私の一冊『翻訳家の仕事』
第23回:韓日翻訳者 五十嵐真希さん
実務翻訳に携わりながらも文芸翻訳をやりたいと思っていた頃、『翻訳家の仕事』(岩波新書)が出版された。「当代きっての名訳者37人が勢揃い! 翻訳エッセイの決定版」という帯に惹かれてすぐに読んだ。
錚々たる翻訳家が語る、原文と四つに組んで名訳を産み出すまでの苦心や苦悩に、文芸翻訳を目指していいのかと不安になった。しかし、外国語の原著(者)と日本語読者の接点となる翻訳という営みの喜び、愉しみ、可能性がどのエッセイからも溢れており、韓国の本でその接点になりたいという思いがさらに強くなった。
初めて読んでから何年も経っているが、翻訳の森で道を見失うたびに本書を開く。
巻末では執筆者がそれぞれ、翻訳家をこころざすきっかけになった本や記憶に残る翻訳作品を紹介している。
海外文学、古典の現代語訳など執筆者のジャンルは様々だが、2006年出版の本書に韓国語の翻訳家はいない。韓国文学の翻訳が盛んな2023年の今、第2弾があれば、活躍中の多くの翻訳家が韓国文学の翻訳について語ってくれるだろう。
◎執筆者プロフィール
五十嵐 真希(いがらし まき)
韓日翻訳者。早稲田大学卒業。茨木のり子『ハングルへの旅』に感銘を受けて韓国語を学び始める。訳書にキム・ウォニョン『だれも私たちに「失格の烙印」を押すことはできない』(小学館)、アン・ドヒョン『詩人 白石――寄る辺なく気高くさみしく』(新泉社)、イ・ジャンウク『私たち皆のチョン・グィボ』(クオン)など。
★次回は、英日翻訳者の吉井智津さんに「私の一冊」を紹介していただきます。