この 3 人だから話せる! 第 2 弾
激変する翻訳環境に振り回されないために知っておくべきこと
【前編】翻訳者の報酬&スキルアップ術
通翻訳者の相談相手「カセツウ」主宰 酒井秀介さん
フリーランス日英翻訳者 松本佳月さん
英日・日英翻訳者 齊藤貴昭(テリー齊藤)さん
●分野によってもレートは異なる
酒井:レート交渉したらいいよ、という発信もずいぶん増えているような気がするんですけど、今、実情はどうなんでしょうね。僕も現役のコーディネータではないので、あまり最新のリアルなところはわからないんですけど、フリーランスの場合、インハウス翻訳者もですが、自分で交渉しないと誰も上げてくれないですよね。
松本:翻訳会社によっては、1年に1回評価をして、レートを上げてくれるところもあるみたいですけど、まあ、なかなかないですね。
酒井:佳月さんは、先方からレートを上げさせてくださいと言われた経験はないですか。
松本:1回もないですよ。私がそういう翻訳者じゃないのかよくわからないですけど。
齊藤:私は上げたことありますよ。
酒井:それはどういうふうに?
齊藤:定期的レビューというわけじゃないけれど、実力がすごくあって、我々が手放したくない翻訳者だと判断した段階で、今のレートは安すぎるよね、という議論になって、上げたことがあります。
酒井:僕も思いつく限り一人だけです。理由は同じような感じですね。僕らのほうから上げると言わなかったら、もしかすると向こうは向こうで何も言わずに他の会社の仕事を増やしていったんだろうな、という感じですね。
松本:私は技術系の分野の仕事をしていて、これ以上は上がらないなという体感があったんです。だから分野を変えるという大きな決断をしました。やっぱり分野によってレートは違うと思っています。
酒井:翻訳者さんの相談を一番聞いているのはたぶん僕じゃないかなと思うんですけど――。僕のところにもいろいろな相談がきます。お金や年収について、また稼ぎやすい分野や仕事についての相談もたくさんあります。
稼ぎやすい分野、稼ぎやすい仕事というのはあります。「1億円稼ぎたいです」って言われると、「翻訳を辞めたらいいですね」って話になりそうですけど、実際、どれくらいの稼ぎが必要なのか次第だと思います。自分が稼ぐ理由というか、どれくらい稼がなきゃいけないのか。その金額次第でやることも変わってくるはずです。
●必要とされる翻訳者――クオリティー第一
酒井:今、「レート交渉してきた人はどのように交渉してきたのですか。何かデータを示してきたのですか」という質問が入ってきましたけど、テリーさんの場合はどうですか。
齊藤:データを示してないです。取引している年数でお話をしてきて、「すでに3年も取引させていただいておりますけど」という言い方だったと思います。
酒井:僕の場合は今、レート交渉をしたいという翻訳者さんにアドバイスをしているのがメインですが、レート交渉した時にクライアントがどう思うかということを考えてもらっています。クライアントに「レートを上げて欲しいんですけど」と言ったら、「なんで?」と返ってくるわけです。それに対してどう答えるのかを翻訳者は自分で考えておかないといけない。
それで今の、データを示してきたかという質問についてですけど、データも示すといいでしょうね。どれくらい翻訳をやってきているとか、他社での実績などもあるでしょうし。だんだんレートがいいところに仕事の比重を移していくのも大切かなと思います。
齊藤:取引年数、件数などの貢献度が単価を上げる理由になるかどうかですよね。会社によって考え方が違うけど、僕だったらたぶん考えない。むしろ重要なのは品質だと思います。どれだけ納期を短縮し、かつ高い品質で翻訳物を提供する翻訳者か。単価を上げようかなと考えるときに、そこがたぶんポイントになると思います。それ以外はちょっと僕には考えられないです。
酒井:いなくなったら困ると思われるかどうかでしょうね。
齊藤:そうそう。この人がうちには必要なのか、不特定多数のひとりなのか。その違いですよね。
松本:それは、翻訳スキルはもちろんですけど、その他にコミュニケーション力などもあるじゃないですか。その人がいたほうが、仕事がしやすいとか。私は、翻訳会社さんとはチームで仕事をしていると思っているので、チームとして仕事しやすいということも大事だと思います。どんなにクオリティーが高くても仕事しづらい人っていると思うんですけど、それもやっぱりあるんじゃないかと思います。
齊藤:仕事しづらい人でも高品質の人だったら、だましだまし使っている翻訳会社もありますよ。聞いた話ですけどね。
松本:やっぱりクオリティー第一なんだ。
齊藤:クオリティーがしっかりしていて、たとえばすごくレアな分野の翻訳者だと手放せないじゃないですか。だから、対応が悪いけど仕方なしに使っているっていう話を聞きました。
松本:その方がいなくなったら代わりがきかないわけですよね。
齊藤:究極的には当然、コミュニケーション力も高くて気持ちよく仕事ができる翻訳者がいいに決まっているよね。
●翻訳スキル向上のために――学校や勉強会に参加する
酒井:クオリティーに関連してよく出る、あるあるの質問ですが、「翻訳スキル、品質を高めるためにはどういう努力をすればいいでしょう」。これに対してどう答えますか。
松本:私が最初に答えたいのは「自分で考えてくださいね」ですが、こう言っちゃうと元も子もないので、実際私が何をやっているかをお話します。
私は英訳者なので、文法力がないと英語は書けません。だから文法力の強化をする努力をしています。自分一人で勉強できないタチなので、英文法のゼミや講座などに継続的に通っていました。それプラス、英文ライティングのスキルは上げ続けないといけないし、まだまだ足りないと思っているので、それもセミナーや講座を積極的に受けています。
セミナーや講座を受けると課題が出るので勉強せざるを得ないし、その課題はクラスのメンバーみんなが見る。マンツーマンだと一生懸命やらないという意味じゃないですが、みんなの目に触れるから、仕事と同じくらい一生懸命やります。それを、課題をやる時間とは考えず、納期も決まっている仕事の一つと考えて、ものすごく一生懸命やる。そうすると、勉強というより実ジョブでの実力が上がっていくと思っています。
また、今の会社はすごく丁寧なフィードバックをくれるので、それは専門知識を含めてものすごく勉強になっています。
酒井:それは今専属でやっている翻訳会社ですか。
松本:そうです。
酒井:なるほど。そういう環境も、選ぶポイントの一つかもしれないですね。テリーさんはどうでしょう。「翻訳の質を上げたいんですけど」って質問がきたら。
齊藤:勉強しかない、とやはり元も子もない話になっちゃいますね。勉強の仕方は今いろいろありますが、独学がたぶんみなさん一番多いでしょう。あとは、通信講座を取るとか、翻訳学校に行くとか。僕は翻訳学校には行っていませんが、通信講座を取りました。通信講座は一応赤を入れてくれる。翻訳学校だと赤を入れてくれないところもあるみたいですよね。
松本:そうなんですか?
齊藤:教えてくれない講座もあるらしいとちょっと耳にしたんですけど。僕が受けた通信講座はちゃんと赤が入っていて、コメントが入って返ってきていたので、求められているものと自分の翻訳レベルとのギャップを認識して、それを埋めるために勉強をするというやり方をしていました。
あとはいつも言うんですが、翻訳者さんたちが集まっている勉強会やセミナーなどで情報を得ること。実は自分が考えている翻訳とは違うところに本当の翻訳というものがあるかもしれない。その認識の違いを埋めるだけでも何を勉強するべきかがわかってくる。
さっき佳月さんが、何を勉強するべきか自分で考えてくださいと言いましたけど、たぶん、初めての人は何を勉強していいかを考えられないんでしょう。では、「何をキーにして勉強すべきことを認識するか」というと、今自分が考えている翻訳と、中堅もしくはベテランのプロ翻訳者さんたちが考えている翻訳との違いを認識して、そこを埋めるために何をすべきかを考える。すると、何を勉強しなきゃいけないかがわかってくると思います。
翻訳者の勉強会やセミナーに顔を出して知識を得る。勉強会で自分の翻訳物をみんなに見てもらって、コテンパンにされる。コテンパンにされることによって、自分の翻訳のレベルが認識でき、もっとレベルを上げるためには何をしなければならないかが見えてくる。そういう勉強方法しかないんじゃないかと思います。
●翻訳学校や講座の選び方
酒井:翻訳学校や講座を選ぶポイントはあるんでしょうか。
松本:私は日本人では数少ない英訳者で、英訳の講座も少ないんです。だから選択肢があまりないんですが、たまたま取った遠田和子先生という英訳者の方の講座がとってもよかった。遠田先生に出会ってから、私は先生のセミナーがあればどこでも駆けつけます。今はオンラインだから駆けつけなくていいんですけど、この人の講座は絶対行くと決めていて、情報が来たらイの一番に申し込むので、迷いはないんですよ。そういう方を見つけて、この人の講座を受けると決めるのも一つの手かなと思います。
酒井:なるほど。佳月さんの場合は選択肢があまりなかったということですが、選択肢がけっこうある場合、どのようにこの人だ、この講座だ、というものを見つけるかというと、最初はいろいろ試すことでしょうね。体験講座や説明会をいろいろ受けてみて、これかなというのがあったらもう少しやってみる。数をこなしていくと、だんだん自分に合っているものと合っていないものがわかってくる。その中でいい人が見つかるといいと思います。
齊藤:翻訳学校の選択をどう考えるかという話では、先生によって言うことが違うらしいんですね。A先生が言っていることをほかの学校のB先生は真逆のことを言っているとか。それで受講生が混乱しているという話を聞くことがあるんですけど、その講座や学校の評判、口コミを翻訳者から聞くことも大切かなと思います。
松本:そういう意味でも、翻訳者同士の横のつながりは大切、そういうことを聞ける人がいるのは大事だと思います。
齊藤:大切なのは情報網ですよね。
(後編に続く)
(2022年10月8日「第31回JTF翻訳祭2022」講演より抄録編集)
◎講演者プロフィール
酒井秀介(さかい・しゅうすけ)
通訳翻訳エージェントに11年勤めた後、2015年11月に『カセツウ®』(「カセツウ」とは“稼(カセ)げる通(ツウ)訳”を略した造語)を立ち上げ、サポートしてきた通訳者・翻訳者の人数は数百名を優に超える。翻訳者・通訳者志望者、フリーランス、インハウスそれぞれのステージと状況にあわせたサポートを提供。さらに外国語力を活かした通訳翻訳以外のビジネス構築・起業支援や理想のライフワークバランス実現支援まで「翻訳スキル、通訳スキル以外のあらゆること」の相談に乗る。カセツウを500人規模の通翻訳者コミュニティにすべく、翻訳者・通訳者の交流会等を積極的に開催中。
松本佳月(まつもと・かづき)
日英翻訳者/JTF ジャーナル編集委員
インハウス英訳者として大手メーカー数社にて 13 年勤務した後、フリーランスに。現在まで約 25 年間、日英翻訳を手がける。主に工業、IR、SDGs、その他ビジネス文書を英訳。著書に『好きな英語を追求していたら、日本人の私が日→英専門の翻訳者になっていた』(Kindle 版、2021 年)『翻訳者・松本佳月の「自分をゴキゲンにする」方法: パワフルに生きるためのヒント』(Kindle版、2022 年)
齊藤貴昭(さいとう・たかあき)Terry Saito
英日・日英実務翻訳者
電子機器メーカーで 5 年間のアメリカ赴任を経験後、社内通訳翻訳に 約5 年間従事。その後、翻訳会社にて翻訳事業運営をする傍ら、翻訳コーディネータ、翻訳チェッカー、翻訳者を約10 年経験。現在は、翻訳者としても活動。過去の翻訳祭では、製造業でつちかった品質保証の考え方を導入した「翻訳チェック」の講演など多数登壇。