日本翻訳連盟(JTF)

ISO規格の最新動向

ISO/TC 37/SC 5高松総会参加報告

  1. ISO/TC 37の概要と翻訳部会(WG 1)報告
  2. 通訳部会(WG 2)と通訳機器(WG 3)の規格について
  3. WG1の技術仕様書(TS)、WG12の翻訳基調文書の標準化、通訳翻訳に関する用語調整グループ(TCG)の開発状況について
3. WG1の技術仕様書(TS)、WG12の翻訳基調文書の標準化、通訳翻訳に関する用語調整グループ(TCG)の開発状況について

ここでは、翻訳部会(WG 1)で新たに開発が進められている技術仕様書 2 件、翻訳を基調とした文書作成部会(WG 12)による要求事項、および通訳翻訳に関する用語調整グループ(TCG)の活動について、高松総会での議論を踏まえて報告いたします。

ISO/TS 25368「司法・公的機関向け認証翻訳」の開発状況

欧州法務通訳翻訳協議会(EULITA)がプロジェクトを進めている ISO/TS 25368 Certified translations for judicial settings and public authorities は、2024 年 10 月の新業務項目(NP)投票において賛成多数で採択が決定し、現在作業原案(WD)段階での検討が進められています。

この技術仕様書は、司法機関や公的機関における認証翻訳の品質基準、手続き、および翻訳者の資格要件を定めるものです。特に法廷での証拠書類、公的文書、契約書類などの翻訳において、法的効力を持つ認証翻訳の統一的な国際基準を確立することを目的としています。高松総会では、各国の法制度の違いを考慮しながら、認証手続きの標準化について活発な議論が行われました。

会議の様子

現在、翻訳者の資格認定、品質保証プロセス、機密保持義務、責任範囲などの主要項目について詳細な検討が進められており、ISO/TS 25391と同様に2025年10月の委員会原案(CD)投票開始を目標としています。本規格は法務翻訳分野における品質向上と信頼性確保に重要な役割を果たすことが期待されます。

ISO/TS 25391「組織内翻訳担当部署のガイドライン」の大幅改訂

日本とオーストリアがプロジェクトを進めている ISO/WD TS 25391 General guidelines for in-house translation departments (2025 年 5 月までの議論で、タイトル内の「translation departments」を 「translation service units」に変更)は、高松総会において 2025 年 6 月 25日の終日にわたる集中的な検討を実施し、大幅な改訂が行われました。

主要な改訂内容としては、組織内翻訳担当部署の機能に関する章を抜本的に再構成し、実務的なガイダンスを大幅に強化しました。新設された項目には、組織内翻訳担当部署への早期相談体制の確立、外部委託管理における組織内翻訳担当部署の戦略的役割、業績測定指標の設定、通訳・ローカライゼーション等の関連サービス、継続的専門能力開発の重要性、他組織との比較評価プロセスが含まれます。

用語定義の充実では、「言語資産(linguistic assets)」および「保護情報(protected information)」の定義を新設し、組織内翻訳業務における専門用語の明確化を図りました。翻訳技術に関する章では体系的整理を行い、特に AI 翻訳技術使用時の倫理的・法的配慮を強化し、非人的翻訳アプリケーションの適切な使用に関するガイダンスを詳細化しました。

これらの改訂により、組織内翻訳担当部署の戦略的役割がより明確に定義され、組織内での地位向上と業務効率化に向けた具体的指針が提供されることになります。2026 年 3 月予定の委員会原案投票を 2025 年 10 月に前倒しすることを目標としており、順調な進展を見せています。

ISO CD 18968「翻訳志向文書作成」の最終段階

ISO/TC 37/WG12 Translation-oriented writing においてドイツがコンビーナ、プロジェクトリーダーを務める「ISO CD 18968」は、翻訳を前提とした効率的な文書作成に関するガイドラインとして、ほぼ最終段階に達しています。2025 年 6 月 23 日の第 13 回会議では、7 月中の国際規格案(DIS)投票提出に向けた最終調整が行われました。

主な決定事項として、技術用語「hard return」を「hard break」に修正することが承認されました。また、ISO 20539(翻訳・通訳関連技術用語集)への直接リンクを設置するとともに、年次フォーラムでの ISO 11669:2024 - Translation projects — General guidance プロジェクトリーダーの発表における利用者利便性向上の原則に基づき、重要な用語を本文に引用して標準の自己完結性を高めることが決定されました。

今後の展望として、新規専門家の参加促進策として教育機関での標準化講義実施、テクニカルライターや翻訳者、言語制御ツール開発者の専門団体への働きかけ強化が合意されました。本標準発行後はワーキンググループを解散し、3 年後の体系的見直し結果に応じて必要時に再招集される予定です。

TCG「用語調整グループ」による統一化推進

欧州議会通訳部門の専門家がコンビーナを務める ISO/TC 37/TCG(用語調整グループ)第46回会議では、「翻訳・通訳関連技術用語集」であるISO 20539:2023 Translation, interpreting and related technology — Vocabulary の改訂検討が主要議題として取り上げられました。

ISO 20539 改訂の重要性は、急速に発展する AI 翻訳技術や新たな通訳技術に対応した用語体系の整備にあります。改訂作業の時間表決定と専任プロジェクトチームの任命により、翻訳・通訳分野における技術用語の国際的標準化が一層推進されることになります。

SC 5 内の用語統一では、翻訳(WG 1)、通訳(WG 2)、通訳サービス設備・機器(WG 3)、通訳・翻訳教育・訓練プログラム(WG 4)の各ワーキンググループ間での用語調整が重要な課題として議論されました。この統一化により、各技術仕様書や国際標準における用語の一貫性が保たれ、より実用性の高い標準化文書の作成が可能となります。

総括と今後の展望

これら 4 つのプロジェクトは、翻訳・通訳業界の異なる側面における標準化を推進するものです。ISO/TS 25368 は法務翻訳の品質保証、ISO/TS 25391 は企業内翻訳の効率化、ISOCD 18968 は翻訳前段階での文書最適化、TCG は専門用語の統一化において、それぞれ重要な役割を果たします。これらの国際標準が整備されることにより、翻訳サービス全体の品質向上と専門性の確立が期待されます。

報告者
京都外国語大学外国語学部英米語学科教授
佐藤晶子

日本翻訳連盟個人会員。JTF ISO 検討委員会委員。現在京都外国語大学外国語学部英米語学科教授。2016 年、個人として『ISO17100:2015』認証を取得し3回更新を行っている。『ISO9001:2015』審査員補。組織内翻訳の業務年数が長く、組織内翻訳者に関する人事、労務管理の視点からのガイドライン策定は必須であると考えている。経済産業省「戦略的国際標準化加速事業」に採択され、ISOTC37 SC5 委員、プロジェクトリーダーとしてオーストリアの委員とともに ISO/TS 25391 Guidelines for in-house translation service units を策定している。

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