技術翻訳入門(知りたいことはなんでも質問できる)
2013年度第3回JTF翻訳セミナー報告
技術翻訳入門(知りたいことはなんでも質問できる)
2013年度第3回JTF翻訳セミナー
2013年9月12日(木)14:00~16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●「技術翻訳入門(知りたいことはなんでも質問できる)」
講師●時國 滋夫 技術翻訳者
報告者●津田 美貴 個人翻訳者
今回のセミナーはいつもとは少し異なり、セミナー中に英文和訳の実習を行った。翻訳実習や質問への回答を通して、誤訳しやすい単語や技術翻訳の際のちょっとしたコツ、技術翻訳者として最低限身につけておくべきスキルや心構えなどについて、時國氏がお話下さった。
私が考える技術翻訳とは
技術翻訳とは何かというと、技術文章を翻訳することである。技術文章は電気、機械、化学の3種類に分類されるが、最近は化学をバイオと化学に分けて4分野とする説もある。翻訳するモノの例としては、製品の取扱説明書、学術論文、特許、新薬の申請書類などがある。
技術翻訳で一番大切なことは言語運用力であり、専門力は単にプラスになるだけだ。というのも、実物を見せて伝えるのではなく言葉だけで伝えなければならないからだ。翻訳者が原文の意味がわからないまま訳した文章は、読者が読んでも絶対に理解できない。だから、まず原文(英語)を徹底的に読みこみ理解することが大切だ。
技術翻訳の読者はその製品を使う専門家に限定され、読む目的も情報を得る(専門知識を増やす、または調査のためなど)に限定される。
対象が技術文章でも、原文の意味を読み取り、文化の違いや言葉の壁をどう乗り越えるかを考え、訳文を作り上げるという意味では、他の翻訳となんら変わるところはない。原文から訳文を作る間に何を行っているか?ここに、良い翻訳者とそうでない翻訳者の差があると私は考えている。例えば、英語と日本語で単語は一対一で対応していない。同じ内容でも、相手の母国語が日本語か英語かで話し方を変えるのではないだろうか。英語の場合は具体的に細かく、日本語の場合はふんわり概要だけ話すのではないだろうか。このことを実感してもらうために、実際に英文和訳を数題行っていただこうと思う。
(当日の課題から一部抜粋)
課題文1
Program
The sequence of instructions inside a computer, telling it what to do with the information fed in.
課題文5
A common two-dimensional motion is circular motion.
技術翻訳の単語
実際に翻訳してみていかがだっただろうか?短文だが意外と訳語に悩んだのではないだろうか?課題文1は、プログラムに関する文章だったので、sequence、instructions、feed in とあったら、列、命令、入力する、と条件反射的に訳出しないといけない。単語の使い方を間違うと「この翻訳者わかってないな」と思われるので注意すること。
専門用語だけでなく、commonなどよく使う単語にも注意が必要だ。英和辞書だと最初にくるのは「共通の」だが、課題文5では意味があわない。英英辞典を引いてみると「よくある」という意味が先にきている。ここではこちらが正解である。英英辞典を引いてほしいという理由がここにある。英語を英語のまま理解して訳すためには、英英辞典が一番だ。
もちろん、日本語の文章そのものにも注意を払う必要がある。課題文5を「よくある二次元運動は円運動である」と訳した方も多いのでは?二次元運動は円運動だけだろうか?円運動は二次元運動の1つでしかないので「よくある二次元運動の1つは円運動である」と訳せばよかったのだ。冠詞のaをきちんと訳出しなかったのが原因である。このように冠詞のaやtheにも気を配ることを忘れてはいけない。
なんでも質問コーナー
Q.
荒訳してから推敲する翻訳手順で翻訳作業を進めるのと、はじめから1語1語丁寧に翻訳していく手順ではどちらが良いか?
A.
荒訳してから推敲するスタイルはお薦めしない。なぜなら、きちんとした訳文を作るために再度原文を頭から読み直さないといけないので時間がかかるし、訳抜けの原因にもなる。最終訳を作るまでの手順、特に自分の知らない分野の翻訳をする際には以下の手順で取り組んでいただきたい。
①原稿のトピックについて日本語でまとめたもの(辞書や百科事典など)を読み、大まかな内容を理解する。
②英語で書かれたトピックについてのまとめを読む。5分くらいで読めるものが良い。その際、どのような単語や動詞を使っているかを確認する。
(ここまでが翻訳の下準備であり、専門力をつけるということにもつながる)
③原稿をじっくり読み理解する。論理的にわからない部分はここで調べる。
④翻訳する
⑤別の日にチェックをする
Q.
訳文を作る際に、原文の1文を2文に切ったり、2文を1文にしたりしても良いか?
A.
自分の立ち位置について考えてみると答えがでてくると思う。英語で書かれた文章は英語でわかる人のために書かれたもので、日本語で書かれたものは日本語がわかる人のために書かれたものである。ということは原文の情報を日本人が読んでわかりやすくすることが大切。切った方が読みやすければ2文にしてもOKだと思う。例えば関係代名詞。日本語では2文に区切った方が読みやすい。その方が自然だから。
Q.
翻訳者の翻訳レベルを判断する際にコツがあれば教えてほしい。
A.
判断基準は難しい。正直、トライアル1回や数回の仕事では実力はわからない。ある程度翻訳に定評がある人に意見を聞いてみるしかないと思う。
Q.
翻訳のチェックに時間がかかってしまう。何かコツがあったら教えてほしい。
A.
チェックには時間がかかるもので、読んでみるしかない。しいていえば、英文に戻って一度すべて読んでから訳文を見ることだろうか。もっと英語が上手い人に見てもらってアドバイスをもらうのも一つの手。
参考までに、自分がチェックするときに行っている手順は次の通りである。
原文と訳文を見比べて、
①段落抜けがないかチェック
②文の抜けがないかチェック
③数字のチェック(100が10になってないかなど)
④単位のチェック(mmがmになっていないかなど)
⑤訳文を頭から最後まで1文ずつチェック
⑥訳文だけを読み、日本語として違和感がないかチェック
Q.
機械翻訳を使用してもいいのか?
機械翻訳で翻訳支援ソフトはどう使うか?
機械翻訳による影響は?また今後のキャリアパスは?
A.
(この回答のみ、当日参加者の回答を含む)
TRADOSやTM2などの翻訳支援ツールは、あくまでツールとして使っている。用語の統一、訳文の揺れをなくす、過去訳を活かすなどに活用する程度で自動的に翻訳してくれるものではない。
機械翻訳は個人で仕事をする方が使うのはおすすめしない。かえって時間がかかる。ほどほどの翻訳(good enough)でよいという場合は使ってもいいとは思う。
今後のキャリアパスとしては、人が確実に読むとわかっているモノ、例えば企業が直接客に渡すペーパー類などを翻訳していく方向が良いと思う。最近では特許翻訳やメディカル翻訳にも機械翻訳が入ってきているので、他の分野への転向という意味でのステップアップ先は無いと思う。