TCシンポジウム30周年記念 JTCA×JTF共同企画 翻訳関連無料セッション 報告
TCシンポジウム30周年記念 JTCA×JTF共同企画
翻訳関連無料セッション 報告
TCシンポジウム30周年記念 JTCA×JTF共同企画 翻訳関連無料セッション 報告
日時:2018年8月27日(月)午前セッション 10:15~11:45
開催場所:東京学芸大学 小金井キャンパス
テーマ:機械翻訳の活用と、生産性の向上~生産性を上げるために本当に必要なこと~
登壇者:
●司会 黒田 聡 Kuroda Satoshi(株式会社情報システムエンジニアリング/JTF監事)
●コーディネーター:安達 久博 Adachi Hisahiro(株式会社サン・フレア/JTF理事)
●パネリスト:梶木 正紀 Kajiki Masanori(株式会社MK翻訳事務所)
●パネリスト:佐野 栄司 Sano Eiji(SAPジャパン株式会社)
報告者:渡邉裕子(株式会社翻訳センター)
TCシンポジウム30周年にあわせ、一般財団法人テクニカルコミュニケーター協会(JTCA)と一般社団法人日本翻訳連盟(JTF)のコラボ企画である、無料セミナーが開催された。
冒頭にJTCA代表理事である山崎敏正氏から挨拶とTCシンポジウムの歩みを振り返り、JTF会長である東郁男氏より挨拶、TCシンポジウム委員長であり司会の黒田聡氏より、今回のコラボイベントを企画した趣旨の説明、本セッションのコーディネーターであるサン・フレア安達久博氏より、パネリストの紹介の後セッションを開始した。
セッションは2部構成となっており、1部は機械翻訳を実際に活用している2社からの事例紹介、2部はディスカッションと聴講者からの質疑応答となった。
機械翻訳の実例(1) パネリスト:SAPジャパン株式会社/ディレクター佐野栄司氏
最初にSAPジャパン株式会社 佐野栄司氏は、はじめて機械翻訳と出会ったのは30年前で、当時は使えないと思っていたが、昨年ぐらいからようやく使える機械翻訳が登場した、という感触を持つようになったと語った。
SAPのビジネス拡張に伴い、必要になる翻訳ボリュームは年々増えており、今後も毎年20%増えていくと予想すると、現在の翻訳業務のインフラや技術では翻訳が追いつかないと考えている。製品のクラウド化が進み、開発サイクルは短縮の一途をたどり、納期短縮が不可避である。そこで現実的な課題解決手段がMTであるとの話があった。
SAPでは、SAP製品に関するサポートドキュメントの機械翻訳セルフサービスを2018年2月から提供開始した。ポストエディティングを行わずに、MTのアウトプットをそのまま提供する翻訳プロセスを「自動翻訳」と呼び、MTエンジンを使用して人が翻訳を行うことを「機械翻訳」と呼んでいる。このようにSAPでは「機械翻訳」と「自動翻訳」があり、定義が異なる。サポートドキュメントの機械翻訳セルフサービスでは、数秒でアウトプットが表示され、自動翻訳で十分でなければ、人による翻訳をユーザーが依頼することもできる。
機械翻訳の問題点として挙げられるのは、HTMLやXMLなどのマークアップ言語で書かれた文書は、そのままでは機械翻訳に掛けられないことである。この場合、タグ処理を行った上で機械翻訳を行う必要がある。
今後のIT製品では、ヘルプ文書コンテンツのオンデマンド型提供、チャットボット、音声アシストアプリケーション対応が必須であると考えられ、それらを多言語展開するためには機械翻訳の利用は不可欠と考えている。
最近は翻訳者の方から「機械翻訳に仕事をとられるのでは?」という不安の声があるが、そんなとき佐野氏は「全自動洗濯機があったらクリーニング業は潰れますか?」と答えているそうだ。最近ではアイロン機能が付いているような高機能洗濯機もあるが、それでもクリーニング業の需要はあり、洗濯機を使っても最後は人の手で仕上げるケースも多々ある。機械を使っていくかいかないかは、使う人の選択である。今後は翻訳を必要とするコンテンツの量が爆発的に増えていき、生産性の飛躍的向上は機械翻訳でしか解決できないと考えている。しかし、高付加価値翻訳の提供は人間にしかできない。ベストプラクティスは共存であり、人間による翻訳はなくならないとの見解を示した。
機械翻訳の実例(2) パネリスト:株式会社MK翻訳事務所/代表 梶木正紀氏
続いて、特許翻訳専門の株式会社MK翻訳事務所代表梶木氏より、同社での活用事例が紹介された。
機械翻訳に興味を持ったきっかけは、当時は統計型がメインであったが、これほど画期的なテクノジーがあるのか、とTAUSにて衝撃を受けたことであった。同時に、悩みのタネであった人手不足の解決策として導入するしかないと確信。さらに他社との差別化のために、いち早く機械翻訳を販売開始すれば、価格とスピードの競争力を持たせることもできると感じた。
そこで2016年、機械翻訳後に人間がポストエディットするサービス「Hybrid Translation」を販売開始。プレスリリースを出したところ、各方面から声を掛けていただくようになり、MTサミット、言語処理学会、IJET等で講演。結果、これまでお付き合いのなかった研究者の方々とも人脈が広がり、今に至っている。
同社では、2018年6月以降はMT案件の比率が従来の翻訳案件を上回っている。課題はこの比率を維持していくこと。取り組み中である複数の課題の中でも、今後も解決が難しいと感じていることは、ドイツ語のMT利用である。理由はドイツ語から日本語のコーパスがないからだ。英日/日英の精度のほうが圧倒的に高い。これは今後も変わらないだろう。
また、梶木氏も佐野氏と同様、今後も人間の翻訳者が不要になることはない、と語った。機械翻訳の登場は、脅威というよりも、むしろチャンスと考えており、特許翻訳市場の下に特許翻訳(MTPE)市場を新たに作り、その市場で一番を目指す。2019年からは全案件で機械翻訳を適用し、生産性を上げて世の中の動きである“働き方革命”にも貢献していきたいとして締めくくった。
ディスカッションと質疑応答
ディスカッションでは、ここ数年AIや機械翻訳について調査を行ってきた黒田氏から「配布資料には含められなかった刺激的な内容」という前置きの後、5つの仮説が発表され、それをもとに意見交換を行った。
仮説1 だれが、いつ言語変換をするのか(ビジネスモデルの変換):
エンドユーザーが、必要なときに自動翻訳を掛ける(例:ホテルのウェブサイト)
仮説2 使用する工程:
・翻訳元執筆時、リアルタイムでプレエディットする
・翻訳時、XMLではMTは掛けられない。シンプルなタグ構造に遷移していく動向
・少数言語の品質確認時、ネイティブチェックの代用とする
仮説3 非NMT(ルール型、統計型など)とNMTとで何を変えるべきか:
非NMTはアルゴリズムの調整次第で結果のコントロールが可能だが、NMT の中身は利用者側にはブラックボックス
仮説4 だれが機械翻訳を利用するのか(機械翻訳の所有権=AI帰属に着目)
仮説5 メーカーはどの知財を管理するのか
これを受けて安達氏は、非NMTであれば、開発者が結果を調整でき、フィードバックして対処できるが、NMTの場合は同じ原文でも、タイミング次第で出力結果が変わり、間違え方もいかにも人間のようなので、かえって生産性が上がらないことも考えられるとまとめた。
会場からの質疑応答で印象的だったのは「機械翻訳を導入し、実際どれくらい効率化されたか」という質問に対し、梶木氏は「翻訳の工程だけではなく、トータルマネジメントで15%から20%」と回答した。同時に、これまで顧客から「あまりにも機械翻訳のようだ」との指摘はない、とも付け加えた。
個人翻訳者の方からは「とはいえ発注元であるメーカーがMTを持ったら、やっぱり翻訳者は要らなくなるのでは?」という質問もあった。これに対し、コンテンツを理解した上で訳出することや、原文間違いの指摘などは、人間にしかできないという回答だった。今後も翻訳者が完全に不要になることはない。テクノロジーが進めば、コンテンツも増えていき、最後は人の手による仕上げが必要との共通認識を示した。
TCシンポジウム30周年記念 JTCA×JTF共同企画 翻訳関連無料セッション 報告
日時:2018年8月27日(月)午後セッション 14:00~16:30
開催場所:東京学芸大学 小金井キャンパス
テーマ:多言語の品質評価~国際市場で勝ち抜くための効率的な検査と評価~
登壇者:
●コーディネーター:森口 功造 Moriguchi Kozo(株式会社川村インターナショナル/JTF理事)
●パネリスト:柴山 康太 Shibayama Kota(Venga Global)
●パネリスト:西野 竜太郎 Nishino Ryutaro(合同会社グローバリゼーションデザイン研究所/JTF理事)
●パネリスト:古河 師武(YAMAGATA INTEC株式会社)
報告者:渡邉裕子(株式会社翻訳センター)
JTCAとJTFのコラボ企画である無料セミナー、午後の部は「多言語翻訳の品質評価」がテーマ。まずは本企画コーディネーターである株式会社川村インターナショナル森口功造氏から、今回のコラボ企画開催にあたって、TC会員企業数社を対象に事前聞き取りを実施したところ、一番多かった声がこのテーマであるとの紹介があり、関心の高さがうかがえた。
本セッションは3部構成となっており、1部は国際規格や欧州の翻訳品質評価方法とJTF翻訳品質評価モデルを紹介、2部では多言語を扱うローカライズ企業や制作会社ではどのような評価を行っているか、3部ではディスカッションと質疑応答であった。
品質評価の現状 パネリスト:合同会社グローバリゼーションデザイン研究所、JTF理事/西野竜太郎氏
はじめに、翻訳の国際規格の策定にも関わる西野氏より、品質評価の動向が紹介された。
翻訳における品質の意味は、使う人によって異なるため、発注者と受注者間で共通認識を持つのが難しく、ビジネスがスムーズに進まないことがある。そのため主観評価を避ける目的で、メトリクスによる品質評価もあるにはあるが、欧米発が多く日本語への適用が難しいことが課題としてあげられた。2016年実施のJTF調査「翻訳品質評価方法に関するアンケート」でも、業界の方法で評価しているという回答と比較して、会社独自の方法で評価しているという回答が約10倍となっており、業界全体で共通のスケールでは評価していないのが現状との見解を示した。
そこで現在、作成しているのが「JTF翻訳品質ガイドライン」だ。目的は関係者間で共通認識を持ち、ビジネスを円滑化させること。ただし、日本語にも当てはめることができ、海外のものとも互換性を保たなければならない。そこでエラーベースの評価メトリクス(減点方式)を採用した。評価メトリクスを以下に紹介する。
評価メトリクス
A. エラーカテゴリー
①正確さ ②流暢さ ③用語 ④スタイル ⑤地域慣習 ⑥デザイン ⑦事実性
B. 重大度
・深刻(100点)…翻訳成果物の使用が不適当となるエラー
・重度(10点)…翻訳成果物の理解しやすさや使いやすさに影響を与えうるエラー
・軽度(1点)…翻訳成果物の理解しやすさや使いやすさに影響を与えないエラー
・なし(0点)…翻訳者に渡していない参考書に基づくエラーなど
C. カテゴリー重み
ドキュメントタイプに応じてエラーカテゴリーに重み付けをする。例)特許文書であれば正確さと用語を重視し、地域慣習とデザインを対象外とする、など。
D. 合否しきい値
1つのエラー点数=カテゴリー重み✕重大度点数
全部のエラー点数を足して合計を出す。事前に決めたしきい値を超えていたら「不合格」とする。
森口氏からは、約2年かけてようやくこのガイドラインが完成間近であるとの補足があった。顧客・翻訳会社間全体で、同じ尺度で品質が測れるようになることが今後期待される。
多言語翻訳の品質評価(1) パネリスト:Venga Global/Director of Operations Japan 柴山康太氏
次にアメリカに本社をおくMLVであるVenga Globalでは、どのように成果物を評価しているか柴山氏から紹介があった。
Venga Globalのプロジェクトチームメンバーは、アカウントディレクター、PM/コーディネーター、品質管理チーム、翻訳チーム、レビューアーチームなどで構成され、明確な役割分担があるのが特徴。
プロジェクト開始時、PMは翻訳チームとキックオフコールを行って、全ての要件が伝わっているかを確認し、質疑応答を実施。翻訳者は翻訳後に用語統一、タグ、数字の正誤などのセルフチェック(必ず機械的な自動チェックを含む)を行う。その後レビューアーが編集、校正。その際、チェックリストで定められた項目を順守した翻訳に仕上げる。はじめてその顧客にアサインされる翻訳者とは、顧客の事業内容や参考資料などを共有し、理解度を深めてもらう。顧客からのフィードバックは次回案件に活かせるフローを設けている。大きなプロジェクトは振り返りミーティングを行う。
特徴的だったのは、LQAサンプリングという評価手法だ。通常のレビューが終わった後、さらに第三者レビューを入れ、客観的な評価を行う。評価結果は翻訳チームにフィードバックされ、問題の再発を防ぐことができる。また、評価結果は翻訳者ごと、言語ごと、コンテンツタイプごとに蓄積される。評価結果が数値化され、改善ポイントが分かりやすいことがLQA最大の利点。LQAはヨーロッパでは普及しており、”ASTM LQA”でインターネット検索すると詳細を閲覧可能とのこと。
また欧米では、多少のエラーがあるのは当然という前提で、分量などに応じて許容範囲の事前合意が大切、という補足があった。
多言語翻訳の品質評価(2) パネリスト:YAMAGATA INTECH株式会社/翻訳ビジネス部 部長 古河師武氏
続いてマニュアル制作を行うYAMAGATA INTECH株式会社では、どのように成果物を評価しているか、古河氏より紹介。
MLVと違う点として特徴的だったのは、マニュアルの制作から行っているので、まずは英語と日本語にてライティングから開始し、ソースファイルを作成することだ。英語と日本語のソースファイルが完成したら、多言語翻訳を開始する。QAプロセスは、ISO17100の必須事項が中心で、翻訳者のセルフチェックの後、バイリンガルチェック、PMの受入検査を行う。また、目視チェックの限界をフォローするために、YAMAGATA EUROPE開発のQAツールであるQA Distiller(QAD)を使用し、機械的なチェックも行う。QADでチェックできる項目は、翻訳抜け、フォーマット、文字化け、用語集との整合性などがある。
品質評価について、QADを使用する評価は全ての案件で行い、バイリンガルチェックのオーダーがあるISO 17100のフローに則った案件の際に、人による評価を行う。
① QADで検出されたエラーログを確認(客観的評価)
② バイリンガルチェックで正確さ、文法、流暢さを評価(主観的評価)
興味深いのは、①でエラーが多い翻訳者は、②でもエラーが多いという相関関係があるように感じる、と紹介された点だ。結果は翻訳者DBに登録し、毎月フィードバックをしている。
ディスカッションと質疑応答
すでに発行されているISO17100に加え、現在策定中のISO21999について触れられた。前者はプロセスを守ることによって品質を担保するのに対し、後者は成果物そのものを評価するため、より直接的なものになる。
森口氏個人としては、多言語における品質の要はPMであると思っていて、理由は、40言語全てのベンダーに正確な情報を渡すことは、実は大変なことだと感じているから、と述べた。両社ともアジャイル開発への対応の需要が高まる中、迅速に指示ができるよう、TMS、スプレッドシート等を使用してプロジェクト管理を工夫しているとのこと。
会場からは、例えばミャンマー語など、希少言語で社内に理解者がいない場合に苦労されている様子がうかがえた。翻訳者、校正者、顧客間で意見が分かれた場合に、誰を信用するべきか。一概には言えないが、これまでの実績で一番評価が高い翻訳者・レビューアーの意見を一旦は顧客に戻し、最終的には顧客に判断していただくケースが一般的のようだ。