私の一冊:『AI時代に言語学の存在の意味はあるのか? 認知文法の思考法』
第70回:フランス語翻訳者 井田 海帆さん

翻訳を生業にしていると、「機械翻訳の性能が上がってきて、もうその仕事ヤバいんじゃない?」などと言われる。なんなら聞き飽きてきた頃合いである。いまいちピンとこないまま「いやぁ…ねぇ」などと濁すのが常なのだが、私は自然言語処理の研究者を志していた時期もあるため、もう少しまともに説明なり反論なりするべきだとも思ってきた。なお、現在の大規模言語モデル(LLM)の隆盛に資するような研究をしていたとはとても言えないため、石を投げるのは少し待っていただきたい。
今回「私の一冊」に選んだ『AI時代に言語学の存在の意味はあるのか?』は、チョムスキーの生成文法を参照しながら認知文法という比較的新しいアプローチを紹介し、その視点からLLMの穴を提示する、ありそうでなかった本である。認知文法では、話者の捉え方がことばの意味を定義するという立場をとる。捉え方には話者自身の経験が避けがたく反映され、その意味で、人間が使っていることばとLLMが全く同じものになることは当面ないと言えそうだ。
言語学徒にとって刺激的な内容であるのはもちろんのこと、錯視をはじめとする人間の認知にまつわる身近な話題も織り交ぜられ、読み物としても抜群の面白さである。
人間にとってことばとは何なのかは言語学のおこりから扱われてきたテーマであるが、ことばにとって人間とは何なのかという新たな視点に立ってみれば、「ヤバいんじゃない?」という指摘にピンとこないのも危機感の欠如とばかりは言えないのかもしれない。
◎執筆者プロフィール
井田 海帆(いだ みほ)
フランス語翻訳者。カナダ・ケベック州のフランス語に特に関心があり、ケベック・バンド・デシネ盛り上げ隊としても活動中。訳書に『男の皮の物語』(ユベール(作)ザンジム(画)/サウザンブックス社)、『おんどり なんてなく?』(マリー・ダルム=リゾ作/ワールドライブラリー)。現在、サン=テグジュペリのケベック滞在を描いたバンド・デシネ『Le Prince des Oiseaux de Haut Vol』(フィリップ・ジラール作/花伝社)を翻訳作業中。
https://note.com/umipan
★次回は英日翻訳者の廣瀬麻微さんに「私の一冊」を紹介していただきます。
