日本翻訳連盟(JTF)

2-E 寝ても覚めても特許翻訳(日英)―企業様の強い権利化を支える翻訳者になる

中山 裕木子 Nakayama Yukiko

(株)ユー・イングリッシュ 代表取締役、(公社)日本工業英語協会 専任講師
2001年工業英検1 級取得(文部科学大臣賞受賞)以来、正確、明確、簡潔な技術英語に魅せられ特許翻訳の仕事を続ける。2004年、フリーランス特許翻訳者・技術英語講師となる。2014年、論文英語と特許英語を専門とする翻訳と教育の会社、株式会社ユー・イングリッシュを設立。高品質の翻訳サービス・英語指導サービスの提供により、日本の技術文書の品質向上に尽力する。著書に『技術系英文ライティング教本』(日本能率協会マネジメントセンター)、『外国出願のための特許翻訳英文作成教本』(丸善出版)、『会話もメールも英語は3語で伝わります』(ダイヤモンド社)がある。


報告者:名村孝(フリーランス翻訳者)
 



 日英特許翻訳は私が15年間心を注いで行ってきたことである。1件1件の特許案件に向き合うコツ、特許明細書の品質向上を目指して良い英文を書くためのマインドセットと英語表現技法、スキルアップのための勉強方法を伝える。出願人企業様にとって「助かる」と思っていただける特許翻訳者になるための日々の工夫を紹介する。

1. 良い英文を書くためのマインドセット-目的を持つ
(Your purpose)

 翻訳者であるあなたの目的は、何ですか?私の目的(モチベーション)は、こうである。20代、冗長な日本語をシンプルで明快な英語(3語の英語、3C(Correct, Clear, Concise))にすることに没頭していた。29才でフリーになってからは、日本の素晴らしい技術を世界に伝えたいと考えた。その後は、日本企業が外国で強い権利を得るための特許出願を支える翻訳者でありたいと考えてきた。30代終盤で会社を設立。これまでお金のことはあまり考えたことがない。人生の折り返し地点に立ち、これまでの自分の軌跡を誰かの役に立てないか、と模索を開始した。一例は「会話もメールも英語は3語で伝わります」の出版であった。

日英の違いとPCT翻訳―出願人が求める翻訳とは

 特許のPCT翻訳では逐語訳をするいう風潮がある。英→日なら逐語訳でも多少不自然になるだけで不具合は生じない。しかし、日→英は曖昧な日本語を明快な英語に翻訳する作業なので、小さな不適切表現があると「意図しない意味」を明快に定めてしまう。翻訳者の選択によっては、発明者が意図しなかった意味を明快に持たせてしまう可能性がある。
 つまり翻訳とは、原文を対象言語に変換することではなく、原文が意図する内容を対象言語で正しく伝えることである。そのために必要なのは、①翻訳者のスキルアップ(法律理解、技術理解、自由自在な言語表現力)、②知財担当者・翻訳会社の理解と協力(PCT逐語訳にまつわる理解と協力体制)、である。
 一般的に、翻訳会社に登録する翻訳者には、無難に直訳してほしいという要望が寄せられることがある。そのため、翻訳者は3Cなどを勉強しても無駄、直訳しようというマインドになりがちである。
 一方、企業の知財担当者からは、①和文と同じ内容を自然な英語で表現してほしい、②しかもチェックしやすいように和文に近い形で並ぶ英語を書いてほしい、という声を聞くことがある。この2つの要望を満たすように心掛ける。実現するには、リライト力が必要になる。
 このようなマインドセット(①出願企業の権利化を支える翻訳者になるという目的を持ち、②PCT直訳を言い訳にしないでより良い翻訳を模索する)を持ち、個人的な諸事情は飲み込んで、スキルアップし続けることが大切である。

2. 良い英文を書くスキル-伝わる自然な英文を書く
(Be good at writing!)

 穴埋め問題およびリライト問題で英文を組み立てる演習を行った。

(1) 伝わる自然な英文の組み立て

例1:無生物主語・SVO主義・能動態主義
 概念・無生物・具体的な機関などを主語にしてSVO形式の能動文を組み立てる。「ウェアラブルセンサーの利用により、スマート機器への関心が高まっている」という文は、「ウェアラブルセンサーの利用」を主語にしてThe use of wearable sensors has generated great interest in smart garments.(米国企業の特許原文より抜粋)というSVOの能動文を組み立てる。
例2:便利で平易な万能動詞で作るSVO
 「~を備える」には、consist of, composed of, haveなどではなくincludeを用いる。「電子機器にはディスプレイが備えられている」はElectronic devices include displays.(米国企業の特許より)など。「~を利用する」にはuseを用いる。他にも、enable, allow, findなどの便利な動詞を用いてシンプルなSVO文を組み立てる。
例3:SVとSVC・肯定形主義・単文主義
 自動詞を活かしてSVで書けば能動態が増える。SVC構文も活用する。「実際にジェットコースターに乗る体験に比べると、スクリーンで動画を見ても、顧客はそれほどの興奮を覚えない」は、Seeing a moving image on a computer screen is simply not as exciting as feeling the ride in real time.(米国企業の特許より)など。肯定形主義も大切である。「薬剤の効能と安全性については、未だ明らかになっていない」はremainという便利な動詞を用いてThe overall effectiveness and safety of these drugs remain unclear.と肯定形で書くことが出来る。「~の場合、」にIn the case whereを使いがちであるが、For~だけで済ませて単文にすることができる。
 The ACS Style Guideでは、by means ofの代わりにbyを、in order toの代わりにtoを、in the case ofの代わりにinまたはforを用いることによってワードを節約することを薦めている。
例4:文と文のつなぎ方
 文と文のつなぎ方には、①関係代名詞の非限定用法でつなぐ、②文末分詞でつなぐ、③Thisを主語にして意味をつなぐ、④既出情報を前に置いて文どうしを内容でつなぐなどの方法がある。
 ①「コンピュータネットワーキングを大きく進展させたのはインターネットである。インターネットとは、洗練された世界規模コンピュータシステムネットワークである。」は、A significant development in computer networking is the Internet, which is a sophisticated worldwide network of computer systems.のように非限定で付加情報を足してつなげる。
 ②「(前文)。その結果、離散的な箇所での電気的接続が実現する。」これをAs a result of this, electrical connections are formed at the discrete locations.と訳しがちであるが、(前文), thus forming electrical connections at the discrete locations.のように文末に置く分詞構文で流れを改善できる。これが難しい場合はThis forms...の形にする。
 ③「(前文)。このことにより、金型902、904 の回路間が接続される。」これをThis allows interconnection between the circuits on the dice 902, 904.のように、Thisを主語に使うことで、意味で文と文をつなぐ。

(2) 日本語の処理例

例1:いつでも単文主義-whenやbecauseは自然に消える
 日本語が「~することにより(by)、~になる」、「~すれば(when/if)、~になる」「~であるため(because)、~である」のような形の場合、by/when/if/becauseを用いて複文を作りがちであるが、単文にすることが望ましい。「第1層の端部を溝内に設ければ、第1 層が基板からはがれにくくなる。」When (If) the end of the first layer is arranged in the groove, the first layer becomes less easily removable from the substrate.このようなありがちな英文を、The first layer having its end placed in the groove is less easily removable from the substrate.のようにリライトすることによってwhenやifが消えてシンプルな文になる。
 「近年、半導体パッケージは小型化が進んでいるため、この問題はより深刻になっている。これをThis problem is more serious because the recent semiconductor packages become smaller.とする代わりにThis issue is more serious for recent semiconductor packages that are smaller.のように描写することによってbecauseをなくすことができる。
 「~であるときに(条件1)~であれば(条件2)、~である。」のような二重複文を処理する方法は、条件1,2の一方または両方を単文にする。「200nm以下の波長の露光用の光を使用する場合には、光を吸収する物質が存在すると、露光用の光は吸収物質によって減衰する」When exposure light having a wavelength of 200 nm or shorter is used, if light absorbing materials are present, the exposure light can be attenuated by these materials. のようなありがちな訳文を、一方または両方の条件を単文にする。「条件下」を表すatを用いると便利である。At wavelengths of 200 nm or shorter, exposure light can be attenuated by light absorbing materials. とすれば単文にできる。
例2:頭が固くなっている時は、頭をゆるめて考える
 翻訳者の多くは、毎日一人で明細書に向き合う。そうすると、頭が固くなりやすい(私も同じ)。
 「穴は開口部と接触している。」これをそのまま訳すとThe hole is in contact with the opening.でも、「穴」が「開口部」に接触することはできない。このように訳してしまったら、The hole is adjacent to the opening.やThe hole communicates with the opening.のようにリライトする。

(3) 勉強方法-インプットとアウトプット

 インプット:特許だけでなく、別の英文も読む。他人のブログやSNSに時間を割きたくなる気持は抑えて、自然科学誌Natureを読む。
 アウトプット:英文の組み立てを練習する。(2)で挙げた無生物主語・能動態・SVO・文と文のつながりを中心に練習する。

3. 良い英文が書けるようになったら-その先の道
(Dots connecting in our future)

 特許翻訳者の使命は、日本企業の外国出願を英語の面で支え、円滑な審査と強い特許取得の手助けをすることである。
 そのために、何ができるかを各人が考える。例えば、どのような和文であれば誰でも容易に英語に翻訳できるか、に関する資料を作り、顧客にフィードバックすることができるのではないか。それによって、和文も英文もゆくゆく改善されるだろう。また、翻訳者達(特にベテラン翻訳者)が英知を合わせ、自分達の英訳テクニックを開示して、若い翻訳者達にも使えるようにするのはどうか。
 それによって仕事がなくなるのではないかという小さい発想はやめて、次の世代により良い日本を残すために何ができるかを考える。各人の英知が、より良い世の中を作る。

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