日本翻訳連盟(JTF)

北陸の技術を世界に伝える(前編)

講演者:株式会社IPアドバイザリー代表取締役 宮崎幸奈さん

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●特許翻訳のポイント-技術用語

そして、特許翻訳で注意するポイントを6つ挙げてみました。


これは、だいたい皆さん同じような認識かなと思います。特許翻訳は、技術の知識と法律知識の両方を備えていなければならないと言われています。この6つについて、詳細な例を挙げながら説明したいと思いますが、時間の関係から一部をご紹介します。

まず、特許翻訳で注意するポイントの一番として、技術用語というものがあります。

例を挙げると、「image」という英語の動詞があったとします。動詞のimageに当たる日本語として、「画像形成」「撮像」「結像」などいくつかありますが、それぞれ意味というか働きが違っていて、デジタルから単に画像を形成していくようなものは「画像形成」ですし、「撮像」はカメラなどを使ったもの、「結像」はレンズというように、実は細かく違っています。そこで、「この特許はどのimageを言っているのか」ということを見極めた上で単語を抽出しなくてはならないという難しさもあります。

難しいけれども、大事な部分以外のところ、図面と明細書といった細かく書いてある書類に必ずヒントはありますし、そこをしっかり読めばこの3つのどれがいいかを選ぶことができます。

次に、私が最近言われたことから紹介します。

例えば、「produce ○○○」「make ○○○」「fabricate ○○○」など、「○○○をつくる、製造する」というときの用語は、その○○○が完成品のときと部品のときでは日本語が違うということです。部品の場合は「製造」という言葉を使ってはダメで、「製作」とか「作製」にするということを最近教わりました。

それから、よくあるのが「spaced apart」です。物と物を離しておく、コネクテッドではない状態を言うときに、特許でも必ず出てくる言葉です。これは「離間」と訳されることがほとんどだと思います。しかし実は「離間」ではなくて「離隔」を使いなさいということです。なぜかというと、「離間」のほうは人間同士の間柄を離すことという意味で、物のことを言っている場合は、「離間」ではなく「離隔」であると1年ぐらい前に教わりました。これだけ長い間、特許翻訳に携わっていても、いまだにこういう新しい発見があります。

法律用語については割愛します。

●特許翻訳のポイント―特許法

次に特許法です。特許翻訳をするときに、なぜ特許法についても知っておかなければならないのかと思うかもしれませんが、法律によって翻訳の方法が影響を受けることがありますので、知っておくとクライアントの人は嬉しいかなという情報です。

国際的な出願を行う場合に、「PCT」と「パリルート」と「バイパス」の3つがあるのですが、それぞれでミラーなのか修正をしてよいのかなどが変わってきます。だいたい「これはPCTです」などの指示があるかもしれませんが、自分でも注意しないといけないところです。

●特許翻訳のポイント-ルール・フォーマット

それから、特許と言えば、「前記」です。

先ほど言った「特許請求の範囲」は、権利に絡むので特許の大事なところですから、何かモノが出てきたら、構成要素を明確に一つずつ定義しておく必要が生じます。

「今出てきた『これ』は、先ほどの○○である」などと必ず言わなければなりません、それを言うための単語が日本語では「前記」で、英語では「the」とか「said」と書かれています。

これだけならいいのですが、本当はtheがなければいけないところにtheがなかったり、aになっていたり、aなのにtheになっていたりする場合は、見つけたら報告します。これもけっこう大変です。

●特許翻訳のポイント-長くて複雑な文章

先ほど冒頭のほうで、一つの操作を表すにもすごく長い文章になると説明しました。次の図の例は、さっきと同じところなんですけど、今赤色になっているのは前置詞、副詞などです。

どの順序に持っていくかは、普通のマーケティング翻訳などでも考えると思いますが、特許の場合、「係り受け」、つまり、「ここを前にしたら何に係る」ということを全部に対して仮定します。要は、この「○○の前に」「○○に沿って」のようなものの順番が逆になるとまずい場合があるので、順番も大事です。

●特許翻訳のポイント-機密保持

特許で注意するポイントの最後は、機密保持です。


特許を特許庁に申請して、特許になる要件の一つに、「新規性」というものがあります。これは、今まで世に同じものがないという条件です。当然その翻訳をしている段階でまだその国には存在していない技術ですから、この時点で例えば漏えいなどがあってはまずいことになる可能性があります。かつ、その企業の規模が大きければ損害額もものすごいことになりますので、機密保持は絶対守らなければならないこととしてやっています。

●特許翻訳の究極のポイントとは

いろいろ細かいことを言いましたが、特許翻訳の究極のポイントは、「誰が読んでも(何人が何語で読んでも)一通りの解釈となり、疑義の余地を残さない」ということです。

これも実際やってみるとすごく難しいのですが、例えば日本語で「ミカンは目がついています」と言ったら、もうそれはどの国に行っても、言語が変わっていても、全く同じものを反映しなければなりません。これを念頭に置いて仕事することです。

小手先のテクニックやいろいろやり方、パターンなどを覚えて、それをそのまま適用してもダメなときがありますので、この考え方は普遍的、本質的に重要だなと思って私は仕事をしています。

●「請求項」と「クライアントファースト」

よい特許翻訳のためにということで、もし今から特許翻訳を勉強される方がいらっしゃいましたら、私がおすすめしたいのは、「請求項」を書けるようになることです。

これは法律で保護される重要な部分で、まず自分の言語、日本人ならば日本語で書けるようになるといいと思います。本来は弁理士の仕事なのですが、翻訳してみるとわかるように、この知識があるとないとでは全然変わってきます。今はユーキャンなどの弁理士の先生がやっている安い講座もあるので、ぜひ自分でも請求項を書けるようにトライしてみるといいと思います。

それから、「クライアントファースト」です。特許のステークホルダーはたくさんの人が関与すると先ほどお話ししましたが、彼らが言ってくることは、結局、過去の経験に基づいていることが多いです。「前はこうやって訳したら『特許にならないよ』と言われたから、こうしてください」などと、これまでの判例や自分たちの経験から「こうしてね」と言ってくることがよくあります。

やはり特許の最終目的は、美しく翻訳することではなく、権利を取得することなので、ここは守っていかないといけないところかと思います。

●特許翻訳のための日々の工夫

それから、よい特許翻訳のために私が日々心がけていることを挙げます。重要度によってミカンの大きさを変えているので、大事なことからいくつか説明します。

まず、産業全体を把握すること。特許翻訳をするときは、技術内容をよく理解しなくてはならないので、その技術の勉強をしなさいとか本を読みなさいとよく言われるかと思います。私の場合はそれだけではなく、サプライチェーン全体で把握するようにしています。要は、完成品としてまず何があって、その中の何の部品をやっているのかということを把握すると、特許を読み込むときにすんなりとストーリーが理解できるようになるので、ここは常に世界の情報として把握するようにしています。

もう一つ、他の業界との交流は率先してやっています。それによってフレーズの引き出しなどももちろん広がりますし、人として、ビジネスマンとしてのレベルアップにも繋がります。翻訳を仕事にしている人は職人気質の方が多いかもしれませんが、そうするとどうしても同じほうに向いてしまうかもしれないので、外部からの刺激はあったほうがいいと個人的に思っています。

それから、図のミカンは小さいんですけど、機器のスペックを上げること。特に超絶おすすめしたいのは、Intelの最高峰CPUのCore i9です。翻訳している時にTradosなどいろいろなものを同時に使うことがあると思いますが、ハイスペックのCore i9だとネットワークの速さなどもすごく変わってきます。私は本当にいろいろな人に言っているのですが、これは投資した分、必ず元が取れる、後から必ず納得できると思います。

以上が、私が日々工夫していることです。(後編に続く)

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◎講演者プロフィール

宮崎幸奈(みやざき ゆきな)

株式会社 IP アドバイザリー代表取締役。石川県白山市出身。関西外国語大学短期大学部を卒業後、日本銀行金沢支店に勤務したのち、家族の帯同により上海に渡る。帰国後、PFU テクノコンサル株式会社知的財産プロジェクトへの参加を経て独立し、地元石川県で株式会社 IP アドバイザリーを設立。知的財産翻訳検定(英語 1 級および中国語)や AIPE 認定知的財産アナリスト(特許)試験に合格し、質の高い特許翻訳、特許調査・分析、知財コンサルティングサービスを提供している。知財を軸とした経営支援により、中小企業の付加価値を向上させ、日本を強くすることをミッションとしている。

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