[翻訳祭30報告]これからキャリア転換をして通訳者になる人に

第30回JTF翻訳祭2021 セッション報告

  • テーマ:これからキャリア転換をして通訳者になる人に
  • 日時:2021年10月12日(火)13:00~14:30
  • 開催:Zoomウェビナー
  • 報告者:三浦 ユキ(ペンネーム、翻訳者)

登壇者

白倉 淳一

日英会議通訳者、一般社団法人日本会議通訳者協会理事(財務担当)・副会長

2014年から活動しているフリーランス日英通訳者。28年間の会社勤務で会計・人事・企業グループ再編などを経験し、それが通訳でも強みになっている。専門は発電・送配電・再生エネルギー・電気通信・ITシステム構築・事業戦略。最近は脱炭素化の枠組みに関する通訳も多い。

企業会計の経験からフリーランスとしての記帳や確定申告も隠れた得意分野。社会保険労務士有資格者・放射線管理手帳所有。

ブログ「50歳で始めた通訳訓練」は2012年の通訳学校初日に始まり現在も進行中で多くの読者を持つ。


講演概要

白倉さんは、長年の会社員経験があり、思い立って通訳になることを決められた。フルタイムで勤務をしながら勉強をするのはきつく、退職をして通訳学校(インタースクール東京校)で3年間学ばれた。白倉さんのご講演は、これから何かしていこうという人、特に通訳になると決めている人に向けたものである。

キャリア転換は、自分の人生に大きくかかわるのもで、通訳になるべきかについて用意された答えはない。自分らしくといった聞こえのいいキャッチコピーは世間で多く見かけるが、通訳になるためには多くの現実的なことを配慮しなければならないことをご自身の例を参考として示されたいとのことだった。

まず通訳はプロなので商売であり、市場で決まる。求めに応じて通訳サービスを提供し、報酬を受け取る。

市場に参入するために

最初に市場に参入するために顧客が必要となるが、最初の顧客を得る機会には3つ存在する。

  1. 他の通訳者の仕事が回ってくる
  2. 既存の顧客が購入量を増やす(不足)
  3. 新しい顧客を自分で創出する

大部分は1がデビューのきっかけになるパターンである。なぜ新人にやらせてみようという展開になるかというと、通訳エージェントが新人を送り出そうという動機を持つこともあるが、それに加えて何人かの新人のうちこの人に任せてみようと思わせる何かがあるということになる。一度、今の(今までの)自分の社会人経験の中でなぜ上司が自分に仕事を任せてくれるのか、その選ばれる理由を考えてみたらよい。

下積みと助走期間

次に、通訳者には下積みと助走期間が必要である。通訳者としてスタートするために必要なのは以下の3点である。

  1. 通訳者としての存在を知ってもらうこと
  2. 現場を収めることができること
  3. 使いやすく、他より安く、高品質であること

現場を収めるとは、不安を抱かせず、安心して任せられ、終わった後には任せてよかったと思われるということである。社会人・プロとして挨拶やよい印象を与えるメールなどあらゆることに気を配る。現場を収めることができれば大丈夫である。

通訳エージェントは派遣した通訳者が問題を起こすとそのクライアントを失うことになるため、通訳者をデビューさせることには非常に不安があり、最初は安全な現場をあてがう上に、大変心配している。クライアントやエージェントを安心させることがとても重要で、きちんと務め終えたら一言報告を入れたらよいと思う。その点、通訳学校は失敗や疑問があっても許される貴重な場で、通訳をうまくできなくても先生がコメントをくれ、他の生徒も一緒にそれを聞いてくれるという非常に得難い体験ができる。

キャリアの変更

通訳や翻訳にキャリアチェンジするのはゼロからのスタート(リセット)になるかについて考える。通訳の仕事に一番必要とされるのは通訳の基礎力であり、これが最も重要で難しい。これなくして通訳の仕事は成り立たないので「言語能力か内容の理解・知識か」という二者択一の問いは意味がない。ただし知識や経験は言語能力に上乗せさせると強みになりうる。すなわち、「組み合わせの強さ」が生じる。

白倉さんの場合には会社員時代に会議を数多く経験したことから、通訳を担当する際にも会議の趣旨から意思決定者について、そして会議の結果が与える影響まで、自分で観察し理解することができる。さらに一般的な雑多な経験や知識があると内容の理解に役立ち、分からない言葉があって通訳にストレスがかかる状況を最小限にすることができる。さらに内容がわかることで次の展開も読めることがある。

強みとなる社会経験の裏

これまでの話にあったように、長年の社会人経験の積み重ねによって身に着けてきたもので通訳者が救われることもあるが、逆に通訳の仕事の経験を積み重ねることによって恩恵を得られる時間もまた短い。

キャリアチェンジは慎重に

通訳コースを出てから通訳で生計を立てていける人の割合は10分の1から20分の1といわれている。(人間は自分の夢となると現実よりもポジティブになり過ぎることが米国の大学の実験でも証明されているが)楽観的になり過ぎず、進むか退くかを冷静に見極めよう。低収入の期間を持ちこたえることができるかを金銭面や家庭の事情、自分の精神力などから検討する。

さらに、フリーランスであること(自営業になること)はどういうことか、さらに別の選択肢として存在する社内通訳者(被雇用者)とはどういうものかを理解しておくことも重要である。例えば、フリーランスであれば多様な仕事に取組み、自分にはこういうのも向いていたというような意外な発見をすることができるが、フリーランスならではの厳しさや不安定さもある。逆に社員として行う通訳がどういうものかも比較検討するべきである。あらゆることを考え合わせて進退を考えよう。実際、コロナの影響で仕事が減った通訳者も多い。フリーランス通訳者はどんなに頑張っても年収には限度がある。具体的には、一回あたりいくらお金をもらえて、1週間に何回仕事をすることができるのかということと、自分がいくら必要かを考え合わせるとよいだろう。生計を立てられないことをするべきではない。

新型コロナウイルスの影響

他に類を見ないといわれる、50歳からのゼロからの挑戦でフリーランス通訳者になった白倉さんは、市場拡大時期にあたったことも追い風となり、2018年から2019年は仕事が多かった。(通訳を目指す方のため、白倉さんの場合には通訳課程の修了証書を授与されていたことも付記しておく。修了証書を受けることは難しく、この証書があるとそれなりに通訳ができる人と考えてもらえるそうだ)

一方、新型コロナウイルスの影響は通訳者にとって重大なものであり、白倉さんも例外ではなかった。2020年3月に突然通訳の仕事の依頼が途絶えた。顧客もエージェントも遠隔での会議や通訳の経験が少なく、対応を考えるのに時間がかかった。最初の緊急事態宣言の発令から様々な会議がキャンセルとなったが、だんだんと遠隔での通訳が行われるようになり、白倉さんの場合には2020年8月から業務量が増加した。再び業務の量は増加してもコロナ以前とは業務の内容は変わった。人が一か所に集まる会議はキャンセルとなり、展示会や工場見学も同様だ。白倉さんは遠隔通訳に詳しい仲間と情報交換をすることで早くその変化に対応することができたという。

全般的な通訳需要

日本人でも英語を話す人が増えてきたが通訳の需要は増加傾向にある。その理由としては、会議の参加者のうち一人でも通訳を必要とすれば通訳者が手配されるということがいえる。

遠隔通訳・オンデマンド通訳は今後も増加が予想され、通訳に対する支払いの概念も変化しつつある。通勤時間などがないので通訳をした時間だけを支払い対象としようとする顧客も増えてきている。通訳の提供形態の変化の結果である程度は避けられないものかもしれないが、通訳の業務には準備期間が必要であるし、一つの案件を受けるために他の案件は受けられないといった機会費用も発生するので、通訳業務の性質上そのような扱いや支払いの概念には問題があり、通訳の業界団体として取り組む必要があるのではないだろうか。

最後に、「通訳者になる」ことと「通訳者として生きる」ことの区別をすること、通訳者は通訳サービスを提供し顧客に選ばれる立場にあること、そして通訳に転向する前の経験は通訳者としての業務に必要とされる多くの要素のうちのひとつにすぎないということを肝に銘じてほしいと思う。

質疑応答

Q. 東京オリンピック・パラリンピックではポケトークを使用している光景が見られなかった。それはなぜだろうか。

A. ポケトークやMTはヒーローインタビューのようなものには決して対応できない。インタビューの内容はその場にいたことが前提で話されることで、字面を訳しても意味をなさないからである。

Q. (プロの通訳者の方の問題)リモート通訳になってがっかりし、仕事がつらくなった。遠隔での通訳に不自然さを感じ、参加しきれていない感覚や聞きづらさを感じている。
A. 通訳者によって受け止め方は違っている。オンラインになってほっとした人もいる。実感としては、従来の会場での会議では現場で事前質問などの会話ができたりしたところ、オンラインではわざわざ会話の機会を作るということが難しかったりもする。自分自身は1年半の間、遠隔での通訳に馴染むために工夫するプロセスを楽しんだ。どうしたら成功できるかをクライアント企業と一緒に考えることもある。

Q. 通訳スクールで伸び悩んでいるのでアドバイスをお願いしたい。
A. 成長は直線的なものではない。今踊り場にいるなら、なぜ伸び悩んでいると感じるのか、何が伸び悩んでいるのかという分析をすることが必要である。より詳細には、日本語をちゃんと聴きとれているのか等、何がどう難しいのかを具体的にしていくとよい。外国語の力が十分かについても再検討が必要になるかもしれない。プロの通訳者になると、お金をもらう立場なのでよりシビアになる。今のうちに自分なりの分析や考えをまとめつつ具体的な相談を先生にするべき。それも一対一でもよいが皆と共有してもよいと思う。同じような質問がある人もきっといるから。

Q. オンラインでの通訳が増えて、通訳者相互の連携はどのように変わったか。
A. 今でも遠隔で同時通訳をする場合などは事前に情報共有を行っている。デバイスの複数使いなど、技術的な情報交換をすることができるのは有益である。

Q. 通訳の仕事に必要な情報収集はどのように行っているか。
A. それは十人十色。自分で試してみるしかない。情報収集にかけた労力とリターンを自分なりに評価し、うまくできていないようなら人からのアドバイスを求めるとよいと思う。

報告者から

新型コロナウイルスの影響については、翻訳祭プレイベントでも翻訳通訳業界報告書の概要が述べられたが、報告書や通訳エージェントの方のお話にあった通りのことが白倉さんにも起こっている(笑っちゃうくらいぱったりと仕事がこなくなったと仰っている)。報告者も翻訳と(翻訳に比べると小規模だが)通訳を扱う会社でその様子を実は見ていた。軒並みキャンセル、オンライン通訳という流れは会社の規模に関わらず避けられなかったということだと、プレイベントの内容や白倉さんの講演から実感している。

講演中もはっきりおっしゃった通り、やってみたい、ということと「食べていける」ということは違うと思う。プレイベントの報告ではフリーランス翻訳者の高橋聡氏(JTF副会長)がフリーランス翻訳者と通訳者にコロナがどのような影響を与えどのように回復したかをお話になっており、別のセッションでは「この3人だから話せる! ビジネスとしての翻訳業~好きで始めた翻訳を長く続けるための現実的なお話~」というテーマを設けて翻訳者と翻訳者支援サービスの方が翻訳者のビジネスとしての現実的な面を語ってくださっている。翻訳者になりたいと思いながら翻訳周辺業務を行っている人はたくさんいた。通訳も非常にハードルが高く、翻訳の場合の校正業務のような周辺業務もあまり多くないのではないだろうか。なれるか、なれないかの差は大きい。スクールの卒業生も1割から2割ということであった。それでもなると決めているなら、経済や精神力などを検討したうえで可能ならやるしかないのだろう。

以前、JTF翻訳セミナーで医療通訳者であり大学で通訳教育をされている大東文化大学の渡部富栄先生のご講演を伺ったときにも驚いたのは、現場を収めるという立場の重大さである。現場で通訳の方々がきびきびと動き回っているのは、自分は仕事ができますというアピールにもなるのだとおっしゃった。決して不安を与えてはならないということは、白倉さんのお話と完全に共通している。白倉さんのような会議通訳者でも、医療通訳者でも、通訳者として求められる基本的な事柄は同じなのかもしれない。

通訳の仕事には報告者には想像もつかないプレッシャーもあることだろうし、その場を読む力やコミュニケーション能力などが必要とされるということなので、豊かな社会人経験は間違いなく大きなプラス要素となるだろう。言語能力などの技術がもちろんベースにあるが。だから社会人経験が少ない比較的若い方であれば、社会人としての経験や知識はもちろん不足している。しかし、そういう方たちは逆に長い間通訳をすることができるので、通訳の実務をこなしながら経験を積むことで現場を収める力をつけてパワーアップしていくことも可能だろう。どこで力をつけるか、いつ通訳者としてのキャリアをスタートするかは人それぞれである。講演中におっしゃったあれもこれもという姿勢が大切だということだと思う。仕事は人生にとって重大な要素なので、生活力、家族などのプライベート、仕事を通じた自己実現など本当に多くのことを考えないと通訳になることの是非は決められない。最終的には自分で決めなければならず、どのように生きたいかということに結びついてくる選択になるだろう。人は一つの場所で一つのことしかできないので、他で経験を積んでいる時間は通訳自体の経験をすることはできない。それだけは全ての人に平等だ。だから白倉さんのおっしゃった通訳の経験から恩恵を受けられる時間が少ないという言葉に非常に重みがあり切実なものに感じられた。テーマは通訳についてだったが、生きることと仕事についても考えさせられる貴重な講演だったと思う。

通訳は語学力や専門性だけではなく求められるものが多い仕事だと思うが、それを途方もないことだと感じるのではなく、自分がやりたい、できると感じることができる人なら通訳者への第一歩を踏み出しかけているのではないかと報告者は考える。

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