2)、satisfactory/marginal/unacceptable、無視できるという意味の括弧は省略し : (半角のコロン)で対応するのが良いとされた。

定訳でいいのか

 次に、日本語に多くみられる語は常に同じ英語を充てて良いのかという疑問を考察した。

例7

「本製品の安全性を確認する。」
Evaluate/characterize the safety of the product.

 日本人はたいてい「確認する」と聞くとすぐにcheckやconfirmを思いつく(なお、前者はif、後者はthat節が後ろに来ることが多い)。上の例では確認の内容まで考え、より具体的な動詞を選択していることが分かる。

例8

「副作用については頭痛、悪心、嘔吐の発現が認められた。」
(1)Adverse drug reactions included headache, nausea, and vomiting.
(2)Adverse drug reactions such as headache, nausea, and vomiting occurred.

 等(など)と言えば定番のetc.を想起した人も多いはずである。表内のスペースが限られた場所では可能であるが、文の中には入れずに(1)または(2)の表現を用いたい。

語順

 読んだ順に訳そうとする前に各文の強調すべきポイントを考えた方が良い場合もある。

例9

「本治験において、死亡例は認められなかった。」
No deaths were reported/noted in the study.

例10

「また他の製剤から変更する場合は感染症の徴候について患者の状態を確認すること。」
Monitor the (condition of the) patient for signs of infection when switching from another drug.

 上記の例の日本語ではそれぞれ、死亡はなし、確認しなさい、というポイントが文の後ろにある。英語では言いたいことを先に伝える方がメッセージは強く伝わる。

 その他、さまざまな和製英語、Eメールで役立つ定型表現、情報を詰め込みすぎた日本語のスライドや文化的な問題からそのまま英訳不可能な事例の紹介など、ジョークを交えながら進められた。

 まとめとして本日の内容を踏まえた例題を検討するワークショップの後、本セッションは終了時刻となり、立ち見の参加者もみられた満員の会場からは大きな拍手が送られた。

質疑応答(一部抜粋)

Q1. 例4でwill retainではなく、retainsを使用した場合、どういう印象を受けるか?
A1. 現在形になると慣用、事実となり、好ましくない印象がある。規定や説明の場合、willがつくと「こういう決まりがある」というニュアンスが加わり、適切である。

Q2. 「等」について、別スライドの英訳では省かれているがその理由は?
A2. 「等」を訳さなかったスライドでは、形式的に入っているだけと解釈し、書かれていない他のことを含めなくても影響がないという判断のもと省略した。

Q3. (Q2について)契約書の場合も同様か?
A3. 契約書の場合は作成者らが原文を検討した結果、意図して「等」を入れていることも考えられる。その場合は、includeやsuch asを使用してそのニュアンスを出す。

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