日本翻訳連盟(JTF)

メディカル翻訳の実情~翻訳者の力量とクライアントの想いのギャップを埋めるために~

第8回JTF 翻訳セミナー報告
メディカル翻訳の実情~翻訳者の力量とクライアントの想いのギャップを埋めるために~

福井 博恭
中外製薬株式会社
研究業務推進部 副部長 
森口 理恵氏  メディカル翻訳者

 



平成23 年度第8 回JTF翻訳セミナー
平成24年3月28日(水)14:00 ~ 16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●メディカル翻訳の実情~翻訳者の力量とクライアントの想いのギャップを埋めるために~
講師●福井 博泰 中外製薬株式会社 研究業務推進部 副部長/森口 理恵氏 メディカル翻訳者
報告者●津田 美貴 個人翻訳者

 



 福井博泰氏は製薬会社で製造販売承認申請関連文書の翻訳を担当する部署に昨年まで所属していた。その時の経験に基づいて、「クライアントの想い」について語った。

製薬会社のメディカル翻訳

 薬事法の大改正以来、海外臨床データの利用拡大、グローバル治験の増加などに伴って、ますます英語を使用する機会が増えた。例えば、和文英訳であれば、海外の薬制当局に提出する文書、英語が公用語の関係会社に送付する文書、投稿論文等の公表文書(校閲・校正を含む)など、英文和訳であれば、日本の薬制当局に提出する文書、日本国内用のグローバル開発関連文書などがある。

翻訳依頼者の事情

 実はCTD自体の翻訳にはそれほど困っていない。むしろCTD作成の前後に多くの翻訳需要がある。例えばCTD作成前だとGLP、GCP、GMP、作成後だとGQP、GVP、GPSPに準拠した、研究開発・製造・市販後調査などの過程で作成される各種の文書の翻訳である。例えば、GCP準拠の治験運用に伴う必須書類は60種類以上ある。特にCSRは数千ページに及ぶこともあり、その翻訳には多大な労力が必要となるが、実務担当者には時間の余裕がないので外注する。

指名したい翻訳者の要件

 製造販売承認申請で当局に提出するものは薬そのものではなく文書であるから、研究開発・品質・安全性にかかわる文書は製薬会社のもうひとつの製品であると考えている。そのため、指名したい翻訳者に求められる翻訳は「自然な文」、「意味を的確に伝達する訳」、そして「誤解を生じない表現」である。社内の実務担当者は部門特有のライティングスタイル(専門性に見合う書きぶり)を踏まえた翻訳を希望し、全体の完成度、専門用語や言い回しに敏感である。また翻訳にかかる時間の短縮とコストに関する意識が高い。
 翻訳を依頼する側は、ちょっとしたミス、例えば100 mg/mL と単位と数字の間に半角スペースが入っているか、「背景因子」をbackground factorsと直訳していないか(正しくはbaseline characteristicsかdemographics)などで翻訳者の力量を見分けている。また、翻訳者だけでなく、営業担当者とのさりげない雑談の中で「製薬業の翻訳に必要な基本知識」を翻訳依頼先が有しているかをチェックしている。


 一方、森口理恵氏はメディカル翻訳者の立場から、「メディカル翻訳の実情とクライアント・翻訳会社に期待すること」を語った。

メディカル翻訳の実情

 メディカル翻訳は、申請書だけでなく、論文、報告書、抄録、発表用のスライドなどの学術文章や、プレスリリース、プレス用FAQ、社内報、ウェブコンテンツ(ビデオ含む)などのビジネス文章も多い。文章量も多くまたスピードも要求される。特に回収情報など緊急を有するものは、本国での発表直後にすぐに訳してもらう必要があるため短時間で正確な翻訳が求められる。一方で「仕事は出したいけれど出せる人がいない」という話も良く聞く。ニーズに応じられる翻訳者はまだまだ少なく、メディカル翻訳の範囲は広いので、ビジネスなど分野を絞っても十分な仕事は取れる。参入のチャンスは大きい。

翻訳者に求められること

 翻訳文にあるミスは、転記ミス、訳抜けやタイポ程度でなければ使えない。使えない訳文は全面的な訳し直しが必要で、2回訳す労力よりも時間の無駄が一番の問題となる。英訳の場合ネイティブチェッカーが直してくれると思う人が多いが、彼らがチェックできるのは私たちが漢字や句読点の間違いを指摘したり、より良い言い回しを提示したりすることしかできない。

 外注するクライアントは翻訳のプロと仕事がしたいと思っている。翻訳のプロとはすなわち「文章のプロ」ということ。時間がない、いい文章が書けない、だからクライアントは翻訳者に依頼する。

クライアント、翻訳会社に期待すること

 翻訳会社に期待することは「メディカルのことがわかる人」を担当にして欲しい。福井氏のお話にあったように営業の際に知識があるかどうかをチェックされているし、ある程度原稿の内容がわからないと翻訳を依頼する際「適格な人選」をすることができない。翻訳が終わった後も、品質の判断はクライアントだよりなので「クライアントからのフィードバックを活用」し、「翻訳に役立つ資料リストを維持・配布」し、「教えられるノウハウをSOPに」しておく事も必要だ。

 一方、クライアントの方には「うるさいお客さん」になっていただきたい。この訳文は使える、使えないとハッキリ言って欲しい。また翻訳を依頼する際、前回○○を訳した人などでかまわないので「翻訳者を指名」して欲しい。そして翻訳者用に「翻訳会社にドクター用アカウントを用意」して欲しい。閲覧権限がある資料が多いため、ドクター用アカウントでないと見られない場合が多いのだ。
 

 

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