日本翻訳連盟(JTF)

私の一冊『丸の内魔法少女ミラクリーナ』

第48回:プログラマー 松下 樹さん

『丸の内魔法少女ミラクリーナ』村田沙耶香、KADOKAWA/角川文庫、2023年

表題作を含む4つの短編がおさめられた文庫本である。表題作では小学校時代の魔女変身遊びを引きずっている会社員女性の日常が新鮮で、主人公が親友と昔の変身遊びを回想する部分が美しい。二番目の「秘密の花園」も小学校時代の片思いの相手との決別の話で、二作とも底辺にある男女格差あるいは非対称性を浮かび上がらせている。後半二作はSFと呼べそうな未来小説で、奇妙な設定(三話は性別が「禁止」されている高校の生徒達の物語、四話は「怒り」が忘れられてしまった社会の話)が不気味な現実味をもって描かれている。軽いタッチで描かれているが実は重たい短編集であった。

ところでこの作者が芥川賞を受賞した「コンビニ人間」は30か国語に翻訳されているということをYouTubeで知った。日本のコンビニに対応する社会的な装置は外国には殆ど存在しないにも関わらずである。作者の記述が常に具体的、時として露骨でさえあることが翻訳の際には都合がいいのだろうか。第四話「変容」には登場人物だけが知っている言葉や全く新しい言葉が使われ始めるシーンがある。この作品が翻訳されることがあったら是非読んでみたい。

◎執筆者プロフィール

松下 樹(まつした たつる)
プログラマー
1946年中国の天津に生まれる。英国でコンピューターサイエンスの学位を取得し、現在はドイツでプログラマーとして働いている。

★次回は、特許翻訳者の松藤利香さんに「私の一冊」を紹介していただきます。

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