私の一冊『新装版 日本語の作文技術』
第46回:特許翻訳者、工学博士 積田則和さん
このコーナへの寄稿を打診されたとき、すぐに頭に浮かんだのがこの一冊です。
私は研究者、技術者として定年まで企業に勤務しました。退職すると世の中の景色が一変します。日々の生活のモチベーションを維持する方策が必要となります。首を突っ込んだのが、特許翻訳の仕事でした。主として英日翻訳です。
現役時代に技術論文はいくつも書きました。上司からもかなり厳しく指導されました。その提要は、文を短く切れ、ということでした。ところが特許の英文に接して見ると、かなり違う世界であることがわかりました。業界の定型表現は兎も角として、大方の文が単文ではないのです。後ろに延々と修飾の節、句が続きます。しかも特許の本質上、偏執的に細かい記述なのです。また、決して英語nativeな人の文章ではないと思われるものまであります。それを、場合によっては、原文に忠実に訳すことが求められます。特許翻訳は、原文を正しく理解することが第1です。なかなか困難なことです。その次に、それを読んで理解できる日本語にする必要があります。これが思いのほか難しいのです。自分の日本語技術の稚拙さを痛感した次第です。
いくつかの翻訳関連の文法書、指南書を読みました。その中で本書が一番でした。作文は技術である、言葉の並べ方(修飾の順序)を習得すべし、というのです。大変分かり易いし、構造式風に修飾関係を表した解説など、理科系の頭にはなんとも心地よいのです。日本語の作文に悩まれている方にはお勧めです。
学生時代に、『ニューギニア高地人』、『戦場の村』の新聞連載を通じて、著者には好感を感じていました。その方に、数十年後に再びお世話になりました。
◎執筆者プロフィール
積田 則和(つみた のりかず)
特許翻訳者、工学博士
民間企業にて磁気記録装置の研究・開発に従事
定年退職後に一念発起して翻訳に挑戦。主として英日特許翻訳(実績約430件)
★次回は、高知工科大学名誉教授の谷脇雅文さんに「私の一冊」を紹介していただきます。