私の一冊『弟の戦争』
第21回:英日翻訳者 まえだようこさん
ロバート・ウェストール作、原田勝訳『弟の戦争』(徳間書店、1995年)はイギリスの児童文学です。
語り手のトム少年の弟はアンディといいます。でも「フィギス」という空想上の友だちがいた名残で、トムはひそかに弟をその名前で呼んでいます。
フィギスは強い感応性の持ち主でした。写真から人の名前を言い当てたり、拾った子リスをぜったい助けるとゆずらなかったり、エチオピア飢きんの写真に自身が憔悴するまで「ボサ」を心配したり。
湾岸戦争がはじまると、フィギスは夢のなかでイラクの少年「ラティーフ」にとりつかれ、しだいに戻ってこられなくなります。トムはラティーフの話を聞き、戦争報道がけっして伝えない、彼の目に映る小さな世界を発見します。そしてラティーフの身を案じつつ、弟のために奔走します。
他者の声を伝えるフィギスは翻訳家そのもの。目に見えない人々に名前を与えるフィクション、遠い存在を身近に引き寄せる翻訳文学の力をあらためて思う作品です。
◎執筆者プロフィール
まえだようこ
英日翻訳者。英米文学関係の書籍編集者を経て文芸翻訳の道へ。同人誌『ほんやく日和』で女性作家の未訳作品を発掘中。『吟醸掌篇vol.4』(けいこう舎)に翻訳作品を寄稿。趣味でタイ語をかじる。
★次回は、英日・日英翻訳者の安達妙香さんに「私の一冊」を紹介していただきます。