私の一冊『寝煙草の危険』
第25回:西日・英日翻訳者 三角 明子 さん
国書刊行会〈スパニッシュ・ホラー文芸〉に注目している。アルゼンチンの作家マリアーナ・エンリケスによる『寝煙草の危険』はこの叢書の二冊目だ。〈スパニッシュ・ホラー文芸〉とは、近年活躍めざましいスペイン語圏の女性作家たちによる作品のなかでも特筆すべき傾向であり、「社会的なテーマを織り込みながら、現実と非現実の境界を揺るがす不安や恐怖を描いた作品群」(本書の帯より)だという。
ホームレスの老人が暴行されて以来、事件が起きた界隈にだけ災厄がふりかかる「ショッピングカート」。異様な死をとげたロックスターの熱狂的ファンが、スターの墓を暴く「肉」。「わたしたちが死者と話していたとき」では、五人の少女が集ってはウィジャボードを通して死者の魂と交流しようとする。少女のひとりが話そうとしたのは〈消えた〉両親だ。両親は軍事政権下で連行されたまま行方知れずになったままだった。
リアリズムではおさまりきれない現実を描く〈スパニッシュ・ホラー文芸〉。シュウェブリン『救出の距離』も楽しみ。
◎執筆者プロフィール
三角明子(みすみ あきこ)
西日・英日翻訳者。共訳者として『現代メキシコ詩集』『ロルカと二七世代の詩人たち』(ともに土曜美術社)他に参加。〈奇妙な味〉の短編集や、美術または詩(もちろん両方でも)がらみの事件が起きるミステリーを訳したい。フランス語を勉強中。
★次回は、英日翻訳者の眞鍋惠子さんに「私の一冊」を紹介していただきます。