「翻訳者としてデビューしたい」「翻訳エージェントに登録したい」「駆け出し翻訳者から脱したい」と 考えている方向けの元・翻訳コーディネータからのアドバイス
10/26 Track4 15:00-16:30
酒井 秀介 Sakai Shusuke
通翻訳者のためのビジネススクール「カセツウ」代表
通訳翻訳エージェント退職後、11年のコーディネータ経験とマーケティングメソッド「DRM」を組み合わせて2015年に通訳者と翻訳者に仕事の取り方や収入の挙げ方を専門的に教える「カセツウ・ビジネススクール」を開校。支援してきた受講生は100名を超え、月5万円だった売上を4か月で20万円、8か月で40万円に伸ばした翻訳者、翻訳者デビュー前に育児に入り5年半のブランクから復帰後あっという間に100万円を稼いだ翻訳者など。通訳翻訳を仕事にしたい、クライアントに選ばれたいと頑張っている通訳者・翻訳者・またその志望者を支援中。
報告者:蓬野大志郎(フリーランス翻訳者)
はじめに
このセッションでは仕事の取り方や収入の伸ばし方等、悩める数々の通訳者・翻訳者を支援してきた元翻訳コーディネータである酒井氏から「翻訳者としてデビューしたい」「翻訳エージェントに登録したい」「駆け出し翻訳者から脱したい」と考えている方向けに実例を交えたアドバイスが届けられた。酒井氏自らの経験とユーモアを交えたざっくばらんなセッションは終始和やかな雰囲気の中で行われた。
翻訳者として稼ぐために必要なこと
翻訳者として長く活動していくためには当然ながら継続的に稼ぎ続けることが必要になる。翻訳者として稼ぐために最も重要なことは「稼ぐ」ことを決意し、具体的な数値目標を立てることであると酒井氏は説く。具体的な数値目標を設けることで、その目標を達成するための手段や行動が明確化されるのである。たとえば、月に20万稼ぐ場合と40万稼ぐ場合とでは目標とする単価や稼働日数、一日に処理すべきワード数も変わってくるし、場合によっては翻訳以外の業務も並行稼働するという選択肢も生まれてくるのである。月々の目標数値を決めている翻訳者の数は会場では半々というところであった。
また、収入面にしてもスキル面にしても設定する目標については自分の実レベルよりも若干上に設定しておくのが望ましいと同氏は語る。目標を少しだけ上に設定しておけばひと踏ん張りするだけで目標を達成でき、成長の機会を得ることで実利的なメリットも生まれるし、自信を持つことができる。目標を実レベルよりもはるか上の方に設定してしまうと挫折につながり、逆に低すぎる目標では成長できないということだ。酒井氏のアドバイスを受けた翻訳者が実際に収益を伸ばし、「生きることが楽になった」とさえ漏らしていることを考えてみても実に妥当で実績のあるやり方であると言える。駆け出しの翻訳者のみならず、現役の翻訳者も積極的に取り入れていきたい考え方だ。
翻訳エージェントに登録するベストタイミング
また、酒井氏によれば特に駆け出しの翻訳者から翻訳エージェントへの応募タイミングについて相談が多いと言う。結論から言えば完璧なタイミングなどなく、「思い立ったが吉日」であるとのことだ。基本的にはコーディネータの時間的余裕が無い繁忙期は避けて閑散期を狙ったほうが良いが、翻訳の場合は通訳の場合ほど繁忙期と閑散期の差は大きくないため若干事情は異なってくる。繁忙期には猫の手も借りたい状況かもしれないし、閑散期にはじっくりと話を聞いてもらえるチャンスがある。いろいろな言い訳を作って応募を先延ばしにしてもチャンスは遠のくだけなので、時期を問わずアプローチをかける価値はあるとのことだ。ただし、応募にあたっては双方の時間を無駄にしないよう、十分なスキルを身に着けておくことは必須である。
翻訳エージェントに登録するためのポイント
続いて、翻訳エージェントに応募する際の注意事項やアピール方法などのアドバイスが行われた。応募にあたっては、まず翻訳エージェントからの指定ルールを徹底的に守ることが原則であると同氏は説く。これは翻訳の本質というよりも、ビジネス上の基本的なルールであり、信頼を醸成するうえでの基礎となるものである。余計なところで損をしないよう注意されたい。
また、メールでの応募ならば履歴書や実績表からだけでは読み取りにくい自分の強みは本文で伝えること。採用する側から見れば、単に資料を渡されるだけでは応募者の強みを読み取りにくい場合がある。ましてや何十ページもある実績表すべてに目を通すことなど負担以外の何物でもない。このため、これまでに携わった案件や得意分野など自分の強みをしっかりと自分の言葉で伝え、どう役立ててもらうかということを考えて行動する必要がある。つまり、原則的に相手の立場になって物事を考えることが何よりも重要なのである。
登録するべき翻訳エージェントの選び方
まず、翻訳スクールに通っている方はその系列会社を入り口にするのがお勧めとのことだ。翻訳会社には予算が限られている、分量が少なすぎるなど、ベテランの翻訳者には打診しにくい案件もある。そのような案件は駆け出しの翻訳者に回ってきやすいため、日頃からスクールとの関係を密接に保ち、本気度をしっかりとアピールしておく必要がある。また、スクールの系列会社の場合は一般のエージェントとは異なり、有益なフィードバックがもらえる可能性が高い。すでに利用可能なチャネルがあるのであれば、積極的に活用すべきとのことだ。
では、一般的な翻訳エージェントはどのように選ぶべきなのか。第一に考えるべきなのは、案件数の多さや売上の大きさではなく、自分のスキルにマッチした仕事を紹介してもらえそうな会社を探すことだという。これは前述の通り、相手の立場になって行動するという原則にも従っている。具体的に翻訳エージェントを探すには、基本的にはインターネット検索を活用する必要があるとのことだ。分野や取り扱い文書(契約書など)をキーワードに検索することで、応募候補を絞り込むことができる。その後はヒットした翻訳会社のホームページで取り扱い分野などの情報を入念に確認すべきである。
また、それ以外にも気になる翻訳エージェントがあれば自分の得意分野を取り扱っているかどうかを積極的に問い合わせることをお勧めするとのことだ。問い合わせを行う事自体は何ら失礼には当たらない。仮に希望する分野の取り扱いが無かったとしても、エージェント側は時間を無駄にすることはなく、応募者側としても交通費などのコストを無駄にすることはないのである。きわめて合理的な考え方だと言える。
さらに、海外エージェントとの取引についても補足があった。海外エージェントについては不払い等のトラブル事例などから応募に関しては否定的な意見もあるようだが、トラブルが発生するのは国内エージェントであってもゼロではない。また、相手国の言語に強ければ自身の希少性を高めることができるという大きなメリットもある。あまり否定的に考えず、海外エージェントも収入源の一つとして柔軟に考えても良いのではとのことであった。
実績が無いステージでのアプローチ方法
実績が無ければ案件を受注できず、案件を受注しなければ実績ができないというジレンマは翻訳者ならばだれでも経験したことがあるだろう。このように実績が無いステージで翻訳エージェントにアプローチする際には、職歴や専門知識、資格などの実績以外の材料でアピールすることをお勧めするとのことだ。たとえ実績として書けないような材料であっても、何かしら理由や動機があって携わってきたはずである。そこを突き詰めて行けば自ずと訴求ポイントは必ず見つかるはずである。無駄に自己を卑下するのではなく、少しでも何らかの武器を用意しておくことが大事である。ここでは付箋を使って自分の武器を洗い出すための手法が紹介された。これは、自分に関する事実や主観を付箋100枚に書き出すというものである。書き出す内容は翻訳に関係ないものでも構わない。資格や職歴に始まり、飼っているペットや変わった特技など私的なものも含め、思い付いたものはすべて書き出すこと。その結果、自分に関する新しい事実を再発見し、可能性を広げることができるとのことだ。
本セッションで特に強調されていたのは、基本的にコーディネータは翻訳者に仕事を依頼したいと考えており、安心して仕事を任せられるパートナーを探しているということだ。適切な材料を用意し、買い手であるコーディネータを安心させるのは売り手側である翻訳者の義務である。また、当然ながらスキルセットだけではなく人柄もこのステージでは重要になってくる。同じスキルセットを持った複数の候補者がいるのであれば、人柄の良いほうを選びたくなるもの。どんな仕事でも共通していることであるが、ビジネスの根幹にあるのは人と人とのつながりであり、それは翻訳業も例外ではないということを忘れないようにしたい。
まとめ
同氏が本セッションで一貫して伝えていたのは、具体的な行動を起こすことの重要性である。良好なサイクルを回し続けるためには、たとえ小さなことでもまずは行動を起こすことが何よりも重要であり、ただ考えているだけ、あるいは待っているだけでは現実は何も変わらないのである。最後に同氏から贈られた「行動だけが現実を変える」という言葉には多くの受講者が勇気づけられたに違いない。