第7回「翻訳・通訳業界調査」 クロス集計等の手法を用いた分析結果報告〈法人の部〉
講演者:JTF理事・業界調査委員長、株式会社翻訳センター代表取締役社長 二宮俊一郎さん
日本翻訳連盟(JTF)では、2004年に翻訳業界の現状を数量的に把握するため、業界調査を開始しました。2017年より通訳業界も調査対象に加え、この度、7回目となる「翻訳・通訳業界実態調査」を実施し、分析結果を「2022年度 翻訳通訳白書」として発行します。
本特集では、2023年JTF定時社員総会基調講演で報告された、白書には記載していない「クロス集計等の手法を用いた分析結果」を、〈法人の部〉と〈個人の部〉の2回に分けてお伝えします。今回は〈法人の部〉です。
1 景況感の変化とコロナ禍の影響、円安の影響
2 機械翻訳(MT)の活用状況
3 「インボイス制度」への対応
●はじめに
第7回翻訳通訳業界調査の法人の部をご報告させていただきます、二宮俊一郎です。
今回はせっかくの機会ですので、「翻訳通訳白書」には記載してませんが業界調査委員会委員が検討しているところを報告します。
調査の目的など今回の調査の概要は、図1のとおりです。回収結果として、188社の企業および個人翻訳者・通訳者812名の方々に有効回答をいただいています。誠にありがとうございました。
〈法人の部〉では、次の3つのテーマでお話しします。「景況感が前回調査と比べてどう変わったのか。コロナ禍、円安の影響はどうか」「機械翻訳(MT)の活用状況」、それから最新のトピックである「インボイス制度への対応」の3テーマです。
1 景況感の変化とコロナ禍の影響、円安の影響
●翻訳・通訳とも景況感改善、特に通訳で顕著
まず景況感について、前回の 2020 年(以下 20 年)と今回の 2022 年(以下 22 年)の調査を比較した結果です。
翻訳事業景況感(図2)は、「20%以上減少した」との回答が、前回の調査では63、今回の調査で23となっています。これを構成比にすると、「20%以上減少」は、20年が28.3%、22年だと12.4%と、だいぶ下がっています。
実数でも下がっているのですが、実数のほうはもともとの母集団の数が223と186とだいぶ違いますので、単純に実数を比べるわけにはいきません。ただ構成比を比べるとだいぶ違っています。
では、どういうぐあいに違っているのか。本当に意味のある違いなのか、偶然の違いなのかといったところを調べるために、カイ二乗検定を行っています。カイ二乗検定を行うと、20年、22年の回答のそれぞれの項目の構成比が違うのか、差があるのかないのかがわかってきます。カイ二乗検定のp値が0.05よりも下回っていれば、統計的に意味のある差であると解釈して、有意水準は設問すべて5%で設定しています。
カイ二乗検定の結果、どこに差があるのかについては、オレンジ色のところが偶然で考えられるよりも多い数が集計されており、青い部分が偶然で考えられるよりも少ない数が集計されている、というふうにご覧いただければと思います。
図2のとおり翻訳事業の景況感は、「20%以上増加」が増えていて、「20%以上減少」が減っていますので、明らかに景況感としては改善していると言えます。
通訳事業(図3)の場合は、より傾向が鮮明になり、「20%以上減少」が大幅に減っていると同時に、増加を報告する企業が大幅に増えています。
●景況感はコロナ禍の影響と関連している
次に、売上高へのコロナ禍の影響です。
一点、細かいところですが、カイ二乗検定を行うときに「セルの数の偏りが大きいと正しい計算結果が出ないかもしれません」という警告が出ますので、その警告をフォローするために正確確率検定というものを重ねています。そちらのほうでも有意差があるという結果が出ていますので、それで間違いないということでご報告させていただいております。以下、全部そのようにしています。
図4のように翻訳売上高も、景況感と非常に似たような動きをしており、「40%以上減少」のところが変わってきています。全体で見ても当然、年度とそれぞれの回答の構成比には関連があるという結果になっています。ここから、コロナ禍の影響は緩和されているということが傾向として見えます。
通訳売上高(図5)のほうは、先ほどの景況感と同じく、翻訳以上に傾向が鮮明になり、特に一番下の「40%以上減少」が大きく減ってきています。
さらに、先ほど個別にご報告した、景況感の増減の回答と、コロナ禍の影響による増減の回答をグラフ化したものが図6と図7です。
色が濃いところが回答の度数が固まっている部分、薄いところが回答の数が少ない部分とお考えください。横軸にコロナ禍による売上高増減、縦軸に景況感を取っています。
コロナ禍のほうは「40%以上減少」から始まって「40%以上増加」まで、だんだん良くなる傾向です。景況感のほうは「20%以上減少」から「20%以上増加」までだんだん良くなる傾向です。「40%」と「20%」で違うので単純比較はできませんが、なんとなく斜めの部分に線の関係が見えれば、景況感とコロナ禍の影響は関連があるだろうというところがある程度見えると考えて、こういうグラフを作成しています。
図6のように翻訳事業はなんとなく斜めの線の関係が見えます。実際、22年調査の翻訳事業景況感をクラメール連関係数で計算すると0.367で、中程度の関連があるという結果が出ますので、やはりコロナ禍の影響を受けていると言えると思います。
通訳事業の場合は、コロナ禍の影響をグラフで見ると図7のように、翻訳事業(図6)ほど鮮明ではありませんが、こちらもクラメール連関係数で計算すると0.382で、関連はあるということがわかります。
●円安影響は弱く関連
続いて景況感に関係あるのではと考えて今回設問に入れた、円安の影響です。
翻訳売上高(図8)は「増減10%未満」のほとんど影響ないというところが大多数でした。通訳売上高(図9)のほうも「増減10%未満」のほとんど影響がないというところが大半です。
先ほどと同様に景況感との影響をグラフ化してみたのが図10と図11です。
翻訳事業(図10)は縦軸1本で、関係ないのかなという傾向ですけれども、クラメール連関係数で計算してみると0.25で、「弱い関連はある」という結果になります。
通訳事業(図11)のほうも同じく縦に1本ですけども、こちらも計算すると0.27で、弱い関連があります。円安の影響もなくはないというところかと思います。
ただ昨今の景況感はコロナの影響のほうが大きいというところが「景況感の変化とコロナ禍の影響、円安の影響」のまとめです。