日本翻訳連盟(JTF)

キャリアとしての翻訳者を考えているみなさんに伝えたい5つぐらいのこと

10/26 Track4 10:00-11:30

岸本晃治 Kishimoto Koji

株式会社アビリティ・インタービジネス・ソリューションズ 部長
大学新卒で株式会社アビリティ・インタービジネス・ソリューションズに入社、翻訳者・チェッカーを経て、現在はマネージメント職に従事。広島修道大学の翻訳プログラムに協力し、高橋氏とともに教壇に立つ。神戸市外国語大学で翻訳コースの学部生、大学院生を対象にしたゲスト講義も実施。多くの若者が翻訳業界に参入してくれることを願っている。

 

高橋洋之 Takahashi Hiroyuki

個人翻訳者、広島修道大学非常勤講師
塾講師を経て株式会社アビリティ・インタービジネス・ソリューションズに入社。翻訳・レビューなどに従事した後フリーランス翻訳者として独立。主にIT分野の英日/日英翻訳に携わっている。現在はフリーランス翻訳者の傍ら、広島修道大学の非常勤講師として翻訳プログラムの講師を担当している。


報告者:渡邉 裕子(株式会社翻訳センター)
 



 本セッションは、これから翻訳者を目指す方と現役翻訳者の方を対象とし、若手翻訳者育成に尽力されている岸本氏、高橋氏からトライアル通過のポイント、プロとして翻訳する上で気を付けるべきことなどを中心に伝えたいこと5つで構成された。
 講師の自己紹介後、アイスブレイクとして受講者も隣同士で自己紹介を行った。会場の空気が和んだところで、両氏が教壇に立つ広島修道大学の翻訳プログラムの紹介があり、岸本氏の進行で本題に入った。

1.プロの翻訳者になる道

 2017年度翻訳白書での調査結果や、アビリティ・インタービジネス・ソリューションズ登録の800人の統計結果でも、翻訳者の平均年齢は50歳となっているのが現状である。若い世代も増やしていきたいと強く願っている背景があり、今回のセッションを開催するに至った。では、どうしたらプロの翻訳者になれるのか、代表的な道を紹介しておく。

(1)大学新卒で翻訳者として就職する

 翻訳プログラムを持つ大学は増えているが、新卒で翻訳者を募集している会社は圧倒的に少なく、門戸は狭い。要因は、専門知識不足、原文読解力不足、テクニカルライティング力不足が考えられる。

(2)インハウス翻訳者に転職する

 企業内翻訳者の特徴を挙げると、多くは派遣社員であり、正社員の場合は他の仕事と兼務になることが多い。また、指導やフィードバックがあまりなく、自分のやり方が正しいか不安になることがある、との声もある。もう1つは、翻訳会社内の翻訳者という道があるが、会社規模が大きくなればなるほど、外注がメインで社内に翻訳者がいない会社が多く、校正者の方が人数が多いという特徴がある。一方、さまざまな分野の翻訳に携われる、元社員ということでフリーランスになったときに有利というメリットもある。

(3)フリーランスとして独立する

 翻訳会社のウェブサイトや、アメリアなどから応募してトライアルを受験するのが一般的である。もしくは翻訳スクール、アメリア、ほんやく検定合格者、翻訳者ディレクトリなどを通じて翻訳会社からスカウトすることもある。スクールからスカウトするときに「自分の得意分野が分からない」という方が多いので、早めに自分が進みたい分野や得意分野を探しておくとよい、というアドバイスが高橋氏からあった。フリーランス登録の条件は以下の例が多い。

  • 実務経験2~3年以上
  • 専門知識を裏付けるバックグラウンド
  • 翻訳支援ツールの使用経験
  • トライアルで高評価

 一番難しいのは、実務経験を問われるところのようだ。翻訳者を目指している方の進路相談をすることがあるが、その際伝えていることは、派遣で実績を作る、未経験者可のところに挑戦する、などである。スクールも経営している翻訳会社は、スクールでの成績がよければ実務経験不問のところもある。

2.翻訳会社がフリーランス登録の審査で見るポイント

 以下に、アビリティ・インタービジネス・ソリューションズで行っているトライアルの評価ポイントを紹介する。

  • 専門用語ができているか:辞書からそのまま引用されている訳は不可。きちんと調査できているか。
  • ミスがないか:トライアルは、分量が少なく通常の仕事より期間を長く設定しているのに、トライアルでミスがあると実際の仕事ではさらにミスが出そう、と感じてしまう。
  • 修正しにくい意訳がないか:凝った文章で、さらにそれが誤訳だった場合、修正が大変。複数訳者のときも統一しにくい。
  • 申し送りが適切か:少量の訳文に対して、申し送りが過度にあると、後で修正するときに大変そう、と感じてしまうこともある。

3. プロとアマチュアの違い

ここからは翻訳者である高橋氏に進行をバトンタッチした。

  • 原文の内容が正しく表されている(文法構造、単語の正しい意味)
  • 専門用語が正しく訳されている(専門知識と高い調査力)
  • 文章が分かりやすい(テクニカルライティングの知識。誤解なく伝えられる文章になっている)

 翻訳の原則は「何も足さない、何も引かない」こと。そうなるとつい直訳調で不自然な訳文になりがちだが、制約がある中でなるべく分かりやすく伝える文章にするのが翻訳者の仕事である。例えるなら、第三者が作詞作曲した楽譜を見て、最高の表現をできるようにする歌手といったところ、と高橋氏は述べた。実は、原文を置き換えているだけではない、ということを強く言いたい。トランスクリエーションではより自然な表現を求められるが、基本的な考え方は同じである。うそは書かないこと。

4. 翻訳のポイント

 例題の違和感や修正案を受講者が挙手で発表していき、高橋氏から翻訳のポイントを紹介していった。受講者から活発に意見発表が行われた。なお、今回は全て英語から日本語へ翻訳する例題を使った。

  • 原文を正しく理解する:間違いではなくても、より分かりやすい表現にする。
    修飾関係を明確にする。
    例)原文 a program on the client machines which gathers information
    ×情報を収集するクライアントPC上のプログラム
    クライアントPC上の、情報を収集するプログラム
    冠詞、単複で意味が異なってくる場合は、訳文にも表現する。
    例)原文 Minnesota, Wisconsin, Iowa, and the Dakotas
    ×ミネソタ州、ウィスコンシン州、アイオワ州、およびダコタ州
    ミネソタ州、ウィスコンシン州、アイオワ州、およびノースダコタ、サウスダコタ両州
    自分が作った訳文が、常識的に考えて妥当な状況かどうか。
    例)原文 She searched in her purse for the keys.
    ×彼女は財布に鍵がないか探した。
    彼女はハンドバッグに鍵がないか探した。
  • 表記に気を配る:例)ところ、わたる、など。
  • 辞書の訳語をそのまま使わない:最適なコロケーションを考える。
    例)原文 capture 5mp still images
    ×500万画素の静止画を捕獲する
    500万画素の静止画を撮影する
  • 固有名詞を調べる:固有名詞は必ず調べて、正式名称で書く。
    例)原文 Notepad 
    ×ノートパッド
    メモ帳
  • 前後で文脈が繋がっているかを確認する:1つの文章としては正しく見えても、前後の流れの中で違和感がないか、段落単位で読み直しをする。特に翻訳支援ツールだと前後が見えにくくなるので、気を付ける。
  • テクニカルライティングのテクニックを活用する:1つの意味にしかとれない日本語にする。
  • 冗長な表現を見直す。
    例)
    ×まずはじめに
    はじめに
  • 修飾語と被修飾語を近づける。
    例)
    ×名前をファイルを保存するフォルダに指定する
    ファイルを保存するフォルダに名前を指定する

5. 翻訳演習

 いよいよ、翻訳演習。先ほどの「翻訳のポイント」を意識しながら、各自で製品説明の課題文を翻訳し、隣同士で答え合わせを行った。ここでは、単数/複数は必要に応じて工夫して訳文に出す、意味が通じるときには主語は省いた方が読みやすい、などのテクニックが紹介された。

6. 質疑応答

 最後に受講者からの質疑応答で締めくくった。トライアル受験を検討中だが、ほとんどの会社が未経験者受験不可で絶望的な気持ちになっている、との声が会場から上がった。岸本氏からは、未経験の場合ほんやく検定1級など、目に見える資格があるとアピールになるのではないか、というアドバイスがあった。トライアルの再受験は、期間が1~2年空けば受験可能になる会社が多いとのことだった。

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