日本翻訳連盟(JTF)

この3人だから話せる! 第2弾
激変する翻訳環境に振り回されないために知っておくべきこと
【後編】翻訳ツールの活用から翻訳者のロードマップ・辞め時まで

通翻訳者の相談相手「カセツウ」主宰 酒井秀介さん
フリーランス日英翻訳者 松本佳月さん
英日・日英翻訳者 齊藤貴昭(テリー齊藤)さん

本特集では、日本翻訳連盟主催の翻訳祭やセミナーから選りすぐった講演の抄録をお届けします。今回は、「JTF翻訳祭2022」より、酒井秀介さん、松本佳月さん、齊藤貴昭さんによる講演の後編です。前編の翻訳者の報酬アップ、翻訳スキルアップの方法につづき、後編では、機械翻訳(MT)や翻訳支援ツール(CATツール)の活用法、ポストエディット(PE)の考え方、翻訳者のロードマップ、子育てや介護との両立に悩んでいる方へのアドバイス、翻訳の辞め時・諦め時など、激変する今日の翻訳環境に即したトピックが展開されます。

●機械翻訳をどう扱うか

酒井:自己投資や翻訳の品質の話になると、機械翻訳サービスDeepLをそのまま使うような人がいるという話も聞きます。機械翻訳をどんなふうに捉えて、どう扱い、付き合っていくのかについて、おふたりはいかがですか。

松本:私が分野を変えた一つの理由は、技術系にずいぶん機械翻訳が入ってきているということです。それで仕事が減ってきたし、レートもちょっと下がってきたと感じたんです。機械翻訳はたぶんこれから進化していくでしょうし、便利だから進化すればいいとも思っているんです。そのときに、自分がどんな翻訳者を目指したいか、一回考えました。このまま技術系に残ってMTPE(機械翻訳ポストエディット)をバンバンやっていきたいのか、それとも分野を変えてライティングのスキルをもっと上げたいのか。そう考えた時に、私は後者だったので分野を変えました。

今はIRの分野で翻訳をやっているんですけど、IRの分野でも機械翻訳は使えるところは使えるんです。たとえば書類によっては定型文が多かったり、海外投資家は数字がわかればいいという方もいらっしゃるので、そういうものはバンバン機械翻訳でやればいいと思います。けれど、各種報告書の中の定性情報、これは各企業が今年はどういう状況でしたという情報を詳細に書く部分ですが、そこはまだまだ機械翻訳では訳せないので、人間が訳していかないといけない。

●機械翻訳、翻訳支援ツールの活用法

酒井:佳月さん自身は、機械翻訳、翻訳支援ツールはどういう使い方、どういう付き合い方をしていますか。

松本:翻訳支援ツールは、今の会社ではMemsourceを使っています。IRはものすごく大量の案件を短期間でやらないといけないので、一人ではほぼ無理です。この間もすごく大きな案件で、ラグビーチームができるくらいの人数でチェッカーや翻訳者が入ってやったんですけど、みんなで訳文や訳語を合わせなければならないので、Memsourceを使わないとできないんです。こういうものにはCATツールは必須だと思います。

だけど、そこに機械翻訳をもってくるかどうかは、私は翻訳者が選択するべきだと思います。翻訳者が機械を使うか使わないかを選択して、たとえば機械が出す訳文を参考にして自分で訳文をつくるのは、アリだと思っています。それでやっていくのはいいんですけど、私個人としては、Memsourceに機械翻訳をバーンと入られてしまって、機械が出した訳文が全部そこに出てくるのは、脳が非常に疲れるので、ちょっと嫌なんです。今の会社はまだそこまではやっていませんが。

CATツールのMemsourceは便利に使っていますし、Memsource案件ではなくWordで来たものも、私は自分でTrados Studioで翻訳メモリを構築していて、クライアントによってメモリを分けているので、そのメモリを使って訳します。Tradosでメモリを作っておくと検索しやすいので、検索するためのツールと割り切って便利に使っています。

齊藤:僕は、翻訳者として仕事を依頼される場合、翻訳支援ツールを使ってくださいという案件は基本的に受けないようにしています。

機械翻訳の出力をPEしてくださいという案件は、翻訳会社には受けますと言っていますが、まだ一度も依頼されないので、やりたいんだけどできていません。なぜやりたいのかというと、ポストエディティングって実際どうなのかということを理解したいからなんですが、やる機会がないですね。

翻訳コーディネータや社内翻訳をやっていたころは、まだニューラル機械翻訳ではなかったけれど、PEをやっていたことがあります。非常に限られた分野で、たとえば作業指示書のように定型文が多いものに対して、機械翻訳を適用してPEをするというやり方をしていたことがあります。だから職業として、ポストエディターというのがあっていいと思うのですね。ただ、それを「翻訳者」と表現してしまうのは憚られるので、そのへんを切り分けたほうがいいと思います。

ポストエディター、あれはあれでいいんじゃないかと思いますが、自分が仕事としてやりたいかというとそうではない。先ほど言った通り、僕はなぜ副業で翻訳をやっているかというと翻訳をやりたいからですが、ポストエディットは翻訳だとは考えていないのです。

翻訳支援ツールに関しては、支援ツールを使う翻訳案件を受けないけれども、僕個人としては使っています。その目的は、さっき佳月さんがおっしゃった通り、過去の自分の訳文や、用語の検索ツールとして活用しています。すべての案件を全部Tradosに入れてトランスレーションメモリをつくってあり、同じような案件が来たときは検索をかけて、過去どういう表現や用語を使っていたかを確認するためだけの目的で使っています。

僕も原文の横に訳文が勝手に出てくるのは非常に嫌です。過去に翻訳チェックのセミナーをやったことがあり、説明をしたことがあるのですが、人間は目に入った情報を理解する前に頭の中に入れちゃってるんですよ。それが訳文を構築する時に影響を与えて、引っ張られる。翻訳を勉強している方は聞いたことがあると思うんですけど、よく「訳文が引っ張られる」という言葉を使うことがあるじゃないですか。それと同じ現象が常に起きて、結局、作った訳文が、自分が本当に作りたかった訳文かどうか、非常に怪しいものになってしまう。それが僕は嫌いなので、すべてWord上に吐き出して、Word上で翻訳するやり方にしています。

ツールは、自分でちゃんとその特性を考えて、「こういう使い方をすれば自分に害がなくメリットだけを享受できる」と思えば使うべきだと思います。そこだけ間違えなければいいのではないでしょうか。機械翻訳もしかりだと思います。

●機械翻訳を使うとスキルが落ちる?

松本:機械翻訳について、この間からいくつかのセミナーなどに出てみたんですけど、「そういう考え方あるの」と思った話が一つあります。帽子屋さんこと高橋聡さんが、機械翻訳の研究者と対談したセミナーで、高橋さんが「MTPEばかりやっていると翻訳力が落ちるんですよね」とおっしゃった。私もそう思っているんです。というのはさっきテリーさんがおっしゃったように、機械翻訳で最初に訳文が出ていると、自分もそれありきで修正していく形なので。

私の場合は英訳だから、日本語を見てそれを英語にしやすい日本語にしてから英語にする。日→日→英という形を自動的に頭の中でやっています。だけどMTPEだと、最初の日日英の中間の日が抜けちゃって、すぐに英語が目の前にバンと出てきてしまうので、そこの能力が劣っていって、スキルが落ちると思っているんです。

ところが高橋さんが「スキルが落ちちゃうんじゃないですかね」と言ったら、研究者の方が、「落ちて何がいけないんですか」「機械があるんだったらずっとその機械を使っていけばいいんじゃないですか」とおっしゃったのが衝撃的で、ずっとそれを考えていました。「確かにそうだな」と思った自分もいるんです。

たとえば今、自動運転の車がどんどん出ているじゃないですか。もしかしたら将来、運転しなくて乗っているだけでいい車が出てくるかもしれない。だけど私は運転が大好きなので、自動で手伝ってもらうのはありがたいけど、運転自体は自分でしたい。そんなふうにずっと考えていて、その研究者さんがおっしゃることはたしかに間違いではないけれども、私はイヤだなと思ったんですね。だけどその方の発言を聞いていろいろ考えたのは、いい機会だったと思っています。

要は自分が、何がしたいか。機械翻訳で仕事が取られちゃうと心配ばかりするのではなくて、自分がどうしたい、じゃあどう動く、ということを常に考えていくことが非常に大事なんじゃないかと思います。

●MTPEで生計を立てられるか

酒井:今の話を聞いていて、まず一つは、翻訳とMTPEを完全に切り分けたほうがいいということですね。それから、みんな気になるところかもしれませんが、MTPEが儲かるかどうか。MTPEが面白いという人もいるわけじゃないですか。楽しさもあるし、仕事として成り立つのかどうかも大事と思うんですけど、MTPEでしっかり生計を立てている方って聞いたことありますか。

松本:私はないですが、その研究者の方の話では、何人かはいらっしゃるそうです。ただ私がツイッター等のSNSその他で見るのは、MTPEはかなり安いし、本当に大変だという話しか上がってこないので、そういう場で「私はMTPEで生計立てています」と言いづらいんじゃないかなという気持ちもあります。

酒井:そのキーワードでいくと、最近ツイッター界隈では、「#翻訳で生計立ててます」というハッシュタグがありますね。

松本:そこで「MTPEで生計立ててます」と誰か言ってくれないかなと思ってるんですけど、なかなか出てこない。

酒井:けっこう貴重だし話を聞きたいですね。職業としてのMTPEについて。

松本:レートによると思うんです。私はまだ今は翻訳でやっていけると思っているのでMTPEは今は絶対やりませんと言っていますけど、今後、年を取るにつれて翻訳がしんどくなってきて、もしかしたらMTPEをやるかもしれない。

さっきテリーさんが「翻訳がやりたいから翻訳者をやっている」と言いましたけど、私は、こんなことをいったらあれですけど、あんまり翻訳の仕事は好きじゃないんです。英語は大好きですよ。よく高橋さんが「僕は英語屋さん」という言い方されますけど、私も自分が英語屋さんだと思っているので、英語のスキルは常に磨いていたい。だから文法やラインティングの勉強をするんですけど。そういう意味では、MTPEも英語に関わる仕事じゃないですか。だから自分が納得する単価で受けられるなら、将来はやってもいいなと思っています。

酒井:MTPEを稼げる仕事として活動されている人や会社って、あるんでしょうか。

松本:あると思いますよ。

酒井:そうすると住み分けできるというか、目的が分かれるからいいような気がしますね。

松本: MTPEだってスキルが必要だと思うんです。そのスキルを上げていくのも一つの選択肢。ただ、レートが安いのが問題だと思います。

齊藤:レートが安くても、かかる時間が短ければ同じですよね。

松本:機械にかけた訳文のクオリティーによりますよね。

齊藤:食べていけるかいけないかって、結局、いくらの売り上げを上げられるのかということであって、単価が安いから食べていけないと断言するのも危険なんですよね。翻訳にかかる時間が半分で済むのであれば、レートが半分でも一緒じゃないかということですよね。

松本:そうですね。

齊藤:それは我々ではわからないので、僕はやってみたいと思っているんです。

酒井:この講演を聞いた翻訳会社さんからテリーさんのところに殺到するかも。限定何社としておいたほうがいいかもしれないですね。

齊藤:試験的にはやりますよ。

酒井:やってみてわかること、やっていないからわからないこともたくさんありますしね。いい形ができるといいなと思います。

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