日本翻訳連盟(JTF)

私の一冊:翻訳書簡『赤毛のアン』をめぐる言葉の旅

第64回:韓日翻訳者 加藤 慧さん

『翻訳書簡『赤毛のアン』をめぐる言葉の旅』上白石萌音、河野万里子著、NHK出版、2022年

翻訳者としてデビューして間もない頃に、書店で見かけて何気なく手に取った。『赤毛のアン』の名場面を原文で味わいつつ、生徒役の上白石萌音さんに共感しながら、そして河野万里子さんのアドバイスと試訳に感じ入りながら読んだ。

物語と言葉に愛情を持ち真摯に向き合うお二人のやりとりは、翻訳の世界に足を踏み入れたばかりの私に道筋を示してくれた。今でも翻訳が自分の中で単なる「作業」になってしまいそうなときに読み返すと、原文に浸りながら豊かな言葉と向き合うことの悦びを思い出させてくれる。

文芸翻訳とは、まさに物語の世界の中に入り、言葉を探す旅そのものだと思う。何ごとも指先をちょっと動かすだけで答えが出せた気になってしまう時代だが、言葉の旅に出て苦楽の末に見つけた表現にこそ、原文の感動を伝えられる力があると信じている。

翻訳に携わる方々はもちろん、アンの物語、そして言葉の世界に浸りたい方に、ぜひ一度読んでいただきたい。

◎執筆者プロフィール
加藤 慧(かとう けい)
韓国語講師・韓日翻訳者。訳書に『僕の狂ったフェミ彼女』『私の最高の彼氏とその彼女』(ともにイースト・プレス)、『ドロシーマンション』(303BOOKS)、共訳書に『なかなかな今日 ほどほどに生きても、それなりに素敵な毎日だから。』(朝日新聞出版)がある。『図鑑 建築全史』(東京書籍)の共訳で英日翻訳に初挑戦した。

★次回は韓日翻訳者の原田里美さんに「私の一冊」を紹介していただきます。

←私の一冊『新訳 テンペスト』

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