日本語ブラッシュアップセミナー ~表現重視編~
2016年度第3回JTFスタイルガイドセミナー報告
日本語ブラッシュアップセミナー ~表現重視編~
磯崎 博史
日本大学文理学部国文学科卒業。編集プロダクション、出版社等勤務を経て2003年に校正者/リライターとして独立。以来10年以上にわたり200冊以上の書籍の誕生に携わる。現在は出版社、翻訳会社などの各企業で日本語の文章に関する育成指導やアドバイス等に取り組んでいる。また、翻訳学校サン・フレア アカデミーではセミナー講師も務める。最新の自己定義は"日本語お助け人"。
http://nihongo-otasukenin.jp
2016年度第3回JTFスタイルガイドセミナー報告
日時●2016年5月27日(金)10:00~12:30
開催場所●剛堂会館
テーマ●日本語ブラッシュアップセミナー ~表現重視編~
登壇者●磯崎 博史 Isozaki Hiroshi 日本語品質コンサルタント
報告者●目次 由美子(LOGOStar)
セミナー全体を貫くコンセプト「TIME TO SHARE」を示し、「『訳文が日本語になっているんならもうそれでいい』という考えの人はこの場に一人もいない。さらに上を目指すという意味で私たちは同志である」と、講義開始時に磯崎氏は参加者に力強く語られた。「日本語で翻訳を元気にする!」を現在のミッションとしている同氏は、実習前に「翻訳文が読みにくい」という声が多い実情を示し、訳文を分かりやすくすることの重要性を強調した。そして十分な語学力・専門知識・調査力そして日本語力が求められる中、訳文を自然な日本語に仕上げるという課題に応え、翻訳者として選ばれる理由を作ろうという目標が示された。さらに、各翻訳者が日本語の運用能力を高めることがセミナーの目的として明示され、加えて画竜点睛、つまり「最後の仕上げがきわめて重要である」ことが強調された。実習に入る前には、本セミナーにおける「ブラッシュアップ」とは「文章の不備をなくし、質の高い日本語として仕上げること」であるという定義がなされた。
実習には、「①ふさわしい語句の選択」「②正文に仕上げる」「③表現を追求する」という3つのテーマが掲げられた。その後、文脈を正確に把握することが翻訳における大前提とされるとともに、適切な語句選択を行い、それらをきちんと組み合わせて正しい構造の文に仕上げれば、それだけでも大幅な改善が見込めると説明された。「小さな改善は間違いなく身につく。そしてそれを積み重ねてゆけば必ず全体的な品質向上につながる。これは今までの経験から間違いのないこととして保証する」という磯崎氏の解説には熱がこもっていた。
「①ふさわしい語句の選択」では、文意にふさわしく、かつ日本語として自然な語句を選択することの重要性が伝えられた。「常に自らを振り返る謙虚な態度が~」という文からなる演習に、参加者からは「態度を姿勢に変更」という正答が挙がった。
「②正文に仕上げる」では、まず主語・述語の対応や修飾関係を正しくすることの重要性が示された。そして演習に入ってから、構造に不備を残した、理解に苦しむような長めの文が課題として登場したことは読者の想像に難くないだろう。また、事例に用いられた短めの文の一部では、「~城山の小説の特徴は、青春ではなく晩年を描く」が、「~城山の小説の特徴は、青春ではなく晩年を描くところにある」に修正された。
「③表現を追求する」では、タイトルどおり日本語としての表現を追い求めていくことが、和訳文の価値をさらに高めるために必要不可欠であると伝えられた。演習では、「~不景気に加速度をかけるだけ」が、「~不景気に拍車をかけるだけ」という参加者からの正答によって改善された。
ここでは演習例のほんの一部を挙げたに過ぎないが、実際にはセミナー全体にわたって、磯崎氏が教示した内容による改善効果は誰の目にも明らかであると感じられた。
スクリーンに映し出された演習文中には、具体的な改善の対象となる語句が(下線や色などの形で)強調表示されてはいなかった(前半の実習)。しかしながら約40名の参加者はその段階から積極的に挙手し、思い思いの回答を発表した。それは、まさに和訳文の改善を切望する人たちの集まりであった。磯崎氏の明瞭で力強い語りかけが参加者の発言を引き出していたことも、このセミナーが熱気溢れるものとなった理由の一つである。またいくつかの事例や演習では、そこに取り上げられた文章の背景が補足説明された。つまり磯崎氏は、そこに示された短文を読んだのみの参加者に、回答する上で必要な前文脈をきちんと渡してくれたのだ。そのため参加者は(記載文の背景をもとに)より深い理解ができ、回答する段階に辿り着き、発言するに至った。
さらに、磯崎氏はそれぞれの演習における「正解」のみではなく、参加者からの多様な回答にも明確で詳細な解説を行った。たとえば、「謙虚な」という言葉は「人(柄)」を表すのには使われるが、「額」を説明するときには通常用いられない。それでは語と語の「親和度」が低い。自分で書いた文を読み直してみて違和感を覚えたら、英和辞典を引き直したり、類語辞典などを活用したりすべきであると磯崎氏は話した。参加者からの「違和感を覚えたときにまずなにをすべきか」との質問には、「自分の違和感を信じて掘り下げてみるべき」と答えた。違和感を持つことこそが改善に向けたスタートなので、自分の感覚を信じて前に進むべきであり、違和感の大きいところから手を着けていくようにとのことだった。
また、「~で構成された」に代えて「~からなる」を修正例とした事例では、「大和言葉」とも呼ばれる和語の使用が推奨された。ワープロの変換機能の普及によって漢語の使用率が増えたようで、解説中に円グラフで示された国立国語研究所の調査資料によっても、現代日本語の書き言葉における語種の割合で漢語のボリュームが和語に迫っていることが裏づけられた。ただしネイティブである日本人の読み手にとっては、耳馴染みが良く読みやすい和語を効果的に使うことによって、日本語としての自然さが文章にもたらされることも少なくないと磯崎氏は強調した。
「将棋をする」よりも「将棋を指す」、「囲碁をする」よりも「囲碁を打つ」といった固有の表現についても、その重要性が伝えられた。「雇用を維持します」よりも「雇用を守ります」という表現によって際立つポジティブイメージの強さや、「エモーショナルに語りかける表現のしかた」も紹介された。さらに、多くの翻訳者が悩むところであろう同一助詞の繰り返し(一文内で3連続以上になりやすい格助詞の「の」など)の解消法や、名詞と形容動詞の両方の機能を備える語で名詞(体言)を修飾する際に迷いやすいケース(例:「同様『な』」か「同様『の』」か)における判断の目安、さらには読点の使用を考える際のポイントなど、具体的な改善策が数多く提示された。たとえば「今の命の貴さ」では「の」の連続が2回で済んではいるが、これさえも「今ある命の貴さ」に変えることによって、さらに洗練された、完成度の高い表現にできる。
「表現力を養うために」と題した話の中では、良質の文章を読んで吸収し、それを積極的に活用して自らの表現力を高めることが重要であるとして、磯崎氏が推薦する書籍・作品も紹介された。また時間の制約上、セミナーではレジュメに収載されたすべての演習文に取り組むことは叶わなかったが、最後の演習の終了後に、すべての事例と演習についての修正例集も配付された。「人間は何かを学んでから24時間後にはその70パーセントを忘れるので、ぜひ本日中に復習してほしい」との強い推奨もあった。終講近くには、小さな改善を積み重ねれば全体的な品質向上につなげられるということがあらためて強調された。そして最後に「文章は人柄と同じくいくらでも磨きをかけていくことができる。石ころも宝石にできる」との磯崎氏の熱い主張をもって、本セミナーは終了を迎えた。