日本翻訳連盟(JTF)

5-1 オンライン辞書を効果的に用いた翻訳術 -編集者が提案する理想的な翻訳文(出版できる翻訳文)の作り方

金子 靖

株式会社研究社 編集部

報告者●池山和子(個人翻訳者)



研究社に入社して23年目のベテラン編集者である金子靖氏は、雑誌、一般書、英語学習書などを手がける他に、新聞コラムや書評の執筆、翻訳、インタビュー等でも知られる。東京工業大学、早稲田大学の元講師。さらに、2008年より青山ブックセンター本店での人気講座「翻訳教室」の講師を務め、現在第9期目に入っている。本講演では、実際にオンライン辞書「KOD」に接続しながら、「翻訳教室」の様子が説明された。

配布資料には、実例として、下で示す4点の演習教材と、学生訳・講師による試訳が提示された。また、「KOD」を来年1月末まで無料で試すためのID・PWが提供された。

同翻訳教室は、研究社が展開するオンライン辞書「KOD」の宣伝・普及を図るねらいのほか、一出版人として書店を応援したいという金子氏個人の心意気から成り立っている。氏は、2004年に同書店が経営難で閉店を余儀なくされた時、本と書店を愛する人々と共に署名活動の先頭に立ち、民事再生法による再建に導いた情熱の人であることも知っておきたい。講義の進め方は、名翻訳者、柴田元幸氏の授業を受けて学んだという。金子氏の翻訳教室の受講者の中には、既に翻訳を世に出している人や、TOEICスコア990点保持者など、実力派が揃っており、密度の濃い学びの場となっている。課題文は小説、書評等を選んでいるが、一筋縄ではいかないものが多い。編集者の視点で受講者の訳文原稿をチェックして、講義の前に返却し、教室では書画カメラで映し出しながら、添削指導を行い、講師自身の試訳も提示する。

翻訳の質を評価するポイントは、簡潔に表現できると言う。つまり、訳出された日本語だけを読み、違和感がないことである。氏自身が翻訳する場合も、少しでも違和感を覚える場合は、その都度原文に当たる。試訳を磨いて、説得力のある解説の準備をする時に、「KOD」が大いに威力を発揮すると言う。12月半ばにはロードされる予定のリーダーズ英和辞典第3版を含むKODに対する氏の信頼は絶大である。適切かどうかと前置きをした上で、「翻訳を戦争にたとえるなら、リーダーズ英和辞典で空爆をして(敵地を掌握し)、地上戦になれば、ルミナスや英和大辞典で勝負する」ような感覚だとのことである。

ところで、プロの翻訳者とのやり取りに関して、編集者ならではのコメントが印象的であった。訳文表現に感じる違和感や解釈の違いについては、編集者の判断で手を加えるのではなく、自ら原文に当たって確認したり、英語母語者に相談したりもする。その上で、翻訳者との関係を良好に保ちながら、著作権も尊重し、信頼して任せるようにしている。最終的には出版社が責任を負うことになるとのことである。

講演での実例紹介として配布された「翻訳教室」の演習教材は、以下の4点である。

  1. 村上春樹原作『アフターダーク』の英語訳After Dark(translated by Jay Rubin) の書評より
    -----Walter Kirn, “In the Wee Small Hours,” The New York Times(June 3, 2007)
  2. エリック・クラプトンが自らの体験を踏まえて支援している依存症リハビリ施設についての記事より
    -----James C. McKinley, Jr., “Aiding Sobriety, a Chord at a Time,” The New York Times (April 11, 2013)
  3. 上岡伸雄ほか『アメリカの名演説 リーディング・テキスト』より
    -----Tom Brokow, “You Are the Class of 9-11”
  4. 現代アメリカ人作家による短編小説の一節より
    ----Brian Evenson, “Angel of Death,” Windeye


「翻訳教室」の講師としてのアドバイス

  • ストレスなく読めて、一読して理解してもらえる和文にする。
  • 原文1文を 和文1文に仕立てるような無理をしない。
    例)after~等の訳出では、読み手のワーキング・メモリが一杯になってしまう場合を考慮し、前から訳す工夫をする。
  • そもそも辞典の語義は、訳者が求める表現の近似値を示しているから、複数を引き比べて検討し、悩んだときは、語義の先頭に示されることの多い、単語のcore meaningに立ち戻って考え直すと、しっくりする訳語が見つかりやすい。
  • 優れた翻訳は、原文の流れをうまく反映させている。
  • 原文のリズムを壊さないように、できる限り、原文の順番に訳出していく。
  • 自然な和文にするために、品詞転換を工夫する。(例: 原文の名詞から、動詞あるいは副詞に)
  • 修飾語句が並びすぎるのは読みにくい。「この」、「その」など、指示語を工夫して分かりやすくする。

氏が推薦したい翻訳者必携の辞典や、示唆に富む書籍が多数紹介された。(以下、順不同)

  • 飛田茂雄『英米法律情報辞典』、『探検する英和辞典』、Kazuo Ishiguro著・飛田茂雄訳『浮世の画家』
  • 中村保男『新編 英和翻訳表現辞典』
  • 宮脇孝雄『英和翻訳基本辞典』
  • 小川高義『翻訳の秘密』、『東工大英単』、Arthur Golden著・小川高義訳『さゆり』
  • 佐藤良明『これが東大の授業ですか。』
  • 上岡伸雄『名演説で学ぶアメリカの歴史』、『風の教室』、Amy Waldman著・上岡伸雄訳『サブミッション』
  • 渡辺利雄『講義アメリカ文学史』全3巻
  •  柴田元幸監訳『英語クリーシェ辞典』、対談:柴田元幸・金子靖「君は『自己消去』できるか?」「柴田元幸の翻訳作法」『ユリイカ』2005年1月号 特集「翻訳作法」


また、翻訳力の向上や時間短縮には、英語の四技能をバランスよく伸ばすことが必要であるという信念から、氏自ら研鑽を積んでいる。以下は、氏が活用するものとして講演中に紹介されたものである。

  • 母語話者による添削で学ぶ英文ライティング 『英語便』http://www.eigobin.com/
  • スカイプを用いるオンライン英会話『レアジョブ英会話』http://www.rarejob.com/


質疑応答

  • リーダーズ英和辞典第3版をぜひCD-ROM版で出してほしいという強い要望があった。オンライン辞書『KOD』の有用性は認めても、CD-ROM版の方が使いやすいとの意見。
  • リーダーズ・プラスが、印刷版のリーダーズ英和辞典第3版に組み込めなかったか、という質問があり、『KOD』には反映されるはずであるとのことであった。
  • リーダーズ英和辞典第3版を搭載する電子辞書がシチズン社の1機のみで、大変高額である。価格を抑え、他にも広げてほしいという強い要望があった。
  •  「翻訳教室」が定員に達した後に申し込んだ場合、来期は優先的に受講できるのかという質問があった。青山ブックセンターに直接尋ねてほしいとのことである。「翻訳教室」の申し込みについては以下を参照のこと。
  • 『翻訳教室 青山ブックセンター編』~理想的な翻訳文の作り方~
    http://www.aoyamabc.jp/culture/school-of-translation9/
    半期制、定員24名の募集で、通常最終水曜日の19:00-21:00に実施中
  • 「KOD」進化し続けるオンライン・ディクショナリー
    http://kod.kenkyusha.co.jp/service/
  • 金子氏が2007年の東京国際ブックフェアで、画期的な独立系書店を創設したMichael Powell氏に行ったインタビュー記事
    http://www.powells.com/info/japan_mp_interview.html


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