日本翻訳連盟(JTF)

私の一冊『中国哲学簡史』

第61回:中国語翻訳者 楊 墨秋さん

『中国哲学簡史』馮友蘭著、趙複三訳、三聯書店、2009年

今回ご紹介する『中国哲学簡史』(著:馮友蘭)は中国哲学の定番の入門書とも言える一冊です。中国の著者による中国哲学の中文書ではありますが、正真正銘の翻訳書です。

この本はもともと著者がペンシルベニア大学で教鞭をとっていた頃にまとめた講義資料をもとに、1948年にアメリカで出版されたものでした。当時の題名は「A Short History of Chinese Philosophy」。

今中国で流通されている訳本は二種類あり、それぞれ1985年の涂又光訳と2004年の趙複三訳となります。ただ、ざっと見た限りでは訳者の名前がカバーに載っている版はひとつもありません。

私が読んだのは新訳のほうでしたが、訳者の名前は訳者あとがきにしか書いておらず危うく見落とすところでした。

この本の第一章にはとても記憶に残った言葉があります。「曾見郭象注『莊子』、識者云:卻是『莊子』注郭象」という大慧宗杲の言葉と、「有似嚼飯与人」という鳩摩羅什の言葉です。

中国の哲学書は非常に簡潔で奥深いため、その時代の読者のために注釈をつける役割が必要になります。郭象は『莊子』に注したことで知られる西晋の思想家でした。

一つ目の言葉は「郭象が『莊子』を注したように見えるが、本当は『莊子』が郭象を注したと言ったほうが妥当だ」というような意味です。つまり、書き加えられた注をすべてひっくるめても、原典の持つ深みには及ばない、ということです。

そして二つ目の言葉は、「(翻訳とは)飯を噛み砕いて人に与えるようなもの」という意味です。鳩摩羅什とは五世紀頃に仏典を漢訳した中央アジア生まれの僧で、同じ翻訳者としてこの言葉を共感を覚える方も多いのではないかと存じます。

◎執筆者プロフィール
楊 墨秋
中国語翻訳者
ゲームからはじまり、字幕、漫画/Webtoonを経て、とうとう小説にまで手を広げてしまったエンタメ翻訳者。
https://note.com/youbokushu/

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