「翻訳の日」連動企画 パネルディスカッション
災害時の多言語支援~多文化共生社会に向けた取り組み~
第2回:発災時の支援と事前準備の現状
●緊急災害時電話通訳サービス
二宮:では、実際に災害が発生した時にどのような支援をしているのか、ランゲージワンの活動を通してということで、セサルさんからご紹介いただきます。
セサル:弊社ランゲージワンでは、熊本地震の時から、在日外国人、訪日外国人が困るだろうということで、被災地に対して弊社のサービスを無償提供させていただく活動を始めました。少しずつ浸透して、災害支援者で知られるようになってきました。NPOの方々も被災地に駆けつけますので、NPOの方にも利用していただくように情報を促進させています。
対応言語は弊社が持っている14言語(英語、中国語、韓国語、ポルトガル語、スペイン語、タイ語、ロシア語、タガログ語、ベトナム語、ヒンディー語、インドネシア語、ネパール語、フランス語、やさしい日本語)をフルオープンして使っていただけるように、ホームページにも掲載し、外国人被災者、または外国人被災者と接する日本人の方々や団体に情報共有させていただいています。
では、どうやってこのサービスを使うかということですが、「三者間二地点電話通訳利用方法」の図をご覧ください。
電話番号は、03-6436-3677で、この電話番号は熊本地震の時から変わらないです。この電話番号に、被災地で外国人と接した方がご連絡いただき、まず、オペレーターに、①被災地の場所、②ご自分の所属、③お名前、④希望言語の4点をお伝えいただいて、我々が通訳をする形となります。所属は、自治体に所属しているのか、NPOに所属しているのか、などです。
現地では携帯電話を使ってご連絡いただくわけですが、実は能登半島地震の時にインターネットが使えなかった3日間がありました。そういう時にどうすればいいのかという点はまだ答えが出てないです。そもそも電話、インターネットが全く使えない時に、どうやって我々のサービスを提供することができるか。このような課題がいくつか見えてきています。
最終的には、自治体だけではなく、NPOの方や被災地におられる方が、困っている外国人がいたら、ぜひ弊社のサービスを使っていただければと思っております。
中野:一つよろしいでしょうか。これは、相談される方が無料でサービス提供を受けられるということですが、間にいる通訳者さんは報酬がいただけるのでしょうか。
セサル:基本的には弊社のコールセンターに勤務中の通訳者が対応していますので、その通訳者には通常の業務として対応していただいております。
中野:ありがとうございます。ちょっと話がずれますが、先ほどのアンケートにもありましたけれども、通訳者、翻訳者は自分が持っている技能を世の中の役に立てたいという気持ちがある一方で、やはり無料でそれを提供することに抵抗がある方もいらっしゃいます。特にフリーランスですと、この1時間、仕事をすればお金になるのに、自分の技能をボランティアとして提供するとその分収入が減る。ということで、アンケートでも、「通訳、翻訳業務は自分の技能であるので無料では提供したくない」という回答がいくつかあったんですよね。もちろん状況にもよりますけれども。
先の東京オリンピックの際には、通訳をボランティアで募集したことに関してすごく反発もありました。もちろんボランティアで提供したい気持ちもありながら、できれば業務として受けたい。ただ何でもかんでもというのも難しい。そのバランスの取り方が今回のテーマでは難しいなと思いました。とりあえずこの緊急災害通訳サービスの通訳者に関しては、有償ということで安心しました。
二宮:中野さんに最後にご指摘いただいたところは、非常に難しい問題だと思っております。確かに、今オリンピックの例を挙げられましたけど、ボランティアは、お金の問題ではなくそのイベントを体験したい、参加したいという方々がそれなりにいらっしゃって、そういう方々に参加の機会を与えるという意味でも非常に意義のある活動であると思います。
一方、通訳、翻訳で生計を立てている我々のような人もいるわけで、そうなると無償で市場を奪われてしまっているというようなところもあり、この両方をどう調整していくのかというところですね。
イベント関係は別にして、災害発生等のある意味、緊急事態に対する事前準備という意味では、一方的にどこかにコストを押し付けるのではなく、例えば国や地方自治体でコストを負担することもできますし、セサルさんの会社のように企業自体がコストを負担するということもあります。「この案件についてだけは、普段よりもちょっと単価下げてください」というお願いを、翻訳者、通訳者の方にしていくということも考えられるかと思います。コストの問題については、またいろいろなアイデアを出しながら解消していければと思います。
●災害時における相談事例
二宮:セサルさん、災害時にコールセンターを開かれていて、実際にどういった相談内容が多いとか、誰からの相談が多いということはありますか。
セサル:熊本地震の時から今まで提供させていただいている中で、いくつかあります。
特に記憶に残っているのが、北海道胆振東部地震の時に、訪日外国人旅行者が「避難所に行きましたが、追い出された、受け付けてくれなかった」とアメリカ大使館にクレームを入れたことがありました。私はコミュニケーションの問題と思っています。こういったところに通訳サービスがあるとこのような問題が解決されると思って、札幌市役所に通訳サービスを提供させていただきました。同様の事象が発生した別のところでは、通訳サービスを利用することによって、避難所でうまく外国人と会話ができたという事例がありました。
また、アパートを借りている技能実習生が、能登半島地震で窓枠がずれて窓が閉まらないので大家さんや不動産屋とお話したいと利用されたこともありました。このように何らかの困りごとで使っていただくシーンは、少しずつは増えています。
滝澤:外国人の方が災害時に直面する課題の一つに、やはり言葉の壁があると言われています。災害時に使われる日本語には、普段は使われない特殊なものもあります。例えば「余震に注意してください」とか「川が氾濫しそうです」とかいった難しい言葉があって、言葉がわからないために必要な情報が得られなかったり、支援が受けられなかったりすることがあるかと思います。
行政の対応としては、災害時多言語支援センターなど、災害時の外国人の支援の拠点を設けるところもあります。そこで行政から発表される情報を多言語に翻訳して発信したり、外国人の悩みに対応する相談窓口を多言語で設けたり、あるいは避難所を巡回して外国人の方のニーズを把握し、必要な支援を行っているところもございます。その中で、今ご紹介いただいたような通訳、翻訳のサービスも活用できるのかなと思っております。
二宮:確かにご指摘いただいてみると、日常使う言葉とは違う言葉がどんどん出てくると、それを日本語がわからない人に理解してくれというのは、非常にハードルが高いなと思います。
通訳の方が活躍されるシーンは非常にイメージできたんですけれども、中野さん、「では翻訳者として何ができるのか」と言われたらどう思われますか。
中野:事前準備の段階では、翻訳者が活躍できる部分がかなり多いと思います。災害発生後ですと、例えば避難所で何か掲示するなど行政から案内する時に、事前準備で足りないものを音声ではなく文字で表すといった状況は、翻訳者が活躍できる場面だと思います。
言語的なものだけではなく、翻訳者はその言語文化圏の生活経験がある方が多いと思うので、例えばベトナムの人はこういう習慣なので、避難所の暮らしで文化的なこういう配慮が必要であるとか、この文化圏の人は食事にこういう制限がありますよといった、言葉以外にケアすべき事項についてのアドバイスもできるかなと思います。
それから、東日本大震災の際もありましたけれども、SNSを使って情報をさまざまな言語に翻訳して拡散するといった形での協力の仕方もあると思います。
二宮:今の中野さんのご指摘のように、ちょっと想像を膨らませると、実は意外とやれることがたくさんあると理解いたしました。特に、避難所での掲示の貼り出しなど、事前にいろいろ準備していても足りないという時など、その場所にその言語がわかる人がいるとは限りませんが、ランゲージワンさんがやっているような通信を使って翻訳もできますし、遠隔地からでもその翻訳を提供できるような体制というのもあり得るのかなと思いました。実際にはなかなか難しいかもしませんけども。