私の一冊:『上田敏全訳詩集』
第68回:台湾文学研究者、翻訳者 橋本 恭子さん

私は現在、台湾を研究フィールドとし、訳すのも基本的に台湾のものだが、大学時代はフランス文学を専攻していた。それにはヨーロッパの近代文学に深く傾倒していた変わり者の父の影響が大きい。父は経済的な豊かさを求めず、生活は苦しかったはずだが、なぜか子どもたちに本だけはふんだんに与えてくれた。それも『小公女』や『小さな魔女』『みどりのゆび』など、ほとんど海外のものばかり。父はやがて私に西欧の近代詩を暗唱して聞かせてくれるようになるのだが、それが私と上田敏との最初の出会いだった。
ただ、仏文科に進んでボードレールやベルレーヌ、マラルメの詩を原文で読むようになると、上田敏の訳詩はやたら古めかしく、古色蒼然とした明治文学でしかなくなった。その印象がガラリと変わるのが、博士論文で比較文学者の島田謹二に取り組んでからだ。
島田による上田敏論はことのほか魅力的で、私はようやく上田の訳業の偉大さを知ることとなる。海外への渡航も難しく、ましてやインターネットなどない時代に、三十歳になるかならぬかの若き俊英が、横文字で書かれた詩句を味わい尽くし、和語や漢語、カタカナを縦横に駆使して、東西を横切る新たな日本語世界作り上げたことを私はようやく理解し、驚嘆せざるを得なかった。大正時代に生を受けた父の世代の青年たちは『海潮音』にどれほど魅了されたことだろう。
これが刊行されてからすでに120年になる今日、上田敏の訳詩はいつの間にか私の口からも自然に出てくるようになった。「時は春、日は朝(あした)、朝(あした)は七時、片岡に露みちて、揚雲雀なのりいで、蝸牛枝に這ひ、神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し」と。
◎執筆者プロフィール
橋本 恭子(はしもと きょうこ)
台湾文学研究者、翻訳者。訳書に張小虹『フェイクタイワン』、李玟萱『私がホームレスだったころ』など。現在、李玟萱『茶室女人心』の翻訳を進めており、春秋社から刊行予定。
★次回は韓国文学翻訳者の吉良佳奈江さんに「私の一冊」を紹介していただきます。
