覆面座談会 翻訳者から見たMTPEの現在と未来(前編)
●機械で出たものを判断する力が必要
サトシさん:日本語ネイティブが日英翻訳をする場合には、さっきのハナコさんの話に出てきた論文の執筆に近いものがあって、できあがる形は英語だから、ネイティブじゃない自分は判断しきれない。その判断の役に立つということはあるんでしょうね。
だから大学生などが英語で論文を書くようになってくると、MTも生成AIもガンガン活用されるだろうし、それなりの結果が出てくると思います。
タケシさん:論文はもともと公開情報だし、いくらでも材料があるから、そういう使い方はいいかなと私個人は思っています。
ハンベェさん:私もそういう使い方はいいと思います。ChatGPTを使って論文を書くことがどうのとよく言われますが、どんどん、うまく使っていくべきだと思いますね。
タケシさん:研究者が今まで翻訳会社に頼んでいたことが自力でできるようになる。それはそれで生産性が上がることなので。翻訳会社の仕事が減るかもしれないけど。
ハンベェさん:それが問題ですけどね。
ハナコさん:チェックという形で残るのかなという気がしますね。
ミサトさん:結局、MTもChatGPTも出てきたものが合っているかどうかを判断できる能力が、今だと絶対必要ですよね。たとえば、何か安いものを通販で買って機械翻訳そのままみたいな取説がついてきたときに、多少間違っていてもまぁこの値段で買ったものだしいいやとか、使い方はわかるからいいや、みたいに済んでしまうものは構わないけど、用途によっては、ちょっと違ってるけどいいやで済まないものがあるじゃないですか。何かあると何億の損害になるとか。そういうものはMTを使うにしても、それを判断できる人が見なきゃいけない。となると、今からMTを使ってなんとなくいいやと流されちゃう人ばかりになって、翻訳者としてきちんと検証できる人材が育たなくなってくるのは怖いなと思います。
●調べものツールとしてのChatGPT
ミサトさん:今やっている仕事に特殊な単語が山のように出てきて、辞書を見ても手掛かりが得られないときは、今試しで使っているMTに放り込むと、単語によっては方向性がある程度わかるので、それをベースにもう一回調べ直しています。調べても訳語を決めきれないときはChatGPTに説明してもらったものと、自分が検索したものを合わせて調べる。それでも納得いかないと、もう一度原文の言語でその単語の説明をChatGPTに放り込んで、「こういう説明があったけど、何か間違ってない?」とか聞いてみる。すごく時間がかかるけれども参考にはなります。
タケシさん:翻訳というよりは調べもののツールですね。
ミサトさん:そうですね。私はChatGPTを今それで使っています。たとえば似た単語が3つあって、その違いを教えてくださいとか。たぶんMTと一緒で、言っていることが100%信用できるわけではないけど、その説明をイチからすべて原文の言語で探して読むよりは、その似た単語3つを入れて日本語で説明してもらうと、ちょっと時間が節約できます。
サトシさん:ゼロから調べているより早いですよね。私もChatGPTは昨日まで本当によく使っていました。原典の間違いかなというのもけっこうあって、「これおかしくないですか?」と聞くと、「You are correct.」とか言ってくれたり、「おかしくはないけど、ここはこういう意味だから」とちゃんと説明してくれたりします。
ミサトさん:英語ということもあるんでしょうね。英語以外の言語だとChatGPTの答えに対して、「え、でもこれはこうだよね」と言うと必ず、「すみません。私が間違えていました」とか返ってきます。
サトシさん:すごく素直に謝りますよね。
ミサトさん:でも3回に1回ぐらい「すみません、間違えていました」と連続で言われて、信用していいのか、みたいな……。なんかすごく下手に出すぎていて。
サトシさん:人格感じちゃうというか、私の言うことは全面的に信用しないでね、みたいなスタンスでしゃべってくれますよね。
ミサトさん:役に立ったときは最後に「ありがとう」と必ず入れています。すると「お役に立てて嬉しいです」と返ってきます。
サトシさん:そうそう。あの反応が人間臭いんですよね。
ミサトさん:ChatGPTも使えるといえば使えるし、最終的な精度を上げたいので使いますけど、いちいち検証していると時間がすごくかかりますね。MTかけて、さらにChatGPTかけてというのは、精度が上がるけど時間もかかるので、どっちを取るかも問題です。
ハンベェさん:ChatGPTは翻訳には使ったことはないです。
ミサトさん:私も翻訳そのものには使ってないです。
ハンベェさん:翻訳に使うのは、今はちょっとまずいんじゃないかな。情報を取られると言われています。一度でも使うとその内容は全部覚えているようです。
ミサトさん:でもDeepLも全部取られますよね。
ハンベェさん:いや、有料版のDeepL Proの契約は、翻訳後にすぐにデータを消去することになっています。ChatGPTにはそれがないんじゃないですか?
ミサトさん:どうなんでしょうね。今はGPT-4だと有料ですが、どうなんでしょう。私は、ChatGPTは単に用語を説明してもらうとかそういうことに使っています。
ハンベェさん:そういう使い方であれば良いと思います。
ミサトさん:翻訳自体だと、GPT-3.5よりはDeepLのほうができると言っている人もいますね。
サトシさん:GPT-4でも翻訳はまだ大したことないですよ。
ジョジョさん:著作権も絡んできますよね。文章もそうだし、画像も音楽もそうですけど。
ミサトさん:ChatGPTが便利なのは、日本語と英語や他の言語を混ぜたりしてもちゃんと対応してくれる。何語でもそれぞれの言語で返してくれるし、外国語と日本語を混ぜて、どちらの言語で答えが欲しいかなど、何も切り替えなしにできるので、質問するときにやりやすいです。
サトシさん:でも英語オンリーのほうが精度は断トツにいいです。英語だけだと本当にいろいろ教えてくれる。アメリカの政治の話とか経済の話とか、ほかに全然出てこないようなこともちゃんと知っていたり。もちろん別のソースで確認はしますけど。
ミサトさん:何かヒントをもらうとそれをベースに調べられるから、最初のヒントをもらうにはいいですよね。今までGoogleの検索欄でキーワードとして入れていたものをChatGPTに聞いたりとか。
サトシさん:そう、調べるためのキーワードが手に入るんですよね。
ハナコさん:ChatGPTを禁止しているところもあるし、OKと言ってるところもあるし、けっこう個人のモラルに任されている感じがあります。
ミサトさん:翻訳会社でも、ChatGPTを使用禁止にしているところがありますね。
●機械翻訳特有のパターン
ハナコさん:実際に日英チェックをしていると、「これ絶対に機械翻訳だ」というものに出会うことがあります。翻訳会社の担当者へ戻して確認を取ってみると、「やっぱり使っていました」、というケースが何度かありました。
ミサトさん:それはどこで見分けがつきますか。
ハナコさん:マーケティング系のわりと読みやすい内容なので、いかにも置き換えの機械翻訳風の翻訳にはなってないのですが、いつも決まった文章のパターンになっているように見えることがあります。MTの翻訳を見慣れてくると、機械翻訳だなというパターンが見えてくるんですよ。
ミサトさん:「also」があると文章の頭に必ず「また」と入れて訳してくるって言っていた方がいましたね。
ハナコさん:たとえば「~することにより」というと、必ず「by using」から始まるとか、そういう変なパターンみたいなものがあるんですよね。誤訳のパターンも同じで、機械かなと思うとだいたいそうだったりします。
サトシさん:ChatGPTもそうだけど、今主流のMTの言語モデルがやっていることは同じで、次にくる言葉を確率で引っ張ってくるだけだから、元の言い方が似ていたら似たものしか出てこないんですよ。
ミサトさん:でも不思議なのが、たとえば文章の中に同じ用語があっても、バラバラと違う単語を出してくるくせに、「also」があったら必ず「また」で始まる。なんでそこは一緒なんだろうと思います。
サトシさん:おそらく「also」などに関しては、ルールを固定しちゃっているのかもしれない。
文章って1パラグラフの中で緩急があるじゃないですか。1文目にこう言って、次に3文短いので例を出して、その後、こうこうだと結論をパラグラフの最後に持ってくるみたいな。そういうことがまだ機械にはできないんですよね。だから全部がすごく均等になってしまう。そういう単調さを人間の翻訳者はやらないようにすればいい。
ハナコさん:一応意味は通じているものの、やっぱり言葉の置き換えに過ぎない翻訳なんだなとすごく感じます。一度聞いてみたかったんですけど、翻訳会社ではMTを禁止していて、それでも使ってくる人に対してはペナルティがあるんですか?
サトシさん:そういう具体例は聞いたことないですね。
ミサトさん:「わかった場合には取引停止します」と言っている会社はあった気がします。
ハンベェさん:露骨には言わないで、たぶん次の依頼がいかないという形になると思います。
ジョジョさん:でも、使ったらわかりますかね?
ハンベェさん:明らかにGoogle翻訳でやったことがわかったことがありました。そのときはこの翻訳ではダメだということになりました。
●機械翻訳風の文章はどこまで許容されるのか
ジョジョさん:逆に、翻訳会社が顧客に納めたときに、「これ機械翻訳じゃないの?」と言われたというケースも聞きますね。人間がやったものでも、1フレーズぐらいは機械と全く同じ訳ということがあったりするじゃないですか。それで、「これ同じじゃないの?」と言われたと。
サトシさん:それはよく聞きますね。翻訳者が翻訳会社に出す段階でも、翻訳会社がソースクライアントに出す段階でも、機械翻訳と言われたって。
ハナコさん:翻訳の勉強の段階で機械翻訳に関わって、機械翻訳風の文を書くような翻訳者に育ってしまったとしたら……。だけど、まあ間違ってないし、いいかな、となるからなのでしょうね。
ミサトさん:それは最初からCATツールで育ってきた人が、自分でゼロから訳してもブチブチした訳になっていても気にならなくなるのと同じ感じですね。
サトシさん:訳どころか、自分で日本語を書き起こしてもブチブチになる。
ハナコさん:でも、それを使う側や読む側もだんだんそういうのがOKになってきているから……。
サトシさん:そこが実は一番怖いですよね。世の中の文章のレベルが下がってきちゃったら、もう止めようがない。今すでにそうなりつつある気がしませんか。
ハナコさん:テレビのテロップの日本語やYahooの文章とかでも、驚くようなものがありますよね。
ミサトさん:この間、ある癒し系のお店がすごく流行っていると聞いて、そのお店のサイトを見てみたら、機械翻訳じゃないかと思うぐらいにひどい日本語だったんです。日本の会社なので、たぶんイチから書いたと思うんですけど。でも癒し系のお店に行く人が、そのサイトの文章がおかしいからといって行かなくなるわけではなくて、「あー、気持ちよさそう」とか思うんだろうなと。私はその文章を読んだら、気持ちよくなれる気がしないと思っちゃったんですけど、そう感じる人がどのぐらいいるかという話ですよね。
翻訳者としてはできれば完璧なものを出したいけど、それなりの納期や値段に対してオーバークオリティにするのはビジネスとしては成り立たないから、MTPEで問題ないレベルのものはたぶんそれでいいんだろうし、それがいやな人は違う方向にいくしかない。
サトシさん:翻訳の仕事もたぶん、二極化していくのかな。品質重視でちゃんとそれなりのペイがあるものと、MTPEとか、もしくはMTPEでなくても、その程度の訳文でいいというものとの。
翻訳だけじゃなくて世の中もそうなってくるかもしれません。9割の人は適当でいい、ごく一部の人だけがすごく日本語にこだわる。でも、人類の歴史を見るとそのほうが普通なのかもしれない。この間、「日本語って最近の言葉めちゃくちゃだよね」と話してるときに、誰かが、「でも、もともと言葉を読み書きできる人は社会のごく一部だったのが、人類の歴史何千年の間に、できる人が増えていっただけで、それがまた戻るだけじゃないの?」と極端なことを言っていました。
ミサトさん:もともと一部の学のある人たちが自分でイチから文章を書いていたのが、今の日本人は幸い、ほぼみんな読み書きができる。けれども、みんながみんな昔で言うところの上のレベルでちゃんとした日本語を書けるというわけじゃないってことですよね。
ハナコさん:たぶんきちんとした日本語を書けない人でも、公開できるようになってきたから目につくようになっただけで、今に始まったことではないともいえますね。
ミサトさん:結局、翻訳者としてどこを自分の目標とするか、何をしたいか、やりたいこととやりたくないことを明確にしておく必要はあると思います。とはいえ、どれだけ自分がイチから訳したいと思っても、お客さんがそこまで求めていないところには売れないという問題もあります。
(後編に続く)