日本翻訳連盟(JTF)

特許翻訳の特性と AI 時代に求められる翻訳者の役割

クライアントの声 第 2 弾
一般財団法人 日本特許情報機構(Japio)
●機械翻訳・AI翻訳を活用した特許翻訳の現状と課題

小林:それから、そもそも機械翻訳のやり方がルールベースから統計ベース(SMT)になって、そこから今はAI翻訳という形で、またちょっと違うやり方なので、学習データも前のままでも場合によってはいいかもしれないし、逆に学習データを増やしても悪い結果が出てしまうところがあります。

製品にして皆さんにシステムとして使ってもらうには、リリースする前に翻訳精度を相当に確認しながらやっていかないといけません。

しかも、分野によって違います。同じ電気分野の中の用語でも出願人によって違う言い方をしたり、違う単語になってしまったり、化学などは単語を1つ間違えただけで権利範囲が違うということが起こって、翻訳結果としては大事故になってしまうことも否めません。そこが特許の情報の難しさですね。

松元;進んでいるようで、意外と最後のところまでは行けていないという感じなんでしょうか。

小林:そこを各社さんが苦労しながら出しているんだと思います。Japioも苦労して出していますし、常に精度が上がるようにと努力しています。

一般財団法人日本特許情報機構 小林 明 専務理事

JTF様の会員には、翻訳者の方が多くいらっしゃると思います。機械翻訳の開発にもその方々の介在がとても大事だと思います。

「機械でやった、ある程度できた」と、そういう情報で利用目的が達するのであれば、お客様は納得するかもしれない。例えば、検索システムである程度検索して、内容をざっと読み、その後は自分で原文を読みにいくという方であれば、機械翻訳文の品質は検索に適しているものが有効でしょう。

しかし、権利書や手続き書類の翻訳であれば、先ほど言ったように単語1つ間違えたらおかしいことになってしまうし、あまりないとは思いますが肯定文が否定文になったり、文章のつながりがおかしかったりということが起こるリスクを理解している身としては、権利文書を作成する場面では、人がちゃんと介在しないといけないと思っています。

あとは、技術や発明の進歩ですね。特許はやはり技術の進歩によって生まれる発明が出願されていくので、新しい技術用語が生まれてきたり、新しい表現の仕方が出てきたりする。例えば、ここに全く新しい材料で作られた(眼鏡)ケースがあって、「(眼鏡)ケースという言葉を使わないで、これを説明してください」と言った時に、たぶんAさんとBさんでは違う言い方、表現をすると思います。

その差が、翻訳文になった時にはもっと出てくるでしょう。発注者の意や技術的理解があって、ちゃんと翻訳できるか、ということが大切だと感じています。

松元;新しい概念ですからね。

小林:新しいものができると、出願者は苦労して文章を作るわけです。それが日本語と外国語になったら、それを学習データとして使って、蓄積していかないと機械翻訳自体が陳腐化するわけです。新しい技術が出て、その情報を持っていなければ知らないわけですから。

松元:なるほど。AI自体が結局、世の中にある情報を全部最適化して出している答えなので、そういう意味では新しい概念は無理ですね。

小林:新しい概念はあまり得意じゃないと思いますね。なんとなくほかのものとの感じで似ているから、それを出力するということはあると思うんですけど。

松元:クリエイティブな部分は難しいですね。

小林:そういうものに対応するためには、やはり人ですね。そのもの自体をよくわかっていて、その元の文章を作った方とコミュニケーションできて、理解できて、ちゃんと外国語にできる人じゃないといけないと思います。

そういう情報を機械翻訳に使うことによって、過去の文については機械翻訳の情報でもある程度いけます。しかし、完璧を求めるのであれば、最後は人が見る、専門家が見る。翻訳者の方や、特許だと弁理士がちゃんと見て確認をして、権利範囲にしていく。

その後、発明を使い、売り上げが上がり、特許権によって真似されないということですから、権利取得は必須ですよね。なので、手続きする文章に間違いが起こると大変なことになります。「日本ではこの権利だったのに、外国に来たら別物になっていた」となったら大変ですよね。そういうところの大変さがあるので、やはりわかる人でコミュニケーションできる人の介在が必要だろうと思います。

●AIがより進化した時代に向けて

松元:AIがどんどん進んでくると、特許明細書を書くこと自体、AIがやれるようになるでしょうか。初めからAIにアイデアを言って「こんなものを作ってくれ」と言ったらできてくるような時代も来そうな気がしますが。

小林:そういう時代が来始めているようです。この間の「2025知財・情報フェア&コンファレンス」でも、そういう形でアイデアの元を明細書の形にした、発明の文章にしたと発表されていた方もいらっしゃいました。そうやってどんどん新しいものができてくるという感じにはなりそうだと思います。

それで特許出願をして、でも実際にそういうものができるかどうかというのは実験して確かめた上でやらないといけません。できないものをいくら文章にして特許出願して、もしかして特許になってしまったとしても、結局、実物として売れなければ出願費用や弁理士費用などばかりがかかって、出願者は得しないわけですから。経済的な収支が必要な制度ですので、その辺の塩梅はあると思いますし、間違いが起こるといけない世界だと思います。

小林:AI時代に求められる言語力、表現力ということでは、標準的な表現、新たに生まれてくる表現があり、発明の場合には、技術的なことを客観的に書くことが必要です。ほかの人が読んでも同じように理解できる形で文章を作っていかなければいけません。そのような表現力を付けるためにJTFの翻訳祭はできるだけ行くようにしています。そういうイベントは大事だと思っています。

●日本の特許出願増加が期待される分野

松元:近年、中国の特許数がアメリカを大きく抜きました。かつては日本も非常に特許出願件数が多かったと思いますが、今後の日本の出願状況はどうなっていくと思われますか。

小林:日本の企業がどう活動するかということだと思います。企業自体はグローバル化して、それが良いか悪いかは別にして、日本の企業の名前がついているけど日本の経営者ではないという状況の中で、どういう発明を生んでどこでどういう事業につなげていくかということに関わってくると思うんです。

AIがブームだというのでそういう方向の特許出願も増えるでしょうし、人が生きていく上で必要な医薬やバイオ、再生可能な技術、そういうものは必然的に増えるでしょう。「これを発明しました。誰でも使ってください」となったら発明するまでにかかった費用を回収できませんから。ちゃんと特許として権利取得して、世の中からリターンをもらって、さらにその先に進む投資につなげられるのが特許制度なので、そういう循環を回していくために、そういった分野の出願が増えると思います。

また、日本はモノづくりが上手なので、機械系の分野も増えてほしいなと思います。実際に増えているかどうかは、GPGでもそういう分野の特許の分類で検索して件数がぐんと増えているかというと、そうでもなさそうに見えたりしますので、微妙なところがあると思います。特許庁が毎月発表している統計速報では、特許出願自体は徐々に増えている感じです。

松元:日本では特許出願に関する訴訟はあまり多くない印象があります。一方、海外では特許紛争やいわゆるパテントトロールによる訴訟が頻繁に起こり、すぐに訴えられるケースも少なくありません。そう考えると、日本ではそのような事例が比較的少ないように感じられますが、実際のところはどうなのでしょうか。

小林:そこは表に出ていないのかもしれないので、正確なところはわからないですね。あえて「私の権利を踏んでいますよ」と公には言わずに、相手に直接言う。それで当事者間だけで何かが起こって済んでしまえば表に見えないですし、「裁判で訴えます」となってはじめて表に見えてくる。

松元:なるほど。例えばお金で解決したり、「あなたのこの特許を使わせてください」ということで何らかのバーターが行われたりしているかもしれないですね。

小林:はい。紛争にならなくても、経済的な交渉や何らかの契約などはあるかもしれません。

●AI時代における翻訳者の役割

松元:AIの時代になって、今は若い人が、「翻訳者になってももう食べられない」と思うようなイメージが強くなってきていると思うのですが、「AI時代であってもこういうところはやはり人間でなければ」とか、今後、特許翻訳者が心がけておいたほうがよいこと、AIの時代にこういう方が活躍できるんじゃないかといったことをお伺いできますか。

小林:おそらく従前は、日本語と外国語がわかるから、あとは何かで調べものをすればできる作業として、翻訳を仕事にできると考えて参入されてくる翻訳者の方もいらっしゃったのではないかと思いますが、今はそれではもたない状態になってきているんじゃないかと個人的には思います。

これからは「自分はどの分野の翻訳に関心を持ち、専門性を築いていくのか」という姿勢が重要でしょう。原文を外国語にするときに、特許であれば技術だから客観的な意味とは言いつつその技術の背景にあるのはこういうものだから、これはこう表現しておくのがいいとか、外国語だとこんな言い方をしているというのをわかっていて、こういう風に表現した方がいいと考えて翻訳する。それにはやはりプロとして興味を持っていないと。ただ、作業者として、単語を引いて文章にするというレベルでは足らないのではないのでしょうか。自分の専門性を作っていくというところが大事だと思います。

機械翻訳がどんどん進化してくる中で、機械翻訳を毛嫌いするというのではなくて、機械翻訳の実力も理解しながら自分の得意なところ、お客様に売れるところはなんだろうかというアピールポイントを持てる翻訳者さんが優遇される、お客様から指名される翻訳者になっていくんじゃないかなと思います。

松元:それは、ポストエディットというわけではなくて、もっと内容の理解を深めた上で翻訳を提出できるということですよね。

小林:もちろんそうです。ポストエディットの状況に詳しくないのですが、ポストエディット対象となる機械翻訳の結果や要求されるポストエディットのレベルで、前後の文章も参照しながらポストエディットを進めるのは、けっこう時間も手間もかかって大変な仕事だと思います。ポストエディットの仕事を毛嫌いする方もいらっしゃると思いますが、プロの翻訳者としてポストエディットを経験することで、ご自身の仕事を取り巻く技術的変化や翻訳会社等発注者の要求の変化に気づくことになり翻訳者としての仕事を進化させることになるでしょう。

一般財団法人 日本特許情報機構 小林 明 専務理事と松元 洋一 JTF ジャーナル編集長
●機械でできる翻訳、人でしかできない翻訳

松元:今後もITや製薬などの分野からどんどん新しい技術が出てくるということで、特許翻訳の仕事自体はそんなに減ってくるわけではないと思いますがどうでしょうか。

小林:減ってくるわけではないと思います。出願人ないしは弁理士の方から翻訳会社さん、翻訳者さんにお願いすることは、それなりにはあると思います。

松元:でも、そのやり方が今までとはちょっと違う形で、機械を使いながらという感じでしょうか。

小林:そうだと思います。ユーザーが翻訳結果を見るまでのタイムラグを減らしたいと思えば、機械である程度見る必要性があるし、その上で、「でもこの辺が大事だからちゃんと見て」となると、全部を例えば1週間ではなく1日で見て、あと3日でこの部分だけ、というようなやり方をするので、そういう使い方、やり方も変わってくる。その中でどうされるかということですね。

松元:メーカーさんもスピードが速くなって単価も下がった分、たくさん出してくれれば翻訳者にとってはいいんですけど、そうはいかないですかね。実際には東京都の最低賃金を切っているんじゃないかみたいな案件もありますからね。翻訳が難しいのは、バッとできても1箇所でもつまずいたら、それを調べるのに1日かかることもある。でもそこはやはり人間にしかできないのかなという気もしますし。

小林:おっしゃる通りです。特許翻訳は今後も必要とされ続けますが、機械翻訳と人間翻訳の役割分担が進む中で、専門性と興味を持った翻訳者こそが活躍できる時代になると思います。

松元:確かにそうですよね。本日はたいへん参考になるお話をお聞きできました。どうもありがとうございます。

小林:こちらこそ、ありがとうございました。

(2025年10月28日、一般財団法人 日本特許情報機構にて)

◎プロフィール
小林 明(こばやし あきら)
一般財団法人 日本特許情報機構 専務理事(特許情報研究所長)/弁理士
1985年に特許庁に入庁し、審査・審判の経験を経て、電子情報管理室長、情報技術企画室長等として電子化が進む特許情報の国際的な活用の促進に従事する。2016年より日本特許情報機構の特許情報研究所長として、技術情報の宝庫である特許情報のAIを活用した見える化や世界中の特許情報を日本語で検索・速読ができる環境作りに励んでいる。

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