日本翻訳連盟(JTF)

AI時代で勝ち抜く翻訳会社の経営改善

2019年度第3回JTF翻訳セミナー報告
AI時代で勝ち抜く翻訳会社の経営改善


NGUYEN MINH VIET(グエンミンヴィエト)


1977年ベトナム生まれ
1996-2003年 日本留学東京工業大学情報工学科卒業
2003-2005年 在ベトナム某日本ソフトウェアの開発担当
2005年 Green Sun株式会社設立。ソフトウェア開発事業
2007年 Green Sun Content有限会社設立。翻訳事業
2012年 Green Sun Japan株式会社設立
2015年 ActionCoachのコーチ資格取得
2016年 2回目の来日。ActionCoachJapan代表。複数の日本人経営者の人生革新のためにビジネスコーチング実施

 



2019年度第3回JTF翻訳セミナー報告
日時●2019年9月5日(木)14:00 ~ 16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●AI時代で勝ち抜く翻訳会社の経営改善
登壇者●NGUYEN MINH VIET(グエンミンヴィエト)Green Sun Japan株式会社代表取締役社長、Green Sun株式会社会長、ActionCoach Japan代表
報告者●伊藤 祥(翻訳者/ライター)

 


 

 「AI時代で勝ち抜く翻訳会社の経営改善」は二部構成で、第一部はグループコーチングの手法で、AI時代の翻訳業界の脅威・メリット・今後の対策について、参加者と講師の知見が集約された。第二部はその時代を生き抜くために、Green Sun社の実例も交え、企業の経営改善の手法について、あらゆるステップが具体的に語られた。

1.AI時代の脅威 ロボットが人間の仕事を奪う時代? 

 現在はAI 時代の脅威について語られているが、150年前の機械革命当時も機械は我々の仕事を奪うと言われたが、機械は生産性を向上し労働時間を短縮した。

ディスカッション1 技術革新は従来の翻訳事業の脅威になるか

(参加者の発表)

  • 単価が下がるが、使いこなせばメリットがありそう
  • 人間が頭を使う部分クリエイティブな部分は脅威にならない
  • まだまだこれからで様子見状態である
  • 概要の翻訳に使えるのではないか
  • プレエディット、ポストエディットを誰がやるかが特許翻訳ではキーポイントで機械のみではやらない
  • 一部は仕事が奪われたり、ガラッと仕事が変わったりする翻訳者もいるのではないか
  • AIだけでは品質が担保できない、8・9割は機械、あとの1は人というようになるのではないか
  • 進歩すればクライアント内部で完結するものも出てくる
  • 新業界が参画し翻訳エンジンなどを開発すれば翻訳会社の脅威になる
  • クライアントに翻訳は簡単だと思われ、スケジュール・コスト・品質に厳しくなる一方、翻訳について考え直すターニングポイントになる


 機械翻訳は人間翻訳と分野によっては競合する。当社の取り扱う日本語から東南アジア言語の翻訳では、まだGoogle翻訳では誤訳となることがあるが、言語的に近い英語からドイツ語などの欧州主要言語の一般的な内容の精度は改善しているので、機械翻訳に市場を奪われるかもしれない。技術翻訳やビジネス翻訳などの繰り返しの多い内容は データベースが充実し、CATツールの精度があがれば、人間の出番が少なくなる。現時点では人手と機械のハイブリッドでプレエディット・ポストエディットや、TMを増やすことで精度を上げているところだ。
 エンドユーザーも進化しており、顧客から最近はリピティション(反復)を分析してほしいと言われるようになり、CATツールも活用、簡単な翻訳は自前でやるようになった。本当に重要な内容だけ、特許や医療、契約書は翻訳会社に出すというようになっている。観光用の文章なども機械翻訳が進化し、エンドユーザーの価格交渉が激しくなってくる。我々の競合は他社ではなく、GoogleなどのIT企業だ。

ディスカッション2 AIや機械翻訳の出現により、翻訳業界に訪れるチャンスとは?

(参加者の発表)

  • 大抵の文章は翻訳できるようになる、ベテランの翻訳者がポストエディットをやれば質の良い翻訳ができそう
  • 新しい言語や分野の翻訳ができるようになっても、専門性がない以上品質は担保できないし、翻訳とからめての別事業も人材のリソースを捻出するのが課題なので一概にチャンスとは言えない
  • 翻訳の裾野が広がるというメリットはあると思う。低価格なら翻訳しても利益に繋がらないような何百ページの社史なども、これを機に翻訳してみようとなるかもしれない


 最近増えている案件は、特許・医療・映像などの特殊分野。第二に機械翻訳とポストエディットのハイブリッドの仕事。第三にグローバル企業が大量に翻訳するようになっている。トリップアドバイザーや PayPal、Facebookなどのグローバル企業は、今は機械翻訳があり人手を少しかけるだけで済むので、大量に翻訳をかけられるようになった。
 他にはコンテンツ翻訳やコンテンツ運営、商品を外国で販売する際の日本のホームページの相手国向けローカライゼーション、インバウンド向けも外国人が買いたくなるマーケティング。コンテンツを作るだけではなくて、リスティング広告や SEO 対策もするなど、営業資料を作るだけでなく営業で売れるようにと、マーケティング、ITと組み合わせた仕事が増えてくる。

ディスカッション3 自社の技術進化に対する対策および今後の取り組み予定は?

(参加者の発表)

  • 最新のツールのいち早い導入・活用
  • 機械翻訳もCATツールも一長一短、場合によりけりで、その見分けが難しい
  • 翻訳会社ではないので、機械翻訳の技術ノウハウを使ってみるのが対策


 当社の対策は機械が人間に勝てない分野の翻訳をすること。第二に機械そのものを使う。CATツールを積極的に導入する。機械翻訳を試してみる。第三にTMを資産として整備する。CATツールでも機械翻訳もTMが充実すると精度があがるので、当社では既存の訳文をTM化している。
翻訳を使った言語関連の人・物・金・情報の仕事をすること。「人」に関する事業は、日本人の海外への派遣、外国人の日本への派遣など。「物」に関する事業では輸出入、海外のサービスやフランチャイズなど商品を日本に持ってくるための海外の会社との提携。このような、人・物の事業には関連する翻訳が発生し、営業・採用などマニュアルの作成も必要になる。「金」では、海外投資には言語能力があるので優位性がある。
 「情報」は、日本の情報を海外に発信する。大手企業はホームページやFacebookの記事運営が多言語になっている。そのような企業に営業したり、自社製品を多言語にしたり、デジタルマーケティングへ活用したり。海外情報を日本に発信するのもチャンス。AI翻訳があるので大量の翻訳ができる。
 翻訳会社が翻訳会社のトップになるのは難しいが、言語能力をもって違うことをやると特定の分野でトップになれる可能性がある。

2.翻訳会社の経営者の課題~小規模から大規模への組織化

 AI翻訳時代の翻訳会社の組織変化について考えるにあたり、翻訳会社に多い悩みは、①たくさん働いているのにキャッシュフローが厳しい ②雑用が多くて経営まで手が回らない ③人材が不足し、社員の自主性も足りないの3つに集約される。その理由は10年前と今では課題が変わっているためだ。
 これからの翻訳会社は社内で翻訳以外の業務をして、翻訳作業は積極的に外注し、営業・コーディネート・技術インフラ・教育・品質管理が中心になる。翻訳者は在宅勤務でCATツールを使って翻訳すれば社内と同じ品質でできる。そのかわり、営業、技術、コーディネーターが重要となるが、10人以上いないとチームにならない。
 10人以上の会社には組織化の課題が出てくるため、社長は、翻訳者や営業マンとしての現場的なマインドセットおよびスキルセットから変わる必要がある。社長の陣頭指揮や直接対応が不可能になるので、中間管理職が必要になる。中間管理職の体制が作れる会社は50人規模を突破できるが、できない会社は10人か20人どまり。それは人材も顧客も流出してしまうからだ。

翻訳会社の経営革新の6つのステップ

 自社を立て直すために、私は2015年ベトナムで中小企業でも使える経営システムを探し、アメリカ系の「アクションコーチ」というコーチングに出会った。六つの経営ステップで目指すのは、社長がいなくても回る時間の余裕があり利益もある会社である。
第一ステップの「基礎づくり」は、①会社のビジョン・戦略目標づくり、②財務管理、③時間管理、④品質管理の4つだ。会社にとって当たり前のことができて業務の混乱が解消し忙しさから解放される。
 第二ステップは「営業・マーケティング」、第三ステップは「仕組み化」、第四ステップは「組織・人材」で、それを動かすリーダーシップ。社員にリーダーシップがなければ、新しい施策を打ち出しても実施できない。第五ステップは「シナジー」。シナジーとは新事業、異業種への進出、海外法人設立、海外のものを日本にもってきたり、日本のものを海外に紹介したりすること。第六ステップは、最後は社長人生の「結果」を出すことで、時間ができお金ができ新事業もできるようになる。

 このステップの順番に逆らい、基礎づくりができる前に営業しすぎると品質が下がりクレームが入り、社員が多忙で退職し、顧客も離れる。営業ができる前にキャッシュフローが安定していないのに仕組み化すると、目先のことが忙しいので社員がマニュアルも読まず、ITも使わない。仕組みができる前に人の教育に力を入れすぎるとマニュアルを渡してちょっと説明してチェックすればできることを全部口頭で教育し、人により内容も異なる。新人の教育が大変なので、全部即戦力の採用になり、採用の選択肢が減る。コンサルタントに採用について相談するのではなく、まず流出を止め既存の人材の活用をするべきなのだ。組織化をする前に仕組みが先だ。人材育成する前にシナジーに取り組み、新会社、新業種、新事業をやるとどうなるか。事業の広げ過ぎで手が回らない。

経営に対するよくある3つの誤解

 1つ目は会社の売上アップ=利益アップ。売上より、利益が大事。
 2つ目の誤解。会社の成長=新規顧客獲得。新規顧客が増えても既存顧客が逃げてしまっては意味がない。既存顧客からの受注は新規顧客からの受注の1/6の営業工数で済むので、既存顧客を守ることがより重要だ。
 3つ目は会社の成長=お問い合わせ顧客数の増加。成約率が低ければ問合せが多くても成約できない。既存顧客へのサービスをきちんとして逃げないようにし、問合せ客は成約すること。

経営に重要な五つのKPI(下線)

潜在顧客数×成約率=顧客数×取引回数×平均客単価=売上高×利益率=利益
 式でいう右側から改善を加えていく。経営として一番先に利益改善のために経費削減、社内の管理改善、業務改善するべき。これで赤字を黒字にする。
 取引回数と平均客単価改善、これは既存顧客に対する改善。既存顧客は新規顧客より契約が容易なので財務指標を活用し既存顧客に営業し提案し、多言語パッケージ、DTPやレイアウト、マーケティング、海外進出支援などのように顧客の囲い込み戦略ができると既存顧客の仕事が増える。
 最後は成約率と潜在顧客・新規顧客に対する戦略である。成約率は営業担当者の教育で改善する。潜在顧客を集客するのがマーケティングだが、試行錯誤が必要で費用がかかり、すぐに結果が出ない。潜在顧客から手を付けると、成約率は下がり、既存顧客が逃げ赤字になる。

やり方より社長のあり方

 ただし声を大にして言いたいのは、やり方を知っていてもできるということではない。
やり方より社長のあり方が重要で、社長人生の結果は Be(あり方)× Do(やり方)=Have(結果)
 社長のリーダーシップが先で、自責で自分が変われば周りも変わると思えばまわりが変わる。「社長の器」が変わり、会社の「目標を作成」し社員と共有化し、KPI管理ができるようになると社員が自主的になる。
 次に社長のコミットメント、仕事の優先順位、時間の管理、計画の立て方を社長が率先して見せてやっていく。「行動力を改善」すると社員もやる。
 そして、「信頼作り」。コミットメントがあって初めて社長に対して信頼ができる。社長に対しての信頼ができればチームの信頼関係ができ、何でも言える「誠実なコミュニケーション」ができるようになる。
 そうすれば「Win-Win思考」の関係ができる。会議室ではポジティブコンフリクトの議論をして課題解決をして決まったことを実施する。合意できなければ仲良く別れ、会社の悪口は言わない。アジア人はヨーロッパ人に比べてその点が苦手だ。
 Win-Win思考ができれば「チームワーク」ができ、適材適所の配置、委任ができ、PDCAができ改善ができる。社長のリーダーシップ・会社全体のリーダーシップを作ったのちの経営改善、経営改善の基盤の上でのAIの導入・機械翻訳である。
 コーチングはあり方を作り、コンサルティングはやり方で、社長が変わり、社員をコーチングできるようになれば、社員も変わって改善できるようになる。

当社の実例

 当社は2015年から社内コーチングを開始したが、当初は社員の離職率の高さと、コーディネーターの育成に苦労していた。さらに、社内の3人のコーディネーターのうち2人が翌年産休をとることになり、1か月かけてマニュアルを作り、残る1人にコーチングをして新人に教育させると以前3年かかっていたコーディネーター育成が3ヶ月でできるようになった。採用の選択肢が増え社員をうまく活用できるようになった。以前は品質が不安定で、社長は忙しく、新規技術を導入しても社員がやらない。当時、翻訳の管理にPMS(プロジェクトマネジメントシステム)を導入したがなかなか浸透しなかった。3か月連続で毎日PMS運営会議で利用状況をチェックしたところ、今ではPMSはなくてはならないものとなった。
 売上が低迷させていた原因を解決すると売上も上がった。現在までの5年間で売り上げが2500万円から2.5億円と10倍に、社員が15人から37人になった。社内のマニュアル管理、CATツール、QAツール、翻訳管理システム、デジタルマーケティングも社内IT部門で対応できるようになった。2016年から私日本に常駐し、昨年はベトナムに帰国したのは1度だけ、出社は半日。そのかわり毎週1時間現地責任者のコーチングを遠隔で行っている。

 まとめると、経営を改善するためには、「やり方」である経営革新のステップに取り組み、社長の「あり方」も見直す。そして、コーチングは取り組む内容により、社員向けのグループコ―チングとトップとの1-1コーチングを併用する。グループコーチングとは会社の課題を議論するので、社員が経営参画意識を持つことができる。モチベーションが上がり、率直な意見を出すと信頼関係も上がり、改善が図られるようになる。

3.セミナーに参加して、書いて圧倒されたヴィエトさんのバイタリティー

 AI時代は翻訳者にとっても、企業での知財・法務・広報・営業企画の経験者など、新しい適性・タイプの人にもチャンスが広がると感じ希望的な観測を持った。
 私は以前メーカーの会社員だったが、ヴィエトさんのお話の管理の要素は私の会社にも浸透していて、有機的に回っている部署では生き生きと仕事ができた。時空を超えて別の創業者からそのシステムのなぜを聞くことができた。これらの体制を整わなければ、メーカーなどのクライアント企業とも話が合いづらいのではと思った。
 ヴィエト社長の講演を通じてのスピード感、情報の密度、惜しげなく与える度量、事業への熱意、あふれるバイタリティーに圧倒された。
 「他人を変えようとしているのに、自分が変わらなければ、周囲は誰も変わらない」、一番耳に痛く響いた。

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