日本翻訳連盟(JTF)

私の一冊『永遠平和のために』

第47回:高知工科大学名誉教授 谷脇雅文さん

『永遠平和のために』イマヌエル・カント著、池内紀訳、綜合社発行・集英社販売、2007年

高校時代、早熟な級友が「哲学はすべての学問の王」だと言っていた。その言葉が頭のすみにあり、大学教養部ではまず哲学を選択した。しかしさっぱり理解できなかった。スコラ哲学者トマス・アクィナスについて講義されたが、質料、形相など、用語の意味からしてまったくわからない。以来“哲学”の本を避けるようになった。

最近、古書店をめぐっていて、池内紀氏の訳による「永遠平和のために カント」を目にした。カントはこの書ではじめて国際連盟・連合の提案をした。日本国憲法第九条もこれに由来する。ただ、もっとも典型的な哲学者カントは私には敷居が高く、これまで、その著書は一冊も読んだことがなかった。

この小本の最初の半分には、原著のキーとなる文とその英訳が写真に添えられている。この最後は、原爆ドームの写真とともに、「永遠平和は空虚な理念ではなく、われわれに課せられた使命である」とその英訳で締めくくられている。あとの半分に、全文の日本語訳と、カントの時代の解説が書かれている。この本は、哲学者イマヌエル・カントは少々気が強そうだが私たちと同じふつうの人、ただ生涯、人間と世界に誠実に向きあった人だということをやさしく教えてくれた。

◎執筆者プロフィール

谷脇雅文(たにわき まさふみ)
高知工科大学名誉教授・工学博士(東京大学)
1947年高知県に生まれる。これまで物質科学を専門として、北海道大学、高知工科大学において研究と教育に従事してきた。現在は材料技術史講義録のまとめに取り組んでいる。

★次回は、ドイツ・ドルトムント在住のIT技術者 松下 樹 さんに「私の一冊」を紹介していただきます。

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