[イベント報告]冠詞を正しく使うためのマインドセット
2021年度第1回JTF翻訳セミナー報告
- テーマ:冠詞を正しく使うためのマインドセット
- 日時:2021年5月28日(金)14:00~16:00
- 開催:Zoomウェビナー
- 報告者:伊藤 祥(翻訳者/ライター)
登壇者
遠田 和子(エンダ カズコ)
日英翻訳者
青山学院大学文学部英米文学科卒業。在学中に米パシフィック大学に留学。大手電機会社で勤務後、フリーランス日英翻訳者となる。現在、翻訳の傍ら翻訳学校や英語プレゼンの講師を務め、英語学習本の執筆にも取り組む。
著書に『英語「なるほど!」ライティング』(共著、講談社)、『Google英文ライティング』(講談社)、『究極の英語ライティング』、『英語でロジカル・シンキング』(研究社)他がある。
共訳書にRudolf and Ippai Attena (講談社)、Pilgrimages in the Secular Age (Japan Library)他がある。
言葉は世界への窓である。今回遠田先生が冠詞を取り上げられたのは、冠詞が英語話者の窓から見たモノの捉え方を知るための鍵だからという。
先生は「英語の冠詞は難しい、正しく使えない」、そんな言葉をよく耳にされるそうだ。冠詞の参考書は数多くあり、不定冠詞・定冠詞など詳しく解説している。ところが何冊読んでも、いざ英語を書こうとすると「ここはa、the、無冠詞?」など迷い、適当に決めたらネイティブ・スピーカーに間違いを指摘され、訂正の理由がまたよくわからない、そんな経験がある人も多い。
日本人にとり英語の冠詞が難しい根本的な原因は、日英でモノの見方と数の意識が大きく異なるためである。この違いをはっきり認識しないと、日本語マインドに無自覚なまま不自然な英語を書いてしまうことになる。
本セミナーでは、遠田先生が日本人の英語ライティングでよくみかける冠詞ミスの事例を取り上げて原因を分析し、冠詞を正しく使うためのエッセンスとして、必要なマインドセットと冠詞の迷いを減らす具体的な3つのステップを示してくださった。
なぜ冠詞は難しい? 根本原因と意識的なマインドセットの必要性
「お昼におにぎりを食べた」という一文を翻訳するとき、発生する難点は、主語がないこと、そして1個なのか2個なのか、おにぎりの数が分からないことだ。
日本語では名詞を口にするとき数を考える必要はない。一方、英語では数を考えない限り文が作れない。「He ate a rice ball for lunch.」なのか、「He ate rice balls for lunch.」なのか。
ここで、これに関して、作家リービ英雄が安部公房の脚本を翻訳したときの、「象が」で始まる台詞のエピソードもご紹介したい。象がan elephantなのかelephants なのか分からないと英訳できない。
「安部先生、この『象が』の象は一頭ですか、二頭ですか、それとも群れですか?」
「分からない。われわれ日本人にはそんな区別はない、だからリービ君は自分で決めなさい。」
日本語の核心をついた回答に感心させられた。
日本語では「1個のおにぎり」と助数詞を付けて数えるが、それは英語の不可算名詞を単位で数えるときのa glass of waterと同じ使い方である。つまり「おにぎり」は日本語では不可算名詞である。一方、英語では形があるかないかで区別するので、おにぎりは可算名詞、素材のご飯は不可算名詞となり、モノはきっぱり二つのカテゴリーに分けられる。逆に日本語では「ご飯」と「稲」と「米」は全く違うモノと認識されるが、英語ではすべて不可算のriceとなる。このように、言語によって世界の切り分け方が異なる。
英語学習者は、英単語を覚える際に一生懸命意味を覚えるが、実は冠詞がその単語が可算・不可算どちらのカテゴリーに入るかを示し、意味を決定する。冠詞を深く理解するには、日本語は「数えない」言語であり、英語は「数えられる・数えられない」の2つに分ける言語であるというマインドセットをしっかりしておく必要がある。
日英で異なるモノと数の認識
数えられる、数えられないというのは、ものの認知・見方である。そしてその判断の基準は「境目」にある。
可算名詞 | Countable [Cと略す] | 個別・数 |
不可算名詞 | Uncountable [Uと略す] | 素材・物質・量 |
先程、riceは不可算名詞だと言ったが、riceも可算名詞として使われることがある。たとえば、Asian wild rices と言えば「アジア産野生米の複数の品種」のことである。異なる種類が意識されると、それは境目があると感じられ、数えられると認識されriceも可算名詞となる。
名詞の単複に注意
rabbit, camel, alligatorは形のある生き物を示す可算名詞としての使用が一般的である。しかし無冠詞の単数で用いられたとき意味は生き物とは全く異なる。
- I like __ rabbit. うさぎの毛皮・肉が好き
- I like __ camel. ラクダ色・ラクダ毛の生地が好き
- I like __ alligator. 鰐皮・ワニ肉が好き
このような可算名詞を複数形でも冠詞もなしに使うと大きなミスになってしまう。
- I ate rice ball. 形のないおにぎり?踏みつけて形のなくなったようなおにぎり?
- I like cat. ネコ皮や猫肉が好き?
- Turn on light. lightは抽象的な漠然とした光。どうやって点ける?
正しくは、
- I ate a rice ball.
- I like cats.
- Turn on the light.
となる。
可算名詞の単数形を無冠詞で使うミスは日本人の書いた英語に特徴的で、「裸のC」と名づける。「数えない」日本語の頭で英語を書いていると、ついつい可算名詞を「数えない」(つまりaも_sもつけない)で使ってしまうのだ。
冠詞選択の3つのステップ
正しい冠詞を使うために、以下の単純化した3つのステップを考えた。あまり複雑なルールは覚えづらい、この基本的なステップを愚直にやっていけば冠詞の感覚が身に付けられる。
- Step 1 数えられるか・数えられないか?(C/Uの切り分け)
- Step 2 単数か複数か?
- Step 3 相手はそれを知ってるか?(theの使い方)
日本人はいきなりステップ3から初めて、aかtheのどちらをつけるか、または無冠詞かで迷い始める人が多い。本来、まずはマインドセットをしてステップ1で数えられるか数えられないかを判別するべきだ。そのためにはきちんと辞書を用意して辞書を引いて見極めることが大切。
今回参加されている方は英語の上手な方が多く大辞典を使われることが多いと思うが、大辞典は語彙が多くて便利であるけれども、可算・不可算の分類が明示されているとは限らない。辞書を引くたびに、CかUか確認できれば感度はあがる。どのような辞書を引いているかが冠詞への感度に影響するのだ。
可算・不可算が明示されている辞書ですぐつかえる無料のものを以下にご紹介する。
C/U表示がある辞書
- 英英辞書(オンライン・無料)
- Longman Dictionary of Contemporary English Online
- Oxford Advanced Learner’s Dictionary
- Collins
- 学習者向け和英辞書
- ルミナス英和辞書(研究社サイトで無料)
キーワードで判断
ここからが重要なことであるが、ほとんどの英語の名詞はCとUの間を自在に変化し、その使い方は辞書を見ても分からない。「数えられるか・数えられないか」は英語話者の認識によるところが大きく、その基準は「境目があるか・ないか」で考えるとよい。そこで境目を判断するいくつかのキーワードを紹介する。
- Cは数えられると認識され、境目があるもの
- その判断基準のキーワードは、有形・具体・個別・数・区別・種類・始まりと終わりなど
- Uは数えられないと認識され、境目ないもの
- その判断基準のキーワードは、無形・漠然・抽象・量・素材・均質・性質・機能など
(この後セミナーでは、日本人が間違いやすい事例が多数示され、これらのキーワードを用いて冠詞を選択する方法がステップ毎に紹介された。詳細については割愛する。)
まとめ
日本語で生活していると「数えない」でモノに言及することができる。そのため、英語の名詞と向き合うときに、可算か不可算か、単数か複数かをチェックし忘れることが多い。冠詞を正しく使うには、この日本語のマインドを英語のマインドに変えることが大事である。
わけることがわかること。分類することが冠詞を理解することにとって大切だ。
セミナーで紹介した3つのチェックを習慣付けることで冠詞に対する理解を高め、正しく使えるようになってほしい。マインドセットにより数の意識を自分のものにする具体策をご紹介した。ぜひ、実践していただきたい。