日本翻訳連盟(JTF)

私の一冊『Big Fat Cat vs Mr.Jones』

第60回:英日ゲーム翻訳者 サラチ@EmptyLotさん

『Big Fat Cat vs Mr.Jones』向山貴彦著、たかしまてつを画、幻冬舎、2004年

2001年に出版、ベストセラーとなった「ビッグ・ファット・キャットの世界一簡単な英語の本」から派生した「英語を読む」ための「日本人による日本人のための英語」の物語シリーズ、その第5巻である。

アメリカの小さな町エヴァーヴィルを舞台に、お人よしなパイ職人の青年エドと、彼の作るパイを狙ってやまない大きくて太った猫の人生を追ってゆく、ほろ苦く、切なくも優しい物語が全7巻にわたって語られる。

紹介したいのは物語本編というより、巻末の解説である。本シリーズは本編後の解説で、物語をより楽しめるよう、その背景文化や英語という言語の魅力を紹介してゆく。日本人の知らないアメリカの町やショッピングモールの雰囲気、物語を英語で「楽しむ」ための洋書選びや、会話文を読みこなすコツ――5巻目となる本作では「失われた領域を探して」と題して、翻訳という営みについてまわる「ひずみ」を扱っている。

ある国の言葉を、文化も風土も歴史も、世界を見る枠組みも丸ごと違う、別の国の言語へ移しかえるのが翻訳だ。そのとき必ず、言葉のはざまに消えてゆくものがある。異なる言語が一対一でぴったり重なることはない。そんな「ズレ」の隙間からは、何かが失われている。

「失われているのは話し手の「心」です」と、著者はそう書く。

本稿を書くにあたって本書を再読した。今の自分が翻訳にのぞむときの心構えが、ここにすべて書いてあった。

翻訳とは何かを知りたい、悩んでいる翻訳学習者に、この1冊をおすすめしたい。解説だけを読んでもいい。1巻からエドと猫の物語を楽しむのもいい。「易しく、そして優しく」をモットーとして書かれた本書は、それを求めるあなたに、そっとよりそってくれるはずだ。

◎執筆者プロフィール
サラチ@EmptyLot
英日ゲーム翻訳者
有志翻訳をきっかけに2016年からゲーム翻訳の世界に転がりこんだ、英日ゲーム翻訳者。インディーズゲームを主に翻訳しています。原動力は好奇心。
ブログ:https://www.emptysaveslot.com/

★次回は中国語翻訳者の楊墨秋さんに「私の一冊」を紹介していただきます。

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