日本翻訳連盟(JTF)

1-C 中国語翻訳の品質管理

村井 見栄子 Murai Mieko

ミエトランスレーションサービスCEO。神戸商科大学商経学部卒。大阪外国語大学地域文化学科、中国雲南大学、台湾逢甲大学にて中国語を学ぶ。フリーランスの中国語翻訳者を経て、2007年にミエトランスレーションサービスを台北で設立。中国語繁体字を専門とする翻訳会社として、お客様と自社と翻訳者のトリプルウィンを目指した独自の品質管理システムを構築。YouTubeチャンネル「Lit小学堂」の運営など翻訳者の養成にも力を注ぐ。「ターゲット市場の消費者ニーズにあわせたモノづくり」をモットーに、日本や欧米などの海外企業から産業翻訳やゲームなどのコンテンツローカライズを中心に多数案件を受注。
 
報告者:渡辺 恭代(翻訳通訳者)
 



 本セッションの対象は翻訳者、翻訳通訳学習者、翻訳通訳会社の実務者、クライアント企業で、実際に自社で行われている独自の中国語翻訳の品質管理を中心に、終始多くの事例を挙げて詳しい解説が行われた。東アジアにおいても重要な役割を担う台湾の翻訳会社への期待度が増した。

中国語の簡体字と繁体字

 中国語と一口に言っても、中国、香港、台湾のそれぞれで異なる歴史的背景があり、時代を経てもなお、北京語、広東語、台湾語などの違いがある。そして、中国では簡体字、台湾と香港では繁体字が使われており、文字自体が全く違う(【例】日本語:開発/簡体字:开发/繁体字:開發)。一見よく似ているが、よく見ると違う文字もある(【例】簡体字:黄/繁体字:黃)。表現自体が異なるものもある(【例】日本:タクシー/中国:出租车/香港:的士/台湾:計程車)。また、読点を打つ位置も違う(【例】簡体字:、(下側):/繁体字:、(中央))。このように、簡体字の文字を繁体字へ単純に置き換えただけでは台湾や香港向けの書類にはならないのだ。

台湾語翻訳

 台湾語に翻訳してくださいとよく依頼を受けるが、いわゆる台湾語というのはほとんどが話し言葉であるため、台湾語でビジネス文書を作ることはまずない。台湾で使用している繁体字の中国語で翻訳する旨をお客様にはお伝えする。台湾で使われている言葉は、中国語(台湾では国語とも言う)、台湾語(閩南語)、客家語、各先住民族の言語であるが、台湾の4大新聞も中国語で書かれている。一方、インパクトのある新聞などの見出しを作るために、台湾語を音から漢字に変換することもある。台湾の交通機関では中国語、台湾語、客家語と英語でのアナウンスが流れる。テレビでは、先住民族の言語を用いた専門チャンネルもある。

台湾の翻訳市場

 台湾の人口は2350万、日本の20%弱。台湾の政府機関が発表した台湾翻訳業界に関するSWOT分析(台湾国家教育研究院調査)では、翻訳市場は日本円で約37億、日本市場の数パーセントにすぎず、規模はまだ小さい。強みは、語学と科学技術にたけていること。多言語社会で、ITや半導体産業の先進国でもある。弱みは、政府の翻訳基準が整っていない点。また、民間の翻訳者養成スクールがほとんどなく、アカデミックなものに限られていることだ。機会の項目では、翻訳からDTPまでできるとされている。脅威の項目で注目したいのは、中国との価格競争だ。

 独自に調査した台湾民間翻訳会社のSWOT分析では、台北翻訳商業公会に加盟している翻訳会社は約50社、自社ドメインがある会社はわずか30%。移民手続きや公証サービスに特化している翻訳会社が多い。強みは、簡体字と繁体字の違いを熟知している点と中国のように情報規制がないためリサーチが自由にできる点だ。弱みは、政府の認証制度が整っておらず、翻訳会社のポジショニングが低いこと。機会の部分は、中国、香港やシンガポールと言った中国語圏の窓口として海外市場が開拓できることだ。国民性や歴史的背景などが日本に近い台湾は、窓口になりやすい。また、法人設立の外資投資手続きが透明化されており、外国人でも翻訳会社を設立しやすい。脅威は、グローバル展開の外資系翻訳会社と比べると、資金面では太刀打ちできない点だ。そして、台湾は中国より価格が高いとのご指摘をよく受けるが、台湾の人件費は日本と比べてもそれほど低くないため、それなりの価格になる。

 深圳のマーケティング会社がまとめた中国の翻訳市場に関する報告書では、小規模の翻訳会社がほとんどで、品質があまり良くないと書かれている。興味深い点は、政府が定めた厳しい翻訳ガイダンス(提携している中国の翻訳会社でも使用しているという『言語規範手冊』中国遠東出版社)があることだ。文章の書き方、使用禁止用語や句読点の使い方など詳しく決められており、政治的要素も含まれている。

中国語翻訳・ローカライズの品質管理

 翻訳会社で行われている一般的な品質管理には次のようなものがある。1. 翻訳、校正、品質管理3段階の作業工程。2.翻訳及び校正ガイドラインの配布。3. CATツールやOfficeのマクロ機能の活用。Office のマクロ機能の活用について具体的に言うと、繁体字から簡体字へのリライトでは、Wordのマクロ機能でチェックする。日中翻訳では、フォントを変えて目視チェックを行う。英数字誤植チェックでは、Wordのハイライト強調表示で目視チェックをする。

 お客様のビジネスを成功に導くために行っている独自の品質管理に、4.リソースマネージメントがある。週に50名の応募に対してトライアル合格者は数名のみ。トライアル合格者には、翻訳テクニック、Officeや翻訳ツールの基礎を学ぶオンライン動画研修を受講していただく。次に、実際の案件を使い、翻訳料もきちんとお支払して試し発注を3回行う。トライアルではよくても、実際の案件になると品質が下がる方がいるからだ。翻訳者にフィードバックを行うと同時に、社内で翻訳者のテクニックをデータ化する。案件ごとで、センスや中国語の表現力などの尺度ごとに評価をつけていく。手間はかかるが、提携パートナーになった後も同様にデータを蓄積していく。計3回の試し発注を経て、長期的な提携パートナー翻訳者となるのはわずか1%で、慢性的な翻訳者不足だ。そのため、翻訳者の育成と啓蒙活動として、YouTubeチャンネル「Lit小学堂」の運営をしている。東京メトロ様などの協力を得て完成した、用語の選択方法など翻訳テクニックに関するコンテンツを週に2回、無料で配信中。

 受注案件の8割強を占めるゲームローカライズの品質管理として、5.Google spread sheetの活用がある。キャラクターの名前を統一するのであればCATツールだけで管理できそうだが、中国語では話者の性別や対象などによって呼称が変わってくるので、Google spread sheet をCATツールの+αとして活用している。Google spread sheetでは、お客様、自社スタッフや校正者及び翻訳者がオンライン上で、そのシートを共有して検討できる。キャラクター、職業や武器などの項目ごとにシートを作成し、細かく品質管理を行う。用語の訳出しの根拠なども記載する。台湾と香港で共通で使えるものがいいとのご要望もあるが、キャラクターの名前だけを変え、他の部分は同じにするなどお客様とのご相談によって決める。キャラクターの名称は台湾と香港では全く違う場合もあるので、それ以外の部分だけは、エリアを限定する方言の回避を選択することもできる。

 受注案件の7割が日中翻訳だが、日中・中日翻訳いずれも、同じ漢字圏であるため、原語に引きずられている訳文が非常に多い。翻訳者も校正者さえ見落としてしまう場合がある。ここに同じ漢字言語の落とし穴がある。【例】原文:遠端登入管制。/不自然な訳文:遠隔操作によるログインの管理・制御。/適切な訳文:遠隔操作によるログインの制限。キーワードをいくつか入れて検索すると、該当する用語や文章が出てくるので、リサーチ力も大事。翻訳者志望の方は、対象言語の読解力アップもさることながら、日頃から新聞や本などで、母語の引き出しを増やすことも鍵になる。また、体言止めや長い形容詞句など日本語の特徴を引きずった中訳も分かりにくい。原文の構造に引きずられない訳出の工夫として、文章の構造を大きく変えてもよいし、長い文章は途中で切って構わない。【例】原文:台北101から徒歩10分ほどのショッピングモールにある、各国のクラフトビールが楽しめるスタンディングバー。ビールと一緒にストリートパフォーマンスや路上ライブも楽しんで。/不自然な訳文:位於從台北101步行約10分鐘的購物中心、可以享受各國精釀啤酒的立飲吧。還可伴著啤酒欣賞街頭表演或路邊現場演唱。/自然体な訳文:立飲吧位於從臺北101步行約10分鐘的購物中心,不但可以享受各國精釀啤酒,還可伴著啤酒欣賞街頭表演或路邊現場演唱。最後に、文字数について、日本語を10とすれば、中国語は8。一般的なフォントサイズは、日本語では10.5、中国語では12。契約書やPowerPointといった書類においても、用語の削除や置き換えをすることで、翻訳後も同じレイアウトで収まる。

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