日本翻訳連盟(JTF)

私の一冊『愉楽』

第31回:文学活動家、翻訳家(チェコ語・ドイツ語)、出版家 ことたび さん

『愉楽』閻連科著、谷川毅訳、河出書房新社、2014年

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現代中国文学を代表する閻連科の『愉楽』は、ある県知事が自らの名誉欲を満たすため、障害者村の雑技団を利用して一儲けし、ロシアからレーニンのミイラを買い取ろうと目論むという突拍子もない長編小説だ。

この作品に出会ったのは、チェコでのカフカ受容を研究していた大学院生時代。同地の文化人は皆「カフカはリアリズム小説だ」と口を揃える。ずっとピンとこなかったこの言葉の意味が、『愉楽』を読んではじめてストンと腑に落ちた。

見たこともない大金を手にして人が変わる障害者村の人々、彼らを踏み躙る「完全人」たちの容赦ない搾取。個々のシーンはシュールだが、それらが描き出す暴力の構造はぎょっとするほどリアルである。早く続きを読もうと急く気持ちと、一語一語を味わいたいという欲望が、読者の中でせめぎ合う。かくも強烈で巧みな書き手がいようとは!

あえて電車を乗り過ごし、人気のない車内で夢中でページを繰ったあの日の自分が、懐かしく思い出される。

◎執筆者プロフィール

ことばのたび社 ことたび

文学活動家。翻訳家(チェコ語・ドイツ語)。出版家。2019年より、海外文学同人雑誌『翻訳文学紀行』を毎年1号発行し、収録作品の朗読会や訳者とのトークイベントを開催している。
X(Twitter)/Instagram: translaveller. note: kototabi

★次回はイタリア文学翻訳家の二宮大輔さんに「私の一冊」を紹介していただきます。

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